第8話 絶対嫌

 土曜日当日。

 昨日の夜くらいまでは無理やりにでもこの日を楽しみにと考えていたが、いざ当日になってみるとやはり今日が俺の命日なのではと思ってしまった。


「深呼吸、大丈夫だ、一緒にプリンを食べに行くだけ……」


 そう自分に言い聞かせ、俺は待ち合わせ場所である学校前に向かった。


「七瀬さんは……まだ来てないな」


 学校に着いた俺は周囲を見渡してみるも、まだ七瀬さんの姿は無かった。

 時計を見てみると、十時の五分前だった。


「ちょうど良い時間だ、あとは七瀬さんのことを待ちながらできるだけ心を落ち着かせよう」


 俺は心の中で緊張や恐怖と闘いながらも、どうにか心を落ち着かせるように努力をした……そして、十時ちょうど。


「ごめんね神凪くん!待たせちゃった?」


「俺もちょうどさっき来たところだから、気にしないでくれ」


「ありがと〜!」


 七瀬さんは安堵の声を漏らした。

 ……初めてみる私服姿の七瀬さんは、一言で表すのであれば。


「オシャレだ」


「え……?」


 オシャレに疎い俺には服の名前なんて分からないが、とにかくピンクの服と黄色のスカートが絶妙にマッチしている。


「オシャレって、わ、私のこと?」


「ん?うん」


 他に誰も居ないのにどうしてそんな疑問が湧いてくるんだ……?


「ありがと!あ、神凪くんもオシャレだよ!」


「そうか?ありがとう」


 部屋のクローゼットを見たら何故かこの服以外が消えていて消去法でこの服を選んだだけ、というか……今思えばこんな服俺が持ってたかどうかすら覚えていない、いつ買ったものだろう。


「じゃあ!プリン、食べに行こっか!」


「あぁ、楽しみだ」


 そして俺と七瀬さんの二人でその美味しいプリンが食べられるというお店に向かっているのだが……二つほど問題が発生した。

 一つは、道中の沈黙だ。

 沈黙に耐えられる時間は仲の良さと比例するという話があるが、ハッキリ言って俺と七瀬さんは仲が良いというほどの仲では無いため、少し気まずくなってきた。

 そして二つ目は、やはり俺の体力の消耗が激しいということだ。

 こんなにも至近距離で一緒に歩いていると、どうしても本能的な危機感を感じてしまい、体力が擦り減る。

 ……どうにかしないといけないな。


「……ねぇ、神凪くん」


 俺がこの状況をどうにかしないといけないなと思っていると、早速一つ目の問題に関しては七瀬さんの方から解決してくれた。


「どうした?」


「気になってることがあるんだけど、神凪くんの体調不良の理由って本当は何だったの?」


 俺の問題を解決してくれたことは良かったが、議題がその議題なのはまずい……それに、俺は沈黙が気まずいと思ったが喋ったら喋ったで疲れてしまう。

 ……本当に、女子と出かけることに向いてなさすぎるな、俺は。


「本当にちょっと体調が悪かっただけだ」


「じゃあ彼女が居るって嘘ついてた理由は?」


 ……ここに東雲先輩は居ない、なら。


「まだ、俺に彼女が居る可能性だってゼロじゃないだろ?」


「もちろん、神凪くんの言う彼女さんって言うのがスマホを持って無くて神凪くんが自作自演したって言うなら筋は通るかもだけど、前私と紅葉さんと東雲先輩の前で神凪くんらしくない男のプライドがとかって言ってたよね?そんな嘘つくってことは彼女が居ないことの裏付けにならないかな?」


 紅葉さんにも言えることだが、どうしてこの二人は俺に彼女が居ないということを決定付けたいんだ?

 最初は女子高校生はそんな感じ、みたいに思っているところもあったが、流石にここまでの追及は……それだけじゃ説明できない、よな。


「そう考えるなら、それも自由だ」


「自由じゃないよ!お願い、そこだけハッキリして欲しいの!」


「え……?」


 七瀬さんが力強くそう言った。


「どうしてそんなにもそのことが気になるんだ?」


「……友達が」


「え?」


「友達が!神凪くんのこと気になるって言ってたから、その神凪くんに本当に彼女が居るのかどうかってことは、とっても大事なの!」


 あぁ……そういうことだったのか。

 ……でも俺のことを好きって、誰のことだ?

 俺は他校の女子はもちろん、同じ学校の女子生徒ともほとんど話したことなんて無い、ましてや好きになられるようなことなんてした覚えもない。

 ……それは置いておくとしても。


「だったら尚更、彼女が居ると言わせてもらう」


「え……どうして?」


「……理由は言えないが、俺のことを好きになったって不幸になる未来しかないからだ、だからその俺のことを好きな友達には、俺には彼女が居るらしいって伝えて欲しい」


 仮に告白されて、それを承諾したとしても。

 俺の実態が女性恐怖症なんて知ったら、ショックを受けて、常に俺の心情を気にさせて、気を使わせてしまうだろう。

 そんなことになるのであれば、たとえ嘘をついてでもその事態を防ぐべきだ。


「……絶対嫌」


「え……?」


「そんなの神凪くんが決めることじゃないよ!その理由っていうのが何かは知らないけど、始まる前から諦めるなんて絶対にダメだよ!」


「七瀬さん……」


「……な〜んて!ちょっと変なこと言っちゃったね!そろそろお店着くから、美味しくプリン食べる準備しててね!」


「あぁ……七瀬さん、ありがとう」


 俺は少しだけ七瀬さんの言葉に救われた気がした。

 ……七瀬さんは、本当に良い人だ。

 そして、すぐ目的の美味しいプリンが食べられるというお店に着いた俺たちは、一緒に店内へと入り席に着いた。

 ……だが、その数分後、まさか俺が七瀬さんに強大な恐怖を感じることになるとは、席に着いたばかりの俺は思ってもいなかった。

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