第75話:暦の実力

 淡路島各地にケモノ達が溢れていた。

 空を海を大地を埋める怪物の群れ――それら全てのモノ達が目に映るモノを蹂躙しようと動く……筈だった。

 形を持った滅ぼすという意思のみの災害が全てを破壊する――それをケモノ達は疑わずこの島にやってきたのに。


「刃に魅せられないのは悲しいけど、任されちゃったからね! さぁ、ボクのステージの開演だ! 暦の中で最強可愛いボクの力――とくとご覧あれ」


 ワンドを持った澄玲が歌うように術を奏でる。

 杖を鳴らして術を練り、ケモノ達を祓っていく。

 一度ならせば法陣が現れ、二度ならせばビームが放たれる。高速で射出される極太のそれは一撃で全てをなぎ払い、範囲内のケモノを一掃する。


 そして澄玲はケモノを倒しながら歩を進め海面を歩き始める。

 彼女を殺そうとするケモノたちを全て一撃で屠り、海に鎮座していた海竜の前までやってきた。


「君たちは最も愚かな選択をしたんだ。そう、それはこのボクの前で海から現れたことだ。全ての水はボクの支配下、さぁ神話を見せようか――|フェアニヒトゥング・ラグナロク」


 彼女が操るのはこの世に存在するありとあらゆる水。その全てが彼女の思うがままに形を持ち、ケモノに対して牙をむく。

 水が姿を変えていく、龍に巨人に狼に大鳥、彼女が思い描く神話の光景がここに成されケモノを祓わんと進軍を始めた。


「うん、やっぱりボクが最強だ。あとで褒めて貰いたいなー!」


 島の北側から内部に入ったケモノ達は一組の男女と対峙する。

 一人は羊に乗った葉月結香そして丑を祀る如月家の巴だ……そんな彼らは各々がとくとする大地を操る術と雷を使いケモノ達を祓っていた。


「結香様……寝ないでくださいね」


「分かってるよー――それにしても多いね、これが百獣夜行かー」


「現れるのは全て中位以上、何の冗談だって言いたくなりますよね」


「うん――本当なら面倒くさいし、やりたくないんだけど……僕は刃君に守って貰った借りがある……それにさ、もっと刃君のこと知りたいしねーこんなところでお別れなんて嫌だから絶対帰らなきゃ」


「そうですか――それなら倒しましょう、私も刃様には借りがありますからここで負けるなんて出来ません!」


 大地がケモノに牙を向く、雷が全てを両断する。

 何十も大地を埋めるケモノ達が少年少女に祓われていく。

 本来なら我が強く何があろうと協力しないとされた暦の一族が協力し、未来のために戦い続ける。

 それは別の場所でも同じであり、南側には つるぎと雪音が背中合わせで動いていた。


「ほらほらどうしたケモノ共! その程度じゃオレはやられねぇぞ!」


 雪を纏った戌が舞う。

 氷を纏わせ爪を作った霜月雪音がケモノ達を切り裂いていく。圧倒的な鋭さを持つその爪は硬い亀のようなケモノすら両断し、確実に数を減らしていった。

 

「っと――そっちはどうだ剣と雫、手を貸す必要あるか!?」


「いえ、いりません……もう終わりました」


「同じく……大丈夫です」

 

 そして自分の正面のケモノを祓い終わり雪音が剣達の方を見てみれば、剣の持つ刀によって命を絶たれたケモノ達が消えていく瞬間だった。


「そっか! なら次いくぞ次!」


「はい――兄様を少しでも助けなきゃ」


「あぁこんなに頑張るんだ刃には撫でて貰わないとな!」


「……褒められるのは私です」


 そして淡路島の東には一人の男性と少年が立っていた。

 何の装飾もされていない無骨な短刀を手にするのは十六夜昴、それに着いていくように極月亮がいて、二人はケモノの大群の中に突入する。


 暴れるけもの達と対峙する亮は拳を振るい一撃で全てのケモノを倒していた。

 本来なら極月家の得意とするのは召喚術、うり坊と彼が呼ぶ亥神を召喚し数で相手を倒すという戦法をとっていた。

 前衛ではなく指揮官タイプの人物であり、後ろで指揮する方がその真価ははっきりされるはずだった。


 しかし、亮は……本来なら刃とあまり関わるはずのなかった亮は友人に並ぶために壁を越えたのだ。召喚はする事だけではなく、刃と対等に戦うためにと新たな術を学び会得したのは――。


「凄いな亮君……それ、うり坊突進力を自分に降ろしているのか?」


「そう……ですね、僕にうり坊達の力を降ろして拳に乗せてます」


「だからその破壊力か――これは俺も負けてられないな」


 そう昴が笑った瞬間、先ほどまでの中位のケモノではなく明らかに上位のケモノだた。天狗のような烏顔のそれは風を起こしてそれを刃として飛ばしてきたのだが……その全てが昴が短刀を振るうだけでかき消されてしまう。

 

「やっぱりお袋の予言通り術が使えるケモノも出てきたか――だけどまぁ、それは悪手だぞケモノ共、見鬼の俺に術は効かねぇよ」


 見鬼というのはこの世に隠れたモノを見ることが出来、ありとあらゆる術の術式を可視化し、才や起源すらも見抜き極めれば万物の声さえも聞くとされる事の出来る者のことを言う――その見鬼の中でも歴代随一の才を持つ昴は、自身の能力によって知覚した術を全て切り裂くことが出来るのだ。


「さぁ正念場だぞ亮君、この場所全てのケモノを狩って常世還しを起動するんだ」


「はい!」


 二人と相対するのは術の使える上位のケモノ。三十匹以上のその化け物達に一切臆さず彼らは笑い、勝利を信じて戦い続ける。


――――――

――――

――

 

「ほんと、刃も無茶を言うわよね」


 ケモノが溢れる淡路島の上空に彼女はいた。

 式神であり自分の霊力を分けた娘でもある華蓮に乗りながら淡路島を見渡していたのだ。


「これ二番目に強い奴じゃないかしら?」


 彼女の前にいるのは幾つもの目玉を持った巨大な竜。

 その長い体躯にに黒い瞳を浮かべるそれからは絶えずケモノが生まれ続け島に厄災が放たれる。圧倒的するぎ存在感に瘴気の密度、常人ならばすぐに倒れてしまうそれを浴びながらも彼女――卯月龍華は笑っていた。


「あれがケモノの母体ね……翠凰様の言ってたとおり、とても醜悪だわ」


「――母様、あれすごい嫌です!」


「そうね、私も――嫌いよ。刃に仇なす全てが嫌い、彼を傷つけた雷神も私達が帰るのを邪魔するケモノ達も――結局彼に全部を任せてしまう私も」


「……母様」


「私は強くなりたいわ、誰よりも強くなって彼と一緒にいたい。そのために――帰りましょう? 家族で帰ってまた過ごすの……さぁ狩りましょう、刃のために彼の負担を削るためにも――負けてられないわ」


 そして龍華は――扇を構えて、娘の力を借りながらも一人の術を使う。

 それは一人ではなしえなかったとある術、かつて自分を呪い娘となった龍の秘技。


「漿刀――カグツチ!」


 それはマグマで出来た巨大な刀。

 巨人が振るうような巨大さを誇るそれは宙に幾つも浮き始め――母体である竜のケモノを攻撃し始めた。


「私も頑張るから……どうか、勝って――刃」



 

 

 

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