第73話:目覚めた夜に

 ……長い長い夢を見たような気がする。

 自分に確かに宿った炎の刀を意識すれば、胸の奥にそれの存在を確かに感じる事が出来た。元々持っていた四季の力が脈動する――それどころか、今まで以上の鼓動をはっきりと感じることが出来る。


「あ、おはようございます睦月先輩。あの今って朝ですかね……あれ、夜ですか?」


 目覚めるとすぐ近くで薬品らしきものを調合していた睦月先輩と目が合った。そんな彼女は俺を凝視したまま固まってしまい、そのまま黙って立ち上がった。

 睦月先輩は瞬きもせず、数秒ほどそのままの姿勢で硬直する。そして急に、器具から何やらをまとめて抱え込み、部屋から出て行こうとしてしまう。


「藪蛇は突かない主義なんだ。私は君が目覚めた現場にはいないし、何も話していないよ……いいね?」


「え、先輩……? ちょ、出て行かないでください?」


 そう言って血を吐きながらもにっこりと笑った彼女は部屋からいなくなり、俺は何も分からぬまま一人部屋に残された。 


「……まじで何だったんだろう?」

 

 頭に幾つもの疑問符を浮かべながらそう呟いて周りを見渡させば、俺がいる部屋には幾つもの回復用の札が張られて結界が敷かれていた。

 体を見れば傷がない。この状況を見るにずっと治療されていたようだ。一応不調がないかを腕を上げたり、首を回したりと色々試すが、問題はなかった。


「えっと、術使えるかな?」


 一番気になる問題はあれだけの傷で今まで通りに術が使えるかどうかだったから、軽く氷の術を使おうと霊力を練ったんだが……その瞬間に部屋一面が凍り付いた。


 え、何これ? ……と心底思い、完全に氷土と化した場所で冷や汗を流したんだけど、その瞬間に冷や汗すら凍ってしまう。

 あまりに凍力にドン引きしながらも目覚めた事を伝えるために俺も部屋から出て一番霊力が集まっている訓練場に足を運ぶことにした。


 淡路島の訓練場に辿り着けば、そこには皆が集中した様子で訓練しており……話しかけれる雰囲気ではなかった。それに入ってきた俺に気づいてないようだし、どう話しかけようかと迷ってしまった。


 おはよう? 久しぶり? どれも違う気がする。

 そもそも起きたとはいえ空を見れば暗いから夜だし、何より久しぶりと言うには何日寝てたかなんて分からないから。

 頭を振って考えを切り替えることにしたとりあえず悩んでも仕方がないからだ。

 ひとまず目覚めたことを伝えねば、始まる話も始まらない。驚かせないよう、出来るだけ気を使いながら声をかける。


「えっと……皆? つい今さっき起きたんだけど―――今どういう状きょ」


 言い切るより前に自分に霊力が向いている事に気がついた。

 それどころかさっきまで互いに戦い合っていた皆が一斉に術を構えていることにも。あれ? と考える間もなく、身体が反射的に回避行動を取った。


「ちょ、皆!?」


「オツェアーン・インヴァズィオーン」


災禍轟電尽さいかごうらいじん


「……封滅――炎蛇の庭」


「遅いよ刃君……魔猪の突撃」


「瑠璃蝶――刃炎じんえん


「氷狼乱武」


 あ、やばい。これ防御しなきゃ死ぬ。

 何で? なんて疑問を考える暇などない――とりあえず何? 防がなきゃやばいし、失敗したら多分逝く。まじの絶対絶命で、冗談じゃすまないぞまじで。


 本能が警鐘を鳴らし、俺は瞬時に霊力を練る。

 そして――放たれた攻撃を全て凍結させて、なんとか事なきを得た――だけど、その技を放つ面々の中に龍華がいない事に気づき、咄嗟に彼女を探し衝撃に備えたんだが……いつまで経っても何も起こらず、代わりに前後から二人分の温もりを感じた。


「えっと、二人とも……動けないんだけど?」


「遅いわ刃……」


「……本当に待ってたわよ刃」


 俺は龍華と神綺に抱きつかれ、身動きが取れなかった。

 絶対に逃がさないという意思を感じさせるように強いその抱擁、抜け出そうにもそんな空気じゃないので受け入れれば、一分ぐらい二人に抱きつかれ解放される。


「えっと皆、俺どのぐらい眠ってた?」


「三日よ、お寝坊さん」


「……まじか、それで今どういう状況なんだ?」


「それを話すのはこれからよ……その前に、言うことがあるでしょう?」


「……あーそうだな。ただいま、皆」


――――――

――――

――

 

「本当にお帰りだ……刃」


 目覚めた後、俺は伊弉諾神宮の一室に通されて皆……そして父さんと顔を合わせたんだが、その瞬間に俺は抱きつかれそんな言葉をかけられた。


「……ただいま、父さん。だけど、恥ずかしいから離して」


「悪い……嬉しくてな」


「……今どういう状況なんだ?」


「あーそうだな、お前が起きたし話し合うか」


 そうしてやっと離された俺は、皆と集まり作戦会議をすることになった。

 ……まず伝えられたのは、今の状況だったのだが聞いただけでも頭が痛くなってしまう。


「えっと、火雷は俺と再戦を望んでて……百獣夜行を連れてくるってこと?」


「あぁ、そこの神綺様の言葉が確かならそうらしい。その上、出雲に掛け合っても各地にケモノが出現してて援軍が期待できないらしいぞ」


「……それどうするんだよ父さん、かなり絶望的だろ」


 俺は原作の最初数ページのみに描かれていた百獣夜行の惨状を知っている。

 たった数コマのみだったけど何十匹もいた上位のケモノ達、弱気になったわけじゃないけどその暴力を俺は誰よりも理解しているのだ。

だから皆を危険に晒すわけにはいかないと思った俺は……。

 

「なぁ、父さん――相手の狙いは俺だろ? 俺を犠牲にすれば……」


 それを覆すために俺は今まで強くなり修行してきたし、新しく夏の四季を手に入れた今でも正直不安は拭えない。

 俺は皆が笑えるハッピーエンドが夢だ。

 たとえ俺を犠牲にしてでも皆が生き残れるなら良いと思えるほどに、俺は皆が大切で――百獣夜行が来ると聞いたときには皆を守るという選択を取るつもりだった。


「あぁ、そうだな――だから俺達は刃が目覚めるまでの間に死ぬ程鍛えたぞ」


「――え?」


「神綺様の情報が確かなら相手は神代から存在する倒されることのなかったケモノ側の神、その中でも武力に最も秀でた奴だろ? 情報だけでも絶望的で、戦うこと自体を選ばない方が良いだろうな――だから今回俺達は逃げることにした」


「……どういうことだよ父さん」


 ……戦うじゃなくて、逃げる?

 無理だとすぐに思った。あいつの速度は雷と同じ、そんな奴から逃げることなど不可能で――そんな選択はあいつのことを知ってる神綺から聞いたのならあり得ないはずで……。


「まぁ、その反応は妥当だなよな。だけど聞けよ刃、今回の作戦は……」


「昴殿、そこはは私に説明させてくれたまえ! せっかく用意したのだからね!」


「え、睦月先輩?」


 そこで割り込んできたのは睦月先輩、さっきからうずうずしていたようだが、今回の作戦というのは睦月先輩が関係あるらしい。


「相手は文献からも消されたという炎雷。神綺様の言葉が確かなら、二つの起源を持つ禍津神に属する武神さ、戦えば負けるだろうし今の戦力じゃどう足掻いても勝てないだろう――それだけじゃなくて、百獣夜行すらも起こるときた! 本来なら逃げるなんて不可能だ! ――でも、それは私がここにいなかったらの話なんだよね」


 勿体ぶってそう言う彼女はそのまま言葉を続けて、自信満々に自分の才能を疑わない彼女は、今回の要とされる転移陣の説明に移った。


「君が寝ている三日間に私が作ったのはケモノを常世に戻し、私達を東京に帰す島全体を対象にした転移陣さ! 流石の私でも三日かかってしまったが、立体的に方陣を描くことにより、それを可能にした世紀の発明だよ!」


「……それで逃げると?」


「あぁ、ついでに神綺様の助言を元に幾つかの封印術も組んだからあの炎雷でさえも常世に封じられるはずだよ! まぁ、それには圧倒的に霊力が足りないからケモノを倒す必要があるけど……そのために私達は強くなったからね!」 


 今回の作戦はそういうものらしく、ケモノを倒して霊力に変換する術を作ったのでそれを利用した逃亡作戦らしい。

 成功するかなんて分からないその作戦、そんなののために命を賭けるなんて無謀であり――俺を犠牲にするのが最善の筈なのに。


「なぁ刃、自惚れんな――ここにいる誰もがお前に守って貰うなんて考え持ってないんだよ。お前の友達はな、お前といるために並ぶためにここ三日死ぬほど鍛えてきた。お前と帰るために頑張ったんだ」


「――でも、それじゃあ皆が」

 

「でもじゃねぇよ、皆で帰るぞ? 生き残って皆で東京に帰るんだ――いいかよく聞け、お前は背負いすぎなんだ。たまには父さんを、友達を頼ってくれ」


 ずっと強くなって未来を変えると決めていた。

 そのために頑張ってきた――でも、俺は強くなって自惚れていたんだ。一人で出来ると、仲間を友達を守らないとって――でも違った。

 皆は俺なんかのために戦ってくれる。俺と一緒に未来を変えてくれるというのなら――俺は生き残らないと。


「父さんの言うとおりだ――いつの間にか皆のこと守らないとってずっと思ってた」


「まぁ、実際お前に任せたことが多いからな――でも今回は違うぞ。絶対に皆で帰るんだ」


「うん――なぁ皆、一緒に戦ってくれるか?」


『勿論!』

 


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