4.夏の祭典
◇◆◇
私とクララは舞踏会に向けて帝都までやってきていた。
ボタニーア領は帝都の真横にあり、丸一日あれば帝都までやってくることができる。ちなみに父は、皇宮の仕事があるため一足先に帝都に戻っている。
「ああ、もういやよ、いや。このまま邸宅になんていきたくないんだから」
クララが喚き声を上げたのは、ボタニーアの馬車が帝都の門を潜ってすぐのことだった。
クララが皇太子の婚約者に決まってから、彼女はデビュタントと皇太子妃教育のために朝から晩まで教育の日々を送ってきた。休みもほとんどなくって、好きなショッピングも舞踏会のドレス選びぐらいしかできず、息抜きをする暇もなかったのだから無理もない。
すっかり鬱憤が溜まっているクララが、幼子のように両手をバタバタさせて御者台を叩いた。びっくりした御者が慌てて馬を止めると、クララはその隙に外に出ようとする。
「どこに行くの?」
「お姉様、今日がどういう日か知っていますか?」
もちろん知っている。
でもいまは今後の目的のためにも簡単に未来を変えるわけにはいかないので、うーんと知らないふりをする。過ぎ去りし未来で起こったことをできるだけ再現するのだ。
「なんだったかしら?」
「ほんと、お姉さまって要領はいいのに、世間のことに興味がないんだから」
馬車の扉を上げて、外にいる護衛の騎士にエスコートしてもらいながら馬車から降りたクララが、大きく手を広げて笑った。
「今日は年に一回、帝都で開催される夏の祭典―【太陽祭】ですよ!」
太陽祭。別名、夏のソレーユ祭。
夏の帝都で開かれる、スカーニャ帝国が信仰する唯一神――【太陽神ソレーユ】に感謝を捧げるお祭りだった。
帝国の唯一神であるソレーユ神は、他にも春には導きの神、秋には豊穣の神、冬には安寧の神として帝国民に恩恵を授けてくれるとされている。そのため年に四回ほど季節の節目にこうして祭りがあるのだが、夏に開催される【ソレーユ祭】は建国記念も兼ねているためひと際おおきく、なんと二週間もの間、開催されるとても大きな祭りなのだ。
誰もが浮足立ち、これから暑くなる夏に向けて、暑さを吹き飛ばすように帝都は活気づく。
過ぎ去りし未来でも、クララは目をキラキラさせながら、私に馬車から降りるように催促した。
三日後には舞踏会があるというのに困ったものだ。
私も馬車から降りると、彼女に腕を引かれて人でごった返す通りを歩いて行く。少し遅れて二人の騎士たちが続いた。騎士は皇太子の婚約者になったクララのために、父から護衛を命じられているボタニーア家の優秀な騎士たちである。
でもあまりにも優秀すぎると、これからの私の計画に支障が出てしまうだろう。だからなるべくクララの傍にいてもらい、私が彼らから離れる隙を作らないといけない。
「お姉様、はやくはやく」
「ああ、もう走ったらはしたないわよ」
いくら十四歳といっても普通の令嬢は公衆の面前で走ったりなどしない。
でも淑女の嗜みなんてとっくに忘れて浮かれているクララに、私の言葉は届かないようだ。なんだか微笑ましい気もするのだけれど。
「まあ、素敵ね」
クララが向かった先はわかっていたはずなのに、その広場に到着してすぐ私は感嘆の声を上げた。
見渡す限り黄色い花々が咲き乱れている。
ここは夏の風物詩のひとつ、ひまわりが咲き誇る広場だった。
夏のソレーユ祭の目玉中の目玉でもある。
曰く――大昔、舞い降りたソレーユ神が枯れた大地に足を付けた途端、そこにひまわりが芽吹いた。人々はそれを奇跡と呼んで、神を称え、そこにスカーニャ帝国の基盤が築かれた――らしい。
ソレーユ神は帝国の唯一神だ。――でも、五十年ほど前までは、ソレーユ神は国教ではあったものの唯一神とは呼ばれていなかった。
女神を信仰する隣国から嫁いできた王女が、当時の皇弟と結婚して、新しい宗教【ルナティア教】が民に広まったこともある。
――だけどそれは本当に唐突だった。
当時の皇帝の死後、その息子が皇帝に即位してから変わってしまった。
前皇帝の弟――当時の大公を北部の僻地に追放してしまい、帝国中にある、ソレーユ教以外の教会をすべて焼き払ってしまったのだ。もちろん隣国は怒り、戦争に発展した。
そしてその戦争は、両国ともに数多くの犠牲者を出しながらも、幾度の停戦を迎え、いまも続いている。
「お姉様? どうですか? ソレーユ祭の一番の目玉ですよ!」
「ええ、とても素晴らしいわ」
公園の隅から隅まで植えられたひまわりは、ただ前を見据えて咲いている。その堂々とした佇まいに感動する気持ちは、いまも過ぎ去りし未来でも変わらない。
目の前に佇むひまわりのひとつを見て、私の胸がチクリと痛む。
私がいまからしようとしていることは、とてもいけないことだ。
過ぎ去りし未来で起こったこの広場での悲劇は、このひまわりたちを巻き込んだものだった。回帰した私なら防げる可能性のあるもの。
それなのに私は、再び同じことを繰り返そうとしている。
ごめんなさい。
前を見据えるひまわりの姿は、まるで私の心を見透かしているようだった。
「お姉様、広場のあっちの方に屋台がありますよ。いきませんか?」
「ええ」
時間はもうすぐそこまで迫っている。
過ぎ去りし未来の出来事をなぞりながら、私はただ護衛騎士の目を掻い潜る方法を考えていた。
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