第6話 記憶

「神凪くん、廊下を走っていた理由を説明してもらおうかしら」


 生徒会室に連行の形で連れてこられた俺は、早速東雲先輩からの尋問を受けていた……東雲先輩と話すのは良いとしても、問題は紅葉さんと七瀬さんだ。

 まさか女子三人と場を設ける、それも生徒会室なんて無闇に人が入って来ない場所でなんて……できるだけ早く会話が終わるように、余計な嘘とかはつかないようにしよう。


「……紅葉さんと七瀬さんから逃げてました」


「どうしてその二人から逃げてたの?」


「そうだよなぎなぎ!なんで逃げたの!?」


「……」


「大体!私はまだどうしてなぎなぎが彼女居るなんて嘘をついたのかって理由もまだ聞いてないんだから!」


「彼女……?」


 東雲先輩は彼女という言葉が気にかかったらしい。


「そうなんです、神凪くんが……あまり言いたくないですけど、正直ちょっと恥ずかしい感じの捏造手段を使ってまで彼女が居ると嘘をついてきたんです」


 七瀬さんが俺の心を抉る形でそのことを東雲先輩に説明した。

 ……やめてくれ、俺だってしっかりとメッセージアプリというものの仕様を理解していればあんなことは絶対にしていなかった。


「神凪くん、どうしてそんな嘘を?」


 ……もしここに東雲先輩が居なければ、まだ証拠的には何も無くともとにかく本当に彼女が居ると言い張ることができたかもしれない。

 だが、東雲先輩には俺がこの噂の得策な利用方法を思い付く前に、彼女は居ないと言ってしまっている。

 あれからたった数日しか経っていないのに、それから恋人ができたというのは、いくらなんでも無理のある話だ。

 ……ならばここは、一般男子高校生を演じてみよう。


「いやー、男のプライドとして彼女居るって言ってみたかったんですよ、なんか噂にまでなってるのに彼女居ないって言うのも恥ずかしいじゃないですか」


 こんなにもわかりやすいほどベターな男子高校生を演じるのは俺も恥ずかしいが、女性恐怖症という俺の秘密を守るためだ、甘んじて受け入れるしかない。


「……なぎなぎ、無理あるって」


「神凪くん、無理だよ」


「あなたそんな性格じゃないわよね?」


「……」


 なんとか凌ごうと色々努力してきたが、こういう時のために万事休すという言葉は存在するんだろうか。

 残念なことに今の俺が完全にそれだ。


「もうっ!なぎなぎ!いい加減言っちゃいなって!ね!」


 紅葉さんは俺の右手を両手で握って言った。


「ちょっと、紅葉さん……離してくれ」


「またまたぁ、嬉しいくせに〜、素直になって良いんだよ〜?」


「違う、本当に……」


「なんなら正面から抱きしめてあげよっか!」


 紅葉さんは俺の制止を全く聞かず、宣言通り俺のことを正面から抱きしめた。


「どう?なぎなぎ、今まで後ろからは抱きついてたけど正面から抱きついたことは無かったよね〜、彼女が居ないって言うんなら、もしかしてなぎなぎの人生で私が初めて正面からなぎなぎのことを抱きしめた女の子ってことかな〜!」


「も、紅葉さん!?何してるの!?」


「そんなことをしてもらうために生徒会室に呼んだんじゃないわよ」


「……初め、て……?」


 ……違う、どこか覚えがある。


「あれ、なぎなぎもしかしてドキドキしてる〜?声小さいよ〜?」


「……は……ぁっ……!」


「……神凪くん?」


 ……頭が、痛い。

 俺は思わず頭を抑えてしまう。

 紅葉さんに今までに無いほど接近されているからか?


「様子が変ね」


「……なぎなぎ?」


 ……違う、それだけじゃない。

 別の……何か、そう……記憶だ。

 何かを、思い出しそうな気が────


「なぎなぎ?なぎなぎ!大丈夫!?」


「神凪くん!」


「あっ」


 いつの間にか紅葉さんは俺のことを抱きしめるのをやめていて、七瀬さんと一緒に俺に呼びかけていた。


「……悪い、なんでもない」


「なんでもないわけないでしょう、あなたのそれ、昨日のと似たような症状ね」


「え、昨日……?」


「でもそれは体調不良なんじゃ……?」


「ただの体調不良じゃないわ、きっと神凪くんは何かを隠し────」


「ご心配おかけして、すみませんでした……そろそろ休み時間も終わると思うので、俺は教室に戻らせてもらいます」


「あ、神凪くん!」


 俺はさらに俺の秘密が露見してしまう前に、生徒会室を出た。


「……やっぱり、何かあるわね」


「しんどそうでしたね、神凪くん……」


「ぐぬぬ〜!なぎなぎめ〜!まだ何か隠し事してるなんて〜!許せな〜い!絶対私がその隠し事見抜くから〜!!」


「うっ……」


 俺は後ろに紅葉さんの大きな声を聞きながら、教室へと向かった。

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