第7話:呪文。
両親が病院から帰った後、翔太郎のベッドの横にアリエラがいた。
もちろん両親にはアリエラの姿は見えていない。
「翔太郎、よく聞いて」
「私は、あなたの守護天使でありながらあなたを守れなかった」
「私はもうここには、いられません・・・・天国へ帰らなくちゃ・・・」
「帰るって・・・僕を救ってくれたじゃないか」
「それは私の独断でしたことです」
「翔太郎を交通事故から守れてたら、聖杯も聖水も必要なかったんですから・・・」
「だから私にはあなたを守る資格がもうないんです」
「一度でも保護者を守れなかった天使は、天国に引き戻される決まりになって
るんです」
「短い20年でしたけど、あなたと過ごせて楽しかったです」
「なんでだよ、なんで?」
「もうアリエラと会えなくなるの?」
「人生、誰にだって一度や二度くらいのミスなんてあるだろ?」
「命に関わることに二度はないのです」
「一度の過ちがすべてです」
「アリエラ・・・帰らないでほしい・・・」
「私も帰りたくないです、でもしかたないんです」
「それに、私は・・・こともあろうに、天使でありながら人愛してしまいました」
「ありえないことです」
「天使が人に心を揺り動かされることなんて・・・」
「愛した人って?・・・」
「もう分かってるでしょ・・・翔太郎」
「もし、あなたに私の姿が見えていなくても、私はきっとあなたのことを愛したと
思います」
「なんの感情も持たず天国へ帰れたほうが幸せだったのかもしれません・・・」
「そんな寂しいこと・・・言うなよ」
「僕は君が見えたことを神様に感謝してるよ」
「そのおかげで君と知り合えたし、君のことを好きになれたんだ」
「君をはじめて見た時から、僕の心の時計は止まったままだよ・・・」
「僕の心の時計を動かせるのはアリエラだけだと思ってる」
「帰らないで・・・ここにいて・・・ずっと僕のそばにいてよ・・・」
アリエラは首を横に振った。
「じゃ〜?たとえば・・・」
「たとえばだよ、保護者である僕が、君の上の人に頼んでも、頭を下げても
叶わないことなのかな?」
「そんなこと、今まで前例がありません・・・みなさん基本的に自分の守護天使は
見えないんですかね」
「しかも人間が生きたまま天国へいくなんてこと・・・聞いたことがありませんよ」
「そんなことしたら、あなたの生命に関わります」
「だいいち、そんな危険を冒すこと、私が許しません」
「私が帰れば、それで済むことなんですから・・・」
「他に方法はありません・・・どうしようもないんです」
「諦めて、翔太郎」
「もう時間がありません、私は天国へ帰る定めです、二度とあなたに会うことは
ないと思ったから、私の気持ちを告白しました」
「あなたに私の気持ちを伝えないで帰るのは辛かったからです」
「私の気持ちは伝えました」
「できたらでいい・・・私のことは忘れてくださいね」
「忘れたりなんかできないよ・・・」
「・・・どうしても帰っちゃうんだ・・・」
「ごめんなさい・・・」
「僕は絶対納得しないからね」
「君は帰ればいい・・・そうしないと君が困るんだろう?・・・」
「いいよ・・・行っていいよ・・・」
「さよなら翔太郎・・・」
アリエラは翔太郎の頬にキスをした。
まだ未練があった翔太郎はアリエラに「さよなら」のひとことが言えなかった。
翔太郎に手でバイバイするジェスチャーをしてアリエラは消えていった。
とても静かな病室の中で、翔太郎は、ただ呆然としていた。
それからの翔太郎は毎日、ため息ばかりついていた。
何も手につかない翔太郎だったが、ひとつ思い出したことがあった。
「そうだ・・・あの呪文」
翔太郎はアリエラから教えてもらった呪文を試しに唱えてみることにした。
紙にメモした呪文は不思議と覚えていた。
ちょっとドキドキしながら、おそるおそる
「アノル・ヘルパス・ゴルド・ネイモス!!」 と唱えた。
翔太郎が時計の秒針を確かめる間もなくアリエラが現れた。
「んもう〜・・・呪文唱えましたね・・・喚び出しましたね」
「アリエラ・・・また会えた」
「お別れしてからまだ、何日も経ってないじゃないですか」
「ダメですよ、私はもうあたなの守護天使じゃないんですから」
「それで?何か用ですか?・・・緊急の用事?」
「なんだか冷たいね・・・」
「優しくしてほしいんですか?」
「そうじゃないんだけど・・・君がいないと寂しくて・・・我慢できなくて」
「いい?緊急じゃないなら私を呼ばないでください」
「私だってあなたと会いたいのをずっと我慢してるんですから・・・」
「ほんとはもうここへ帰ることも許されないんですからね」
「今も内緒でここに来てるんですよ」
「翔太郎には新しい守護天使がつきますから、それまでおとなしく していて
ください」
「いい?もう呪文唱えちゃダメですよ、分かりましたか?」
「分かった・・・せっかく会えたのに・・・もう少し優しく してくれたっていいじゃないか・・・」
「なんです?」
「なんでもないよ」
「私も暇じゃないんですから、ずえ〜ったい呪文唱えちゃダメですよ!!」
(ほんとは忙しくもないんだけど・・・)
「せっかく来たから、これは出血大サービス」
そう言うとアリエラは翔太郎をハグしてから うかつに呪文を唱えちゃいけないと、釘を刺して帰って行った。
つづく。
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