2.懐かしい天井

    ◇◆◇



 目を覚ますと、そこは見知らぬ天井だった。

 いや、まったく知らないわけではない。どこか懐かしく、見慣れた光景のようにも思える。


 あれ、と私は体を起こす。

 深い眠りについたと思ったのに、思ったよりも体は軽かった。もうすでに死人同然だったはずなのに、どうなっているのだろうか。

 流行り病に罹って治療もまともに受けられず、体力もない状態の私がこうして起き上がることなんてできるわけがないのに。


 一瞬の頭痛に頭がくらりとする。

 ああ、やっぱり、私の体は病に蝕まれているんだ。今度こそもう駄目かもしれない。

 そう思ったのも束の間、頭痛は瞬間的なものだったみたいですぐに消えてしまった。


「もしかして、治った?」


 いやいやそんなわけがない。あそこまで進行していた病が寝ただけで治るなんて、そんなの聖女よりも上位の力である神の領域になってしまう。

 いくら聖女でもすべての病や傷を治すことは不可能だ。誰しもに等しく訪れる老いはどうにもできないし、ナイフで刺されたところの傷を塞ぐことができても流れた血はそのままだ。風邪に罹った時その原因は取り除くことができても、その後の体力の回復などは本人次第になる。

 聖女の力で人は不老不死になれないし、死人が生き返ることはあり得ない。


 それなのに。


「こえ、でてる」


 目覚める前は一言喋ろうとするだけで咳込んでいたのに、声を出すことにつらさをまったく感じない。


「体も、動かせる」


 手を握り、開いてみる。腕を回してみる。ついでに足を延ばして上半身を屈めて手の指を足の指先に当ててみる。


「あれ?」


 周囲を見渡して私はさらに困惑した。


「ここ、どこ?」


 寝る直前まで私がいたところは、ジメジメとした黴臭い牢獄だった。処刑を待つだけの罪人だったはずなのに。

 いま私がいる部屋は、とても広く豪華な装飾が施されている。

 それにやっぱりどこか懐かしいような感じがする。


 私がどうしてこの部屋にいるのかはわからない。

 もしかしたらこれは走馬灯の様なもので、本当はまだ牢獄の中にいるのかもしれない。

 とりあえず状況を確認するためにベッドから降りると、近くにある姿見が目に入った。

 姿見で自分の姿を見た瞬間、私は息を止めた。


「……え」


 姿見でこちらを呆然を見ているのは、紛れもない私。

 だけど、その姿はあまりにも違っていた。


「うそ、これって……どいういうこと?」


 やっと絞り出した声はあまりにも間抜けに響いた。


 どこか懐かしく感じる広い部屋。そこにある装飾品の数々は私の遠く感じる記憶にある通りだった。

 この部屋は、ボタニーア公爵領にある、私の部屋だ。


「やっぱり、夢なのよ、これは」


 確かめるために頬を摘まんでみる。痛みに、頭の奥がビリっとした。


 姿見には紛れもなく私が映っている。

 その姿は、牢獄に収監されていた時に着ていた服でも、騎士団の正装でもない。聖女として各地を転々としていた服装とも違う。

 私が幼い頃に愛用していた、ワンピースタイプのネグリジェ姿だった。


 白に近い薄桃色の髪。瞳も髪と同じで、実態感がないように戸惑いから揺れ動いている。そして二十二歳だったはずの体は、幾分か幼くなっていた。


「もしかして私、毒でも盛られちゃった?」


 まあ、毒ではなかったのだけれど。

 時間が巻き戻っていることに気づいたのはそれからほどなくしてのこと。

 それも数時間どころの話ではなかった。

 私が牢獄に入れられて死の淵を彷徨っていた時から、六年も過去に、私の魂は戻ってきていたのだ。

 

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