第5話 証拠

 俺が二人に証拠として提出したのは、メッセージアプリの画面、もっと詳しく言うのであればメッセージアプリのトーク画面のスクリーンショットで、そのメッセージの内容は……


『明日駅前近くの建物の七階にある映画館に行かないか?観たい映画がやってるんだ』

『うん、行くー、待ち合わせ場所は?』

『駅前集合にしよう』

『おっけー』


 という内容だ。

 友達の有無に関しては、女子はもちろんのこと男子も居ないし、家族とはメッセージアプリを使うまでもなく家で会話したり電話で話すため、メッセージアプリは昨日初めて入れたが……我ながら完璧な捏造方法だと自負している。

 メッセージアプリはネットで検索して一番併用されていると言われているのを選んだし、メッセージが自作自演だと疑われる可能性も考慮し、しっかりと「おっけー」なんて俺が使いそうに無い言葉を使っている。

 本当に、一晩中考えた甲斐があった……


「どうだ?納得してくれたなら、今まで疑って来たことに関しては別に何も言わないから、早く自分の席に戻ってくれると嬉しい」


 自分で考えたことが順序通りいくというのは嬉しいものだな、女子二人と話している割にはどこか少し高揚感がある。

 今後はもう女子と関わらなくて済むという絶対的な安心感があるからだろうか。

 俺が顔には出さずその安心感に浸っていると、紅葉さんが声を発した。


「えっ……な、なぎなぎ、嘘でしょ?」


 どうやら本当に俺に彼女が居たという証拠に圧倒されているようだ。

 その次に口を開いたのは、七瀬さんだ。


「か、神凪くん……?嘘だよね?」


 今度は七瀬さんも紅葉さんと同じことを言った。

 証拠を提出したというのに、二人ともまだ信じることが出来ないらしい。

 仕方ない、最後にもう一押ししておこう。


「俺は約束通り証拠を提出した、だからもう二人とも俺には関わらないでくれ、彼女に浮気を疑われたりしたら嫌だからな」


 ここまで言えばいくら猜疑心の強い二人でも、俺の言葉を受け入れるしかないはずだ。

 俺は二人が俺のところから去るのを待っていた、のだが……


「証拠って……え、本気?なぎなぎ」


 ……ん?


「神凪くんがあんまり真面目な顔で言うから驚いちゃったけど……こんなのが証拠になると思ってるの?」


 ……え?

 ……ならない、のか?


「な……るだろ?デートの待ち合わせの証拠だ、昨日紅葉さんだって例に出していたはずだ」


「……なぎなぎって、このメッセージアプリいつ使い始めたの?」


「……昨日だ、二人が証拠を持って来いって言うから、彼女との待ち合わせを記録として残すためにわざわざ入れたんだ」


 なんだ……?この空気は。

 俺はしっかりと証拠を提出したはず────


「……神凪くん、ちょっと教えてあげるね?」


 七瀬さんは俺の耳元に自分の口を近づけ、気まずそうに言った。


「あ、あのね……神凪くん、このメッセージアプリはね……自分で送ったメッセージはオレンジ色の枠で囲われて、相手が送って来たメッセージはオレンジの反対色の青色で囲われるんだよね」


「……え?」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は絶句した。

 ……確かに言われてみればオレンジ色の枠では囲われているが、相手が送ってきたメッセージは別の色になるのか?

 ……ん?つまり俺がわざわざ「おっけー」という俺が使わない言葉まで使って自作自演をしたのに、それが最初から意味が無かったってことか?


「……」


 まずい、このままだと完全に俺の嘘が露呈してしまう。


「あの────」


「もう遅いから!今更どんな言い訳したってなぎなぎが嘘ついてることはわかってるから!本当は彼女なんて居ないんでしょ!」


「神凪くんは、どうしてそんなに頑なに彼女が居ることにしたいの?」


 さっき俺が色々と言っていたことは関係無く、この二人はこのトーク画面の画像を見た時から俺が嘘をついているということをわかっていたんだろう。

 ……つまり、今から何を言ったところで意味が無い、ということだ。

 俺が返せる言葉もなく沈黙していると、チャイムが鳴った。


「あ、なぎなぎ、次の休み時間連絡先交換しようね〜!」


「あ、私も!」


 二人は明らかに上機嫌になって自分の席へと戻っていった。

 ……連絡先を、交換?

 ……きっとそんなことをしたら七瀬さんはわからないが紅葉さんに関しては毎日連絡してきたりしそうだし、何より女子と関わりを持つことが嫌な俺にとって連絡先を交換するなんて絶対に避けたいことだ。

 ……一限目が終わり、休み時間になった途端。

 俺は教室から飛び出し、とにかくあの二人から距離を取ることにした。


「あ、なぎなぎが逃げた〜!」


 おそらくあの二人は追いかけてくるが、身体能力には多少自信がある、そう簡単には追いつかれな────


「神凪くん」


「あっ……」


 廊下を走りその勢いで階段を登ろうとした次の瞬間…とても怖い笑顔をした東雲先輩と階段前で出会ってしまった。


「グラウンド以外の校内では走ってはいけないなんて…常識よね?」


「ま、待ってください、これには事情が────」


「あ!追いついた!なぎなぎ!」


「神凪くん逃げないで!」


「……」


 前には東雲先輩、後ろには紅葉さんと七瀬さん……終わった。

 俺たち三人は、東雲先輩に生徒会室に連行され、話を聞かれることになった。

 ……誰か、助け……て、くれ……

 俺はただただ、誰にも聞こえない心の中で、必死に助けを求めていた。

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