第66話:集う神代の雷神達

 黄泉平坂――それは神代かみよにて現世うつしよから黄泉の国へ通じる道とされ、伊弉諾いざなぎ伊弉冉いざなみを迎えに行くために通った場所である。

 この【けもの唄】の世界にてその場所は、出雲の地に社を構える神無月九曜によって管理され、どんな者でさえも立ち入ることを許されない神域だ。

 理由は二つ、それは黄泉の国に通じるという性質上この場所には際限なく瘴気が溢れるから。そしてもう一つ、この地には最悪と言っていいだろう八柱の神格が封じられているからである。 


 坂を下って黄泉を目指し、待っているのはけものが溢れる地獄の光景。

 ここに広がる光景は修羅道と言ってよいものであり、昼夜問わずにケモノが互いの命を喰らいあう。殺し合い奪い合い命を削り自己を強化する。共食いのみしか生きる術のないそんな場所 

 そんな中で生まれたばかりの巨大な蛇の姿をしたケモノが、この場を見守る一人の男に牙を向けた――のだが、その末路は単純で。


「威勢はいいが格が足りねぇ、もっと頑張れよ畜生風情が」


 槍を向けられ雷によって炭にされた。

 見守っていたのは金髪灼眼の半裸の男。

 溢れんばかりの神威を宿し、背中に幾つかの太鼓を浮かせたその化物は自分が奪った命に対して興味を失い、また眼前の地獄に視線を戻す。


「あー暇、まじで暇――使命がなんだ言われるが、俺そういうの向いてねぇんだよな。ここじゃ碌な奴いねぇし、まーじで退屈だ」

「おい炎雷ほのいかずち兄様、暇だというのなら私の仕事を手伝ってくれ」

「――あーそれなら忙しいから無理だふし

「おい、それなら誰だ? いま暇って言ってたのは」

「俺だろ、記憶なくなったか?」

「今ここで殺して欲しいのなら言ってくれ。それに私は伏雷ふしいかずちだ」


 そんな彼の元に現れたのは、桃色の髪をした鋭い目の女性。

 心底頭が痛そうに彼を見ながら雷を滾らせ――そのことが無駄だとすぐに結論づけて頭を殴るだけで留めた。


「何の用だ末っ子?」

「――大雷の姉様がお呼びだ。出来れば早く来いとのことらしい」

「なんだよそれを早く言えよ、てかあいつが来ればいいじゃねーの?」

「こんな用事で姉様を煩わせる訳にもいかないだろう。だから私が来たのだ」

「相変わらず生真面目で安心したよ……で、場所は」

「地下の泉だ。私は仕事を終えてから行くので先に兄様は先に行け」

「……あいよ」

 

 それだけ告げた炎雷は、手を適当に振った後でそのまま歩き出してすぐに自信を雷に変えて今回呼ばれた池まで移動した。

 計八つの鳥居と社に囲まれた地下の泉にて、そこで炎雷は火が灯された自分の社の前に陣取って、長女である大雷おおかいずちの言葉を待った。


「本当に来たの、意外ね炎?」

「そりゃあんたに呼ばれたからな。それで全員集めて何の用だよ」

「お姫様が出たからよ? こないだわかちゃんが作った人擬きがあのお姫様を見つけたの」

「へぇ、それは。姿を見るのは三百年ぶりか?」

「前回は手に入らずに逃げられたから――まさか歴史から神在家の存在を消すことで忘れさせるとは思ってなかったけれど、ちゃんと神綺の存在を確認したわ、しかもその契約者もね」

「……ほんとか?」

 

 今まで飄々とした態度で姿が見えない姉に接していた炎雷だったが、それを聞いた瞬間に興味を持ったのか少し身を乗り出した。

 それはあまりにも分かりやすく、他に集まっている者達もその言葉に耳を傾けた。


「えぇそうね――しかも契約者は待ちに待った依木の起源持ち、欲しい物が揃った感じね」

「それって分かるモンなのか?」

「神性を持つ者からすると一瞬よ? ――私もあの人擬きの視界を借りてみた程度だけど、一目で欲しいと思ったの。魂に体……どれをとっても極上のもので、今まで集めてた依木体質の子達が全部色褪せちゃったわ」


 今でもその光景を覚えているのか、自分の語った者に思を馳せて――何よりそれが自分に降った際の事を想像して艶めかしく声を出す大雷。

 そんな彼女の様子に別のものに興味があるのか、話題を変えるように炎雷は言った。


「ふぅん――あんたが言うならそうなんだろうが、それは強いのか?」

「それはまだ分からないけれど……四季は使えるそうよ? 普通は倒せないはずのあれの命を奪ったのを見たもの」

「なら上々――なぁ取りに行く役目は俺にやらせろよ」

 

 そして炎雷はそう笑い、我先にと立候補した。

 それに対して中心の社に佇む大雷はそれが分かってたように言葉を伝える。


「そのつもりよ、体は若ちゃんに用意させてるから現世でも戦えるはずね」

「準備が良いことで――まあ最悪殺しても魂さえ無事ならいいんだろ?」

「出来れば体ごと持ってきて欲しいけれど……死んだら別にいいわ、でも消し炭にしちゃダメよ、復元できなくなるものね」

「ん、了解だ――で、どこから探せば良い?」

「それに関しては知らないわ、貴方の迅さなら見つけられるでしょう? それに貴方も神の一柱、一目で分かるはずね」

「せめて特徴を――ってのは無理か、あんただし」


 きっと分かるはずと……それだけを伝えたのだが、大雷の様子は何かおかしかった。炎雷の目線では、いつも世界に興味が無い彼女。

 一目見て覚えているだけでも異常なのにそれ以上は酷だと判断したのだが……その時の彼女は普段とかけ離れていた。


「綺麗な子よ、とても死に近くて――綺麗な黒い髪をした子供ね。あぁごめんなさい炎雷、私あれが欲しいわ。殺さないで、むしろ神綺と引き剥がして欲しいの」

「ほんとうに相当だな――災難とも言えねぇが、俺もそいつは気になるぞ」

「じゃあ決まりね、他の子は手出し無用よ」


 それだけを定めた大雷は、他の雷神に他の仕事を振りその場に一人残った。

 残されたその池で彼女は唄う、紡ぐように繋げるように――そして。


「私は強烈で大きな雷の威力を、火雷は雷が起こす炎を、黒雷こくいかずちは雷が起こる時に天地が暗くなる事を、咲雷さくいかずちは雷が物を引き裂く姿を、若雷わかいかずちは雷の後での清々しい地上の姿を、土雷つちいかずちは雷が地上に戻る姿を、鳴雷なりいかずちは鳴り響く雷鳴を、伏雷ふしいかずちは雲に潜伏して雷光を走らせる姿を――えぇお母様、私達は役目通りに恐怖を与え貴方を復活させますとも」


 そう池に向かって告げた彼女は、最後に自分の記憶に映った神綺の契約に思いを馳せて、何よりこの先手に入った未来を思って――その黒い髪を揺らして消えていった。

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