第74話:百獣狂イシ夜ガ来タル

 俺が目覚めたから二日、淡路島には本来なら発生する事のない瘴気が満ちる。

 新月の夜、澄んだ空気が汚染されていき海からそれらは現れた。 


 見える範囲にいるのは、山犬のようなケモノに骸骨の馬。巨大な百足に蛇や蠍に肉の塊のような巨大な口だけの何か――そして、それを付き従える炎雷。


「――さぁ、夜を連れて炎雷が来たぞ? ケモノ共よ、奪え殺せ蹂躙しろ。神在月の姫――そしてそのげきを手に入れろ」


 夜の闇に彼の神の声が響く。

 それに呼応するようにケモノ達が雄叫びを上げ、島の命を終わらせようと進軍を始めた。それに対する此方側の主戦力は俺達兄妹と父さん、そして暦の一族とこの淡路島の狩り人達だ。百にも満たない人の軍――絶望的な戦力差であり、どう考えても勝てる未来などない。


「壮観ね刃――見渡す限りケモノばかりよ?」


「そうだな神綺――俺が知ってる未来の光景だ」


「震えてるけど、怖じ気づいたの?」


「いや、武者震いだよ……なぁ神綺本当なら、俺一人で頑張るつもりだったんだ」


「そうね知ってるわ、貴方は一人で何とかしようとするもの」


 そうだな……と俺は笑った。

 いつも俺はそうだった。未来を変えるため、友達を守るためにと無茶をして――一一人でいつも突っ走って、俺一人で背負えば良いと思っていたんだ。

 でも違った。皆は俺と一緒に戦ってくれると言ってくれた――そして、皆で帰ると約束したんだ。


「……なぁ相棒、俺は一人じゃないんだな」


「当然でしょう? ――それに元々私がいるじゃない」


「そうだな。そしてそれはこれからもだ。絶対勝つぞ、そして皆で帰るんだ」


「えぇ、そうね――皆で帰りましょう?」


 そんなやりとりを交わして神綺は消えた。

 それだけの言葉を交わせばもう十分だから後は戦うだけだから……静かになったその場所で一度深呼吸をする。

 霊力を練って自身に流れる神綺の血にそれを流す――そして笑った俺はゆっくりと俺に宿った四季を呼ぶ。


「折々と巡らせろ、起きろ――四季」


 瞬間的に冷気が世界に顕現する。

 俺が立っていた大地全てが凍り付き、異常なまでの霊力がこの場を支配した。


「ハッ来たぞ、ガキ!」


 そして、俺が冷気を解放すれば即時に火雷が俺を補足して俺の前に現れた。

 圧倒的な邪なる神威――前に感じた時以上のその力の奔流が俺の身に襲いかかるが、それは今は気にならない。


「五日ぶりだな火雷」


「あぁ――にしても驚いたぞ、夏を受け入れるなんてな。あれは神ですら灼き尽くす呪いの刀、人が触れれば普通に炭だぞ?」


「そこはまぁ、優しい相棒様のおかげだ――でだこいよ火雷、仲間が待ってるんだお前に時間かけてる暇ないんだよ」


「――あ゛? ……ぬかせよ人間、お前今なんていった?」


「聞こえなかったか? さっさと倒すから戦うぜっていったんだ」


「そうか――ほんっと面白いなお前! あれだけボコったのにそんな啖呵を切るか!  それならだ一撃で死んだらぶっ殺すぞ? ――来い、天逆鉾」


 ……開戦の合図なんてない。

 武器を互いに構えた――俺の霊力と火雷の神威がこの場全てを支配する。

 始まりは相手から、相手が槍を構え振った瞬間に幾つもの雷が明確な殺意を持って俺へと迫り串刺しにしようと迫ってきたが、


「なんだよ、この程度か?」


 俺の発する冷気に雷が触れた瞬間にそれら全ては凍って、それどころか冷気は渡り術を発して火雷の腕さえも凍る。

 そして俺はそのまま懐に潜り込み、四季を横薙ぎに振って相手の腹を切り裂いた。


「待った甲斐が――」


 反射的に相手が拳を放ってくる。

 だけどそれすら俺に近づいた瞬間に凍って静止したのだが、それすらお構いなしに炎が出現しそれを纏った拳が俺へ迫る。


「あったじゃねーか!」


「さぁ勝負だ絶望、全力のお前を祓ってやる」


「あぁ、そうだな狩り人! ――滅ぼし合おうぜ!」


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