第5話 地方芸術祭 作品制作報告

筆者は現在、地方芸術祭に作家として参加している。

中之条ビエンナーレ2023、群馬県北⻄部の山間地域を舞台に隔年開催される国際芸術祭である。

広範囲に及ぶ展示エリアの中でもとりわけ山あいに「沢渡温泉街」があり、筆者はそこで廃旅館の客室の1つを与えられている。

この客室に捏造民俗学者である猿戸檜が投宿したという設定のもと、展示を制作する。


「猿戸檜」とは、2011年8月19日から21日にかけて高知県の離島、鵜来島で行われた2泊3日に及ぶ観客参加型演劇、沖ノ島アートプロジェクトvol.3「るくる島黄金伝説/リアルRPG合宿」にて筆者が演じた人物である。

この公演は寺山修司的な市街劇の手法を日本製ロールプレイングゲームの文法(単線的にチェックポイントを辿っていく構成)にアレンジしたもので、観客が定期船で来島した瞬間から上演が始まり、港、井戸、民家、廃校、灯台といった各地点に配置された役者が順に演技を行うというものだった。

しかし本来ありえない事なのだが、筆者含む制作者側の不手際により開幕時点でシナリオが完成しておらず、そのため観客らに対し演者は未完の台本から断片的に物語を取り繕う他なかった。

そのような事情を知らない観客らが寝静まった深夜、役者らは苦し紛れの解決策として『一連の上演はとある出版社が仕掛けた芝居であり、ヒット作を生み出すために観客に未完小説のプロットを物理的に体験させて結末を執筆させる人体実験であった。』というオチを捻り出して幕を下ろす。

筆者は過去いくつか芸術祭、演劇、映像作品などの現場に参加してきたが、本番上演中に逃亡を考えたのはこの時だけである。


10年以上経って振り返ってみても当時シナリオ担当者は現実とフィクションの境界を見失いかけており、台本は永久に完成しないことに筆者含む演者達も薄々勘付いていたが、あの時の我々は共通の幻想に魅入られていた。

フィクションによる「現実」なるものに対するクーデターの幻想に。

舞台である離島の、人口20人に満たない限界集落、外界との交通は朝夕2便の定期船のみという地の利に勝機を見出した我々は、かつての寺山修司の市街劇やハイレッド・センターのハプニングの時代の英雄達に並ぶ戦いを幻視していた。


しかしすでに我々は前衛芸術が商品化されていった歴史を見ている。フィクションは現実に敗北するからこそフィクションたりえる。

我々は最終的に離島の崖っぷちに追い詰められるがごとく「お見せしたものは全てお芝居でした」と宣言して上演を終わらせるほかなかった。

「るくる島黄金伝説」と検索すれば2023年現在もウェブサイトを確認できるが、ほとんどのリンクは機能を失っている。


藤田直哉著「地域アート 美学/制度/日本」(2016 堀之内出版)最初の章である【前衛のゾンビたちー地域アートの諸問題】の題句には、

『前衛のゾンビたちが徘徊している。身体の半分以上は、もう土に還りかけているが……。』とある。

この前衛とは、社会制度や伝統や道徳や物理法則といった「現実」を捻じ曲げる力を持ったフィクション、前衛芸術を指す。

いまや日本全体が美術館と化し、かつて無辜の民を戦慄させた前衛は「地域住民らが楽しみにしてくれている」地方芸術祭へと零落したが、作家達はゾンビとなってなおかつての英雄に己を重ねて制作に勤しむ。

当連載の「インターネット上の怪異譚の元ネタのいくつかは地方芸術祭の作品なのでは?」というテーマも、芸術が前衛たりえた、“怪異”たりえた時代へのノスタルジーから発したものだ。


中之条ビエンナーレ2023の展示に配置した「るくる島黄金伝説」の登場人物である猿戸檜は沢渡温泉という土地の歴史には一切関係が無いが、しかし地方芸術祭における土地の固有性に対し個々の展示作家はそもそも代替可能だ。

筆者の分身であり敗残のゾンビたる捏造民俗学者猿戸は、他所の土地の博物館や民俗資料館から廃棄された資料を回収し、その1つ1つに付けられた収蔵票を外してデタラメな内容の新しい票に取り替える。

筆者の故郷、宮城県にはかつてゴッドハンドの異名で知られた捏造考古学者がいたが、虚偽が暴かれるまでの間の彼の「創作活動」は日本史を数万年引き伸ばし教科書を書き換えた。

フィクションが現実を書き換えるその創作の幸福は、善悪を抜きにすればあらゆる作家が憧憬を抱くものだろう。


前提として、最も強固なフィクションが現実の座に就き、それ以外は駆逐される。

現実の座を巡る権力闘争に疲れた芸術家達は都市を離れ、けして現実を僭称することなく、忘れられたもの捨てられたものの帯域で自分達だけのフィクションのユートピアを捏造する実験を始めたが、ほどなく資本主義経済という全知全能のフィクションによりあっけなく商品として吸収されていった。


地方芸術祭を渡り歩きながら美しいユートピアの夢を見るゾンビ達は、猿戸氏は、どこにも辿り着けずに朽ちていく。

それはそれで、幸福なのだが



























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