第2話 噂とは利用するもの

 朝教室に入ると、朝から学校が騒がしかった。


「おいおい、あの噂聞いた?」


「聞いた聞いた、神凪が────あ!ちょうど本人いんじゃん」


 クラスの陽気な男子生徒が教室に入った俺に話しかけてきた。


「神凪、お前の噂が学校中に流れてるんだけど、あれマジ?」


「マジ?って、どんな噂だ」


 相手が女子で無いのなら俺は普通に話せるため、特に何も緊張することなく聞き返した。


「しらばっくれんなって、お前本当は彼女居るんだろ?」


 その噂のことだとはわかっていたが……はぁ。

 本当に厄介というか、面倒なことになってしまった。


「仮に居たところで、君には関係無いだろ」


「やっぱ居るのか?ははっ、おかしいと思ったんだよ、お前みたいなイケメンくんが女に冷たく接するなんてな〜」


 陽気な男子生徒はケラケラと笑っている。

 うるさいな…人の事情も知らないくせに。

 とにかく、人の噂も七十五日、しばらくしたら皆も飽きて忘れるだろうからこの噂に関しては無視をするのが一番────


「っていうわけだから女子たち!もうこんな彼女持ちのイケメンくんじゃなくてこれからは俺に話しかけろよ〜!」


「っ……!」


 こいつ……


「あはは、無理〜」


「何言ってんのあいつ〜」


 俺は陽気な男子生徒の手を取って言う。


「……な、何だよ、別にお前彼女居るんだったら────」


「君は天才だ」


「え……え?お、俺天才?」


 そうか、彼女が居るということにしてしまえば、クラスの女子達は俺に関わろうとする気は無くなるし、関わったとしてもより深く親密になろうとするようなことはしないだろう。

 そうだ、この噂は厄介なものじゃない……むしろありがたいものだったんだ!

 それに何故かわからないがこの陽気な男子生徒が俺の分もヘイトを集めてくれると言っている。


「俺のこと天才って言ってくれるなんて、お前良いやつだな!」


「あぁ、本当にありがとう、君は俺の恩人だ、今日は忘れない」


「お、恩人……?ていうか今日かよ!恩人なら一生忘れんなよ!」


 俺は高校生活の中で下手したら一番晴れやかな気分で、自分の席に座る。

 これで今日から俺は女子から解放された学校生活を送れるのか……

 女子という存在を除外して、俺は世界を見てみる。


「世界は、こんなにも色付いているのか……」


 俺は不覚にも今感動してしまっている。

 本当に…素晴らしいな。

 噂よ、もっと広がってくれ。

 俺がもう女子と関わることは無いと喜んでいると、声をかけられた。


「なぎなぎおはよ〜!」


「……」


 今一瞬高い声で挨拶をされたような気がするが、きっと幻聴だろう。

 何せ、俺はもう女子から解放されたんだから。


「あれ、聞こえてないの?なぎなぎー!」


「……」


 また聞こえたが、きっと過去の記憶の想起だろう。

 過去に見た景色の記憶と音を思い出してしまう。

 あぁ、記憶というのは自由に消せたりしないから厄介なものだが、記憶は所詮記憶。

 俺の心の持ちようでどうとでもなる。


「……あ〜!何で無視するの〜!今までせめて返答くらいはしてくれたの、にっ!!」


「痛っ!!」


 俺は両頬を強くつねられ、目の前にある現実を受け入れざるを得なかった。

 目の前に、紅葉さんの顔が見える。


「紅葉……さん?」


「あ、やっと返事してくれた!」


 返事って……両頬を強くつねっておいてよくそんなことが、ってそうじゃない。


「紅葉さん、俺の噂知ってる?」


「あ〜、なんかなぎなぎに彼女が居るって噂になってるよね〜」


「あぁ、そういうこと」


「……」


「……」


「……え?」


 互いの沈黙の後、紅葉さんが困惑の言葉を漏らした。


「そういうことって、どういうこと?」


「え……だから、俺に彼女が居るから、あまり俺にはもう関わらないで欲しいってことだ」


「え、なぎなぎに彼女なんて居るわけなくない?」


 その通りだがいつも元気な紅葉さんに冷静にそんな風に言われると少し応えるものがあるな。


「居るんだ」


 だが俺は構わず嘘をつき続ける。


「絶対嘘」


 ……俺の嘘がバレている?

 もしかして女子から解放されたと思って喜びすぎたせいで嘘をついているときに表情が緩んだ……わけないな、こうして紅葉さんと話しているだけでも冷や汗が出てこようとしているのに。


「もし彼女居るって言うなら写真見せてよ」


「……最近付き合い始めたから、写真とかは撮ってないんだ」


「じゃあメッセージログとかは?彼女ならデートの待ち合わせとか遊ぶ約束とかはしてないの?」


「本当にまだ付き合い始めたばっかりだからデートとかも行けてないんだ」


「その付き合ってる彼女ってどこの誰?どういう経緯でなぎなぎと仲良くなったの?」


 ……まずい。

 紅葉さんなら「なぎなぎ彼女おめー」くらいの軽い感じで祝ってくれて終わりだと思ったのに、こんなにも話を詰められるとは…

 どうにか切り抜けないと────


「「あ」」


 俺がどうこの状況を切り抜けようかと考えていると、学校のチャイムが鳴った…助かった、本当に助かった。


「……なぎなぎ!また次の休み時間ね!」


「え?」


 そして次の休み時間も、俺は紅葉さんに話を詰められることとなったのだが…次の休み時間、紅葉さんだけでなく、七瀬さんまでもが俺の席にやってきた…どうして七瀬さんまで?

 本当にこの今見えている景色は現実なのか…?

 女子から、解放された、はず、なのに…

 俺はただただこの状況をどう上手く収めるかだけに思考を割いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る