第4話 秘密
東雲先輩はやはり俺の体調異変の理由を知りたいようだ。
……説明するとなれば、俺は過去の何かしらの原因で女性恐怖症になってしまったから学校で女子と話したりすると身体的にも精神的にも疲れてしまう、ということを伝えないといけないのだが。
「明らかにただの風邪や他の病気とは違うようだったけれど、何か他に持病でもあるのかしら?」
「……たまたま体調が悪かっただけです」
東雲先輩にならこの秘密を伝えてしまっても良いのかもしれないが、東雲先輩は俺のことをここまで運んでくれたようにこの毅然とした態度とは裏腹に優しいところもある。
そんな人に実は女性恐怖症なんですと打ち明けるのは、要するに「女性恐怖症なので今まであなたに関わられて迷惑でした、今後は一切関わらないでください」と言うようなものだ。
東雲先輩のことは文武両道という噂やわざわざ俺のことを気にかけて昼休みにまで俺のところに来てくれるという点で尊敬している部分が多いため、そんなことはできない。
「そう、熱の有無は?」
「さっき保健室の体温計をお借りして測ってみて平熱でした」
「……本当に、病気では無いのね?」
「はい、だから、その……」
東雲先輩に言いたいことがあるがとても言いづらいことなため、俺は言葉を止めてしまった。
「何?ハッキリ言ってもらった方が私も助かるのだけど」
「わかりました……」
俺は嫌われる覚悟で東雲先輩に言った。
「俺の体調はもう大丈夫なので……で、出て行ってもらえませんか?」
「え……?」
東雲先輩は少し驚いているようだ。
それは当然だ、せっかく倒れそうになっていた後輩のお見舞いに来たというのに、その後輩から出て行ってもらえませんか、なんて言われたら俺が逆の立場でも驚く。
……それでも、俺の立場から言うのであれば、長話しすぎると俺の体力がまた限界に達してしまうかもしれないため、ここは自分の身を案じた方が良いと判断した。
「……おかしいわね、あなたの性格なら『わざわざお見舞いに来ていただいてありがとうございました、もう俺は大丈夫なので東雲先輩はゆっくりとお昼ご飯でも食べて来てください』と言いそうなものなのに、それがあなたらしくもない『出て行ってもらえませんか?』なんてね」
その東雲先輩の想像している俺は、もし仮に俺が女性恐怖症で無ければ完璧に合っているだろう。
東雲先輩が男の人だった場合は、おそらく全く同じことを言っている。
……だが、女性を相手にしている、それも特に俺と年齢の近い女子に関しては、相手のことを気遣う余裕なんて俺には無い。
それが今わかりやすく出てしまったということか…
「……」
「あなたが女子生徒とどうして友好関係を築こうとしないのか……今、少しだけその片鱗が見えたような気がするわ、あなたがその理由を話したく無いのならそれで良いけれど、私は生徒会長としてあなたをサポートするためにも今後あなたにはより一層注目しておくことにするわ」
そう言うと、東雲先輩はその長い黒髪をなびかせて、保健室を後にした。
…今後俺に注目、か。
「まずいことになったな……俺はこの秘密を隠し通せるのか?」
俺は保健室で体を休めながらも、今後のことについて頭を悩ませていた。
「神凪くん、待っていなさい……私があなたの全てを知った上で、あなたに私のことも知りたいと思わせてみせるわ、そしてその後は……ふふっ」
◇放課後◇
「放課後になりましたが、神凪さんの体調不良の原因はまだわからないので、今日は念の為寄り道することなく速やかに下校してください」
「はい、ありがとうございました」
俺は保健室の先生に一礼すると、言われた通りすぐに学校を出て家に帰ることにした。
「あ!なぎなぎ見つけた〜!」
後ろから紅葉さんの声が聞こえたと思ったら、紅葉さんはいつの間にか俺の隣に立って俺と並走して歩いていた。
「なぎなぎ〜、体調悪かったみたいだけど大丈夫?」
「大丈夫……だけど、今日は大事を取ってすぐに帰ることにする」
体調不良の原因は俺が一番わかっている、申し訳ないがこうして紅葉さんと話している方が俺にとっては毒になってしまう。
「そっかそっか〜、お大事にね〜!」
それから紅葉さんは少し間を空け…いつもに比べると小さな声で口を開いた。
「……なぎなぎ、私どうしてなぎなぎが彼女が居るなんて嘘つくのか全然わからないんだけど」
「……それもそうだ、俺は嘘なんてついて無いからな」
「ほらまた嘘ついたじゃん」
「ついてない」
どうして紅葉さんはここまで確信を持って俺に彼女が居ないと言い切れるんだ……?確かに女子とのコミュニケーション能力という点で言えば俺は地の底だが、それも彼女が居るならということで納得できるための噂だったはずだ。
なのにも関わらず、紅葉さんと……あと七瀬さんも、それを疑っている様子だ。
どうしてだ……?
「なぎなぎはなぎなぎ自身こととか話してくれないから、深くなぎなぎのこと知ってるわけじゃ無いけど、なぎなぎは本当は彼女が居ないのにそれが恥ずかしいからって見栄を張るとかは絶対しないってわかるんだけど、だったらどうして今回は嘘つくの?」
「どうして紅葉さんは、そこまで俺に彼女が居ないって決めつけるんだ?」
「なぎなぎに彼女が居るように見えないっていうのもあるけど……だって、そんなの嫌じゃん……」
「え?なんて言った?」
最後の方紅葉さんの声が小さくなって何を言っているのか聞き取ることができなかったため、俺が聞き返すと……紅葉さんは大声で言った。
「あー!もう知らない!とにかく!デートは無理でもメッセージくらいなら体調が悪かったとしても彼女とメッセージくらいはできると思うから、ちゃんと明日それを証拠として提出してよね!」
「……善処する」
「善処じゃなくて絶対だから!じゃあね!!」
紅葉さんは俺に手を振ると、俺とは別方向の道へと走っていった。
「彼女が居ることの証拠……完全に忘れてたな」
俺は一晩考えた結果、絶対にバレることがない捏造手段を思いつき、次の日……
「おはよー!なぎなぎ、証拠ちゃんと持ってきた?」
「おはよう神凪くん、約束のやつお願いしても良いかな?」
「あぁ、是非見てくれ」
朝、俺の席にやってきた紅葉さんと七瀬さんの二人を相手に証拠として提出することにした。
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