第9話 大丈夫

 席に着いた俺たちは、すぐにプリンを注文し、店員さんが迅速な対応でプリンを持ってきてくれた。


「こちら、当店人気メニューの濃厚カラメルプリンです」


 店員さんは俺と七瀬さんの前にそれぞれ一つずつ濃厚カラメルプリンとスプーンが置くと、足早に別のところに行った。


「このプリンこのプリン!柔らかさとカラメルの濃厚さ具合とちょっとスプーンを入れただけで…ほら!カラメルが全体に浸透して美味しくなるの!」


 七瀬さんはとても楽しそうに実演しながら俺にこのプリンのことを教えてくれた。

 俺としてもプリンは好きなため、素直に楽しいと思える。

 ……あれ?

 この調子なら、今日は何とか体力が持つんじゃないか?

 二人きりで出かけるという言葉だけ聞いたら俺にとってはハードルの高いことだが、もしかすると案外────


「神凪くんも!スプーン入れてみて!」


 俺は言われた通り、さっき七瀬さんが実演してくれたことを思い出しながらプリンにスプーンを差し込んだ。

 すると見る見るカラメルがプリンに浸透していっている。


「美味しそうだ」


「うん!美味しいよ!あ、スプーン貸して?」


 七瀬さんの方にもスプーンは置かれていたと思うが、七瀬さんは無意味にそんなことは言わないだろうと俺は疑うことなくスプーンを七瀬さんに渡した。

 すると七瀬さんは俺の方に置かれているプリンをそのスプーンですくうと、それを俺の口元に近づけて言った。


「はい、神凪くん!」


「え……?」


 はい……って、どういうことだ?


「お口開いて!私が食べさせてあげる!」


「い、いいって、そんな事しなくても一人で食べられる」


「一緒にプリンまで食べに来てるんだから、ちょっとくらい仲良くしようよ〜」


 ちょっとくらいって……相手に食べ物を食べさせる行為がちょっとくらい仲良くの範囲に収まるのか?

 恋人同士がやるような事だと思うんだが……


「ほら、神凪くん!お口開けて!」


 ……別に怖いことは何もしていないけど、スプーンを俺の方に向けてくる七瀬さんのことがだんだん怖く見えてきた。


「早く〜!このプリン食べたくないの〜?」


 っ……待て、本当に怖くなってきた。

 七瀬さんが嫌がらせのためにやっているのではなく、あくまでも楽しいコミュニケーションの一種としてやっているのは、わかっているんだが……

 この詰め寄ってくる感じが、俺に恐怖を与えているのかもしれない。


「……あぁ、食べるよ」


 俺は小さく口を開いた……その次の瞬間、七瀬さんは俺の口の中にスプーンを入れた。

 俺は恐怖を感じながらも、プリンの味には逆らうことができず素直にその美味しさに感動する。


「やっぱり、見た目通り美味しいんだな……七瀬さんがおすすめしてくれただけのことはある」


「でしょ!?カラメルの濃さが本当に良いんだよね〜!」


 俺はそれに共感するように首を縦に振った。


「私も食べてみよっかな〜……あ!神凪くんがさっきの私みたいに私にプリンを食べさせてくれても良いんだよ?」


「えっ……!?」


 それはハードルが高いどころの話ではない、もしそんなことをしたらスプーンを持つ手は震えてプリンは落ちて……って、そんなことを想像していたらいきなり緊張してきた。

 二人きりで至近距離で向かい合い一緒にご飯を食べている……女子である七瀬さんと。


「っ……」


 大丈夫だ、冷静になれ。

 客観的に見て怖がるようなことはまだ何も起きていない。

 そうだ、怖がることなんて、何も無い。


「……ぁ……っ」


 はずなのに……俺は一体何に怯えているんだ?

 今日で俺の女性恐怖症とは決別する気だったのに、このままだと今までの俺と変わらない。

 でもそれだと────


「神凪くん」


「────え?」


 いつの間にか目の前の席に座っていた七瀬さんが居なくなっていて、七瀬さんは俺の後ろに居た。

 それも……座っている俺のことを後ろから抱きしめて。


「な、七瀬さん……!?」


「大丈夫、大丈夫だよ」


 七瀬さんは俺の耳元で優しくそう言った。

 ……何も事情を知らないはずなのに、どうして七瀬さんは、こんなにも俺のことを的確に理解しているんだろうか。

 ……女子を相手に、こんなにも安心できる日が来るなんて。


「ありがとう、七瀬さ────」


 振り返り、七瀬さんの顔を見ながらお礼を言おうとした時に俺は気づいた。

 七瀬さんの明るいベージュ色の髪、そして綺麗な顔たちに柔らかそうな唇……それに加えて胸部。

 それらが、俺と本当にあと数センチ顔を動かせば触れてしまいそうなことに。

 ……胸部に関しては、もう当たっている。

 何が言いたいのかと言うと……女子という存在と居ることを、物理的に認識してしまい、より恐怖の心が今増してしまったということだ。


「七……瀬……さん」


「ん?」


「早く……席に……戻って、プリンを、食べよう」


「あー!うん!私まだ一口も食べてなかったんだっけ〜!」


 七瀬さんは元気にそう言うと、自分の席に戻った。

 ……危なかったが、何とか助かったと言える。


「あ、神凪くん、私に食べさせてくれる件は?」


「悪いが自分で食べてくれ」


「あ!良い感じだったのに!いつもの神凪くんに戻っちゃった!」


「知らない」


 俺たちはその後プリンを完食し、七瀬さんが一緒に服でも見ようと誘ってきたが、ファッションに詳しく無いからと俺はそれを拒否……したんだが、拒否した理由が不当だと判断され無理矢理一緒に服を見せられた。

 そして一時間ほどした後。


「あっ!あの服屋さん行きたいね〜!」


「まだ見足りないのか……?」


 できるだけ疲れていることはバレないようにとは頑張っているが、ハッキリ言って俺の体力はもう限界に近い。

 もちろん体力というのは身体的なものでは無く、精神的なものの方だ。


「もちろん!まだまだ見るよ〜!……あ、でもそろそろ喉渇いたと思うから、ちょっと自販機で買ってくるね!ここで待ってて〜!」


「あぁ」


 七瀬さんは笑顔で俺に手を振ると、小走りで自販機がある方へと行ってしまった。

 ……本当に疲れた、七瀬さんは物理的なスキンシップは紅葉さんに比べれば少ないが、それ以外のスキンシップは普通にしてくる。

 ……仕方ない、今を休憩時間と捉えて、どうにか回復を────


「君〜?今一人〜?」


「……え?」


 休憩を始めようとしたところで、おそらくは大学生くらいの女の人から突然話しかけられた……知らない人だ。


「よかったら私と遊び行かない?」


「え……あ、あの……」


 ……もしかして。

 この状況、ナンパってやつなのか!?

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