第67話:初めて接する寅の人

 今回の宿泊場所は、今居る淡路島の中心に位置する伊弉諾神宮いざなぎじんぐうという場所だ。

 伊邪那岐命という原初神であり、この日本という国を作った男神であるそれを祀る神社で――この日本の中でも最初に造られたとされる神社とされている。

 俺達は用意されていた車でそこに向かう事になったのだが、ケモノが生まれることのない島なので初めて安心する車旅を楽しむことが出来た。

 前世でも一度淡路島に行った事はあるのだが、【けもの唄】の世界観故にかこの淡路島は前世より大きく、前世とは違う感覚で旅行してたのだが……やはりというかなんといか、その中心部にある伊弉諾神宮はというと――。


「やっぱりでけぇ……」


 出雲大社よりは広くないが縦に長い4階建ての城と見間違う程の豪華な社だった。最終決戦の地で崩れた姿しか知らなかったが、こうして改めて見ると馬鹿デカい。それどころかそこから感じる神威が凄まじく、身が竦み圧倒的なまでの圧を感じる。


『変わらないわね……ここは』

「……神綺?」

 

 伊弉諾神宮の大きさに圧倒され、その神威に気圧されていると……中にいる神綺がそんな事を呟いた。今日淡路島に来てから一言も喋ってなかった彼女のその呟き、繋がっているからかその言葉に込められた感情がなんとなく分かったが、そこには哀愁のような落胆のような者が込められていたような気がした。


「なにしてるの刃? ……はやく入るわよ」

「あ、すまん龍華。ちょっとな」


 神綺のことは気になるが、ずっと立ち止まっている訳にはいかないので俺は後で話を聞くことにして鳥居をくぐり神社の境内に足を踏み入れた。 

 宿泊場所はこの社の離れの豪華な武家屋敷のような建物。その中には既に葉月の子と睦月先輩、そしてまだ会った事のない寅を祀る弥生家の人が居るはずだ。

 とりあえず本殿に辿り着き、その右側を見ればそこには馬鹿デカい木があった。

 流石にその樹齢までは分からないが、この神社が建てられた当初からあるとするならば優に千年以上は残っている木であろう。

 その証拠にこの木には異常なまでの霊力と神威が宿っていて、これそのものが神と言っても過言ではない程の存在感。


「凄いなこの木」

「この木が気になるのかしら刃?」

「まあ……龍華はこの木の事知ってるか?」

「えぇ、来る前に調べたわ。夫婦の大楠めおとのおおくすという木で、元は二株だったものが、結合して一株に成長したという珍樹らしいの」

「へぇ、そんな事あるんだな」

「他にも伊弉諾と伊弉冉が宿っているって伝承が残ってて――安産や子宝に子授け、そして夫婦円満の御利益があるらしいのよね。どうかしら刃、将来また来ない?」

「……遠慮しとく」

「ふふ……照れなくてもいいのに」


 自分から振った話題だが、普通に肝が冷えた。

 そこまで想われているのは悪い気はしないけど……やっぱりこの病み感はちょっと重い。それが龍華らしさといえば龍華らしさだけどさ。


「ねぇー刃? 速く行かないとご飯冷めるよー」

「あ、悪い。行くぞ龍華。待たせると悪い」

「はいはい――もうちょっと攻めた方がいいのかしら?」

「今で充分だからいいぞ」

「そうなのね」


 そして俺達はそのまま宿泊場所である離れに入り、用事があったという寅の人を除いた全員で軽い食事を取った後で各々に用意された部屋に移動した。

 移動した後は特にやることも無かったので、とりあえず軽く瞑想をしていたんだが……十分後ぐらいに部屋の扉がノックされた。

 

「ここは十六夜刃の部屋であっているか?」

 

 今世では聞いた事はないのだが、覚えのあるその声。

 多分だけど、部屋の前に立っている人は寅を祀っている弥生家の人だろう。


「あってますけど、弥生家の人ですよね。何の用ですか?」

「話をしたいんだが、今いいだろうか?」

「大丈夫ですよ、今開けます」


 扉を開ければ入ってきたのは眼鏡をかけている金髪に黒のメッシュが入った少年。凄い髪色だけど地毛だと知っているので特に俺は驚かず、来た用事を聞く事にした。


「何の用ですか?」

「挨拶をしに来た。今までは忙しくあまり関われなかったからな」

「成る程。俺は知ってるかもしれませんが十六夜刃です」

「僕は弥生神虎やよいじんこだ。学年は三年で家の関係で主に資料集めの仕事をしている。起源は土であり、祀る干支神は巌寅いわとらだな」


 簡潔にだが、自分の事を伝えくれた彼は俺を真っ直ぐと見つめてから微笑んだ

 この人の【けもの唄】の立ち位置はすっごく分かりやすく言えば、データキャラ。記録するという役割を持って家だからか、本人も他者の事をまとめるのが好きで誰とでも対等に接することを決めている善人。

 原作でも主人公である剣を何度も助けてくれて、支えてくれた彼の仲間の一人だ。


「そうだこれは個人的な感謝なんだが、睦月の馬鹿とよく話してくれて助かった。あの馬鹿は貴様と話すようになって少し元気になったからな」


 なんか当たりが強くないかと思ったのだが、彼は設定的に睦月先輩の幼馴染みであり、あの人と誰よりも関わり振り回された人だった。

 それを考えると今の言葉は分かるもので、納得して笑ってしまう。


「改めて感謝、そして尊敬を送ろう。これから友人となってくれると嬉しい」

「俺こそお願いします」


 それが、彼との出会いだった。

 今まで関わってなかったけど、本当に真面目でいい人なのでこれからしっかりと交友を深めていこうと俺は決めた。

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