第6話:聖水。

冥界の入り口に魂がひかかったまま翔太郎は、草原らしき向こうに、

ぞろぞろと歩いていく人たちを見ていた。


(あの人たちは、これから天国か地獄に行くんだろうか・・・)

(みんな死んじゃった人たちなんだな)


自分だって半分死んでるようなもんじゃないか、そう思ったが 翔太郎はとくに

悲しいと言う気持ちにはならなかった。


心のどこかでアリエラが救ってくれるって希望を持っていたからだろうか。


(アリエラは蘇生できるって言ってたけど、どうするんだろう)

(そんなことをできるのか・・・)


冥界の入り口にいる翔太郎は、不思議なことにお腹が空く

ということもなかったし、睡魔に襲われるってこともなかった。


でも、こんなところに、たった一人置き去りにされて、多少は心細かった。


その頃、アリエラはある人のもとに向かっていた。


翔太郎の事故のことと、自分がミスしたことは神様にも誰にも言えないことだった。

もし、そのことが神様に知られたら翔太郎とは一緒にいられなくなる。


だから翔太郎を救う方法は神様には聞けない。


でも、そのことはいずれは神様にも知れる。

ことは神様が気づくまでに済ませたかった。


どのくらいの時間が過ぎたのか・・・それは短くもあり長くも感じた。

翔太郎が待ち焦がれていると、アリエラが手に何か持って帰ってきた。


「よかったあ・・・もう帰ってこないかと思ったよ」


ラ「私が翔太郎を置きざりにすることなんかありません」


「さあ、これを飲んで・・・」


アリエラは翔太郎に手に持っていたカップを手渡した。

それは西洋カップのような形をした色あせた地味な入れ物だった。

中には透明の水が入っていた。


「それは聖杯で、聖杯の中に入ってるのは聖水です」


「本来は持ち出し禁止ですが、あなたを蘇生させるために聖杯によって聖なる

泉から聖水を汲み取ってきたものです」


「 ある人に、どうしたら翔太郎を蘇らせることができるのか教えてもらいました」

「そうしたら聖杯に聖水を汲んで、彷徨っている魂に飲ませたら 生き返るだろう

って・・・」


「これって、まんまインディージョーンズじゃん」


「いんでい〜?・・・ん?、それはなに?」


「いいの、いいの、そんなに真剣に気にするようなことじゃないから・・・」


「盗んだの??これ?」

「そんなことして君が罰せられるんじゃないの?」


「そのうちバレるとおもいます、神様はすべてお見通しですからね」

「あとで元あった場所に返しておきます」


「それより早く飲んで・・・」


「あの?・・・口移し・・・とかって・・・ないよね」


「何、言ってるんですか、こんな時に呑気に・・・聖なる水ですよ」

「そんな不謹慎なこと・・・」


「でも・・・翔太郎が、そうしてほしいなら・・・」


「まじで?、いいの・・・言ってみただけなのに?」


「なんでも、どんな方法でもいいから、聖水が翔太郎の体に入れば、

それでいいんです」


そう言ってアリエラは翔太郎の手から聖杯を取ると、自分の口に聖水を

含んで翔太郎の口に移した。


(こんな形で君とチューするなんて思いもよらなかったよ)


翔太郎はアリエラの柔らか〜い唇の感触の余韻に浸った。


「聖杯だの聖水だのって・・・こんなこと誰に教わったの?、アリエラ」


ってアリエラに聞こうとしたが、聞く暇もなく、あっという間に翔太郎は

意識を失った。


気がついた時には、アリエラと冥界の入り口にいたことも、アリエラと

チューしたことも覚えていなかった・・・。


病院では昏睡状態だった翔太郎が目を覚ましたことで大騒ぎだった。


医者からダメかもしれないと言われていただけに、なかば諦めかけていた

両親も大喜びだった。

翔太郎は、アリエラのミスで死ぬ寸前まで行ったが、アリエラの頑張りによって、

この世に生き返ったのだ。


もしかして聖水が翔太郎の命を救ったように見えて、実は聖水を口移しした

アリエラの唇が、翔太郎の命を救ったのかも・・・それは誰にも分からない

ことだった。

アリエラの翔太郎を愛する気持ちが彼を救ったのかもしれない。


つづく。

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