第7話 目標

 俺は、ここ数日をかけて、俺が女性恐怖症だということを秘密にしていても周りに心配や迷惑をかけてしまうことから、一つ今後の俺に関わる重大な目標を考えた。

 その目標というのは……女性恐怖症克服というものだ。

 ……とはいえどうして俺が女性恐怖症になってしまったのかを俺自身が記憶に残っていない以上、その原因を根本から克服するのは不可能なこと。

 となれば……


「女子とできるだけ身近に接するしかない」


 女子との接し方に慣れることができれば、女性恐怖症もマシになってくれる可能性はある。

 というわけで、俺がギリギリ話しかけられる女子に話しかけてみるとしよう。

 俺は席を立ち、目的の人物を探す。


「……いた」


 俺は、いつも女子生徒と話している七瀬さんに話しかけてみることにした。

 七瀬さんは明るいベージュ色の髪の毛で基本的にいつも教室の真ん中辺りで話しているからすぐに見つけられるな。


「……」


 見つけるのは簡単だが、正直難しいのはここからだ。

 自分から女子に話しかけるなんてどうしても必要な時以外にしない俺が、特に何の用事も無いのに話しかけるなんて……

 それでも話しかけないことには何も始まらないため、俺は少しだけ七瀬さんの方に近づいた。

 七瀬さんともう一人の女子生徒との会話が聞こえてくる。


「華澄ってもう駅近くの新しいスイーツ店行った?」


「え、行ってないかも!何それ!」


「あのね────」


 ……とてもじゃないがあの会話を遮って七瀬さんに話しかけるなんて俺には到底無理な話だな。

 二人から視線は外しながらも、耳だけは傾けることにした俺は、二人の会話が途切れるのを待った。

 そして……


「────じゃあ明日辺り行こっか」


「いいね〜!私楽しみ!」


 ……今だ!


「あの、七瀬さん、ちょっと良い?」


「え、か、神凪くん!?」


 七瀬さんは驚いている。

 ……もちろん俺と七瀬さんは同じクラスなため、俺が同じ教室に居ることに対して驚いているわけではなく、俺から自主的に七瀬さんに話しかけたことについて驚いているんだろう。


「何〜?もしかして華澄私に話してないだけで神凪くんと結構良い感じなの〜?」


「ち、違うって!」


 二人は小さな声でやり取りをしている。

 ……話の邪魔をしてしまったのかもしれない。


「話の途中だったなら────」


「ううんううん!?全っ然平気!じゃあ神凪くんの席で話そっか!」


「ありがとう」


 七瀬さんは話していた女子生徒に手を振ると、俺と一緒に俺の席へと移動した。


「……それで神凪くん、話って何?」


「……」


 落ち着け、七瀬さんは俺に危害を加えたりなんてしないし、むしろいつも友好的に接してくれている。

 だから、こんなにも緊張する必要は無い。


「七瀬さんって、甘いもの好きなの?」


「え?」


「さっき、スイーツがどうのって聞こえたから」


「あー!うん、めっちゃ好きだよ!」


 ……よし!

 ひとまず普通に会話というものをできた。

 俺にとって自分から話しかけて女子と会話するというのは本当に大きなことだ。


「もしかして、神凪くんも好きなの?」


「あぁ、プリンとか好きだ」


「えー!意外〜!」


 こんなにも目的の無い会話をしているのにまだ軽く膝が震えるくらいで済んでいる、最近成り行きにせよ女子と話す機会が多かったからだろうか。


「……あ、あの!神凪くん!」


「ん?」


「……よ、良かったら、美味しいプリンが食べられるお店知ってるから、今度一緒に行かない?……二人で」


「……え?」


 ……え?

 ……ん?

 今七瀬さんはなんて言ったんだ?

 ……今度、一緒に?誰と?俺と?二人で?


「……俺と行っても多分楽しく無────」


「神凪くんと!行きたいの!」


 断ろうとした俺に、七瀬さんが前のめりになって言った。


「……わかった、よろしく、七瀬さん」


「やったああああああ────じゃなくて、うん!私の方こそよろしくね!」


 ……何承諾しているんだ俺!死にたいのか!?

 ただでさえ今でもそろそろしんどくなってきているのに、一緒に、それも二人でなんて……どう考えても命が持たない。


「今週の土曜日とかどうかな?」


 休日……!?

 ……ダメだ、休日だけは俺の身が絶対に持たない、せめて学校とかの放課後にしてもらおう。

 休日に二人で会うなんて……俺にはハードルが高すぎる。


「悪い、土曜日はちょっと……」


「あ、うん、そうだよね……神凪くんの大事な休日……だもんね」


「────と思ったがやっぱり何も無かった、大丈夫だ」


「え、本当に大丈夫!?無理しなくて良いんだよ?」


「いや、本当に大丈夫だ」


 ……自分が馬鹿なことをしているのはわかっているが。

 ……あんなにも悲しそうな顔、それも俺の嘘のせいであんな顔をさせてしまったんならどう考えてもその嘘を撤回するしか無いだろ!

 あ〜、あ〜、俺の命日は土曜日か。


「そっか!じゃあ土曜日楽しみにしてるね!朝十時に学校の前集合で良いかな?」


「あぁ、大丈夫だ」


 俺がそう伝えると、七瀬さんはさっき話していた女子生徒のところへと戻って行った。


「どどど、どうしよ!え、服新しいの買った方がいいかな!え、え!?」


「華澄ならどの服でも可愛いから大丈夫だって……でもちゃんと神凪くんに異性として認識してもらうために、露出高いの着て行ったら?」


「ダメだって!もしそんなの着ていって神凪くんに軽い女なんて思われたら……どうしよ〜!」


 二人の会話は聞こえないが、楽しそうに話しているようだ。

 土曜日……土曜日か……


「……冷静に考えてみると、この状況はチャンスとも言える」


 俺が体力の限界になってしまえば、俺の秘密が七瀬さんにバレてしまう可能性は十分にある……が、逆に俺が最後まで体力を残すことができたとするならば、その成功体験が俺の自信に繋がり女性恐怖症すら治すことができるかもしれない。


「……ん?」


 ……もしかして、かなり良い話なんじゃないか?

 七瀬さんなら紅葉さんみたいに激しいスキンシップみたいなことはしてこないだろうし……


「……土曜日は俺の命日なんかじゃない、俺が生まれ変わる日だ!」


 俺が物理的に本当に死んでしまうか、もしくは今までの俺が死んで、新たな自分に生まれ変わる。

 二つに一つ、俺は絶対に新しい自分に生まれ変わって、もう絶対に誰にも迷惑をかけない!!

 俺はそう心に誓い、土曜日が楽しみになった。

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