第65話:やってきたのは淡路島

 バタバタとする間もなく、夏合宿……つまりは淡路島に向かう日がやってきた。

 道のりとしては東京にある天原学園から新幹線を使って目的地へという感じなのだが、現在進行形で新幹線に揺られて酔っていた。

 今世初の新幹線の旅、割と楽しみにしていたのだけど今の気分は最悪でこの乗り物酔いが覚めるなら何かに縋りたいくらいには割とキツい。


「兄様、大丈夫ですか?」

「あぁ……一応大丈夫だ。あ、でも揺らさないでくれると助かる」

 

 出雲大社に行く以外でほぼ今世初の旅行だし、楽しみにして景色を楽しんでいた三十分前。あまりの体感速度の違いに次第に酔い始め、もう喋るのも侭ならない位にはヤバイ現状。そんな中一切酔ってない妹に戦慄しながらも暦の子供達と付き添いである父さんしか居ない車両内を見渡す。

 完全な貸し切り状態のこの新幹線、理由としては分かるが改めて九曜の影響力というか財力に戦慄した。

 

「……怖ぇ」

「三日放置した雑巾を見たような顔をしてるが、何が怖いんだい?」


 軽い恐怖を覚えていると、前に座っていた睦月撫子先輩がそんな事を聞いてきた。


「睦月先輩、だから何なんですかその例え」

「別にいいだろう? で、何が怖いか教えてくれたまえ」

「いや、貸し切りって凄いなぁって」

「そりゃこの電車は私の家が作ったものだしね、貸し切りくらい出来て当然だろう?」

「え、そうなんですか?」


 知らなかったとそう思うも、確かに撫子先輩が生まれた睦月家は発明家の家だったことを思い出して納得した。

 今世で電車に乗るのは初だし乗り物酔いのせいで意識できなかったが、確かに今意識すればこの電車には様々な術が刻まれていた。

 まあ詳細までは分からないけど……。


「そうだとも! 私も開発に関わったんだけどね、この電車は気配遮断を起点に作ったものでね、中の霊力を外に漏らさない造りになってるんだ! だから暦の子でも自由に乗れる優れもの! ……まぁ、流石にこの人数はキツいから結構限界だけどね」

「それは知りたくなかったです……」

「でもあと二時間ぐらいで着くから大丈夫だと思うよ? それに自動迎撃システムも組んでるから中位ぐらいのけものなら倒せるしね」

「先輩、それはフラグじゃ……」

「まさか、私がフラグを立てるとでも?」

「その発言が既にやばいかと思います」


 だけど、それから淡路島に着くまで何も起こることは無く……案外平和に目的地に辿り着くことが出来た。東京から兵庫県にあるここまでにかかった時間は三時間ほど、前世では来る機会の無かった場所だけどかなり空気が澄んでいて良い場所だなとすぐに思った。

 ……いや、そんな程度ではない。

 呼吸するだけで霊力が回復するという意味不明な場所だった。

 確かに事前情報では霊力が満ちている場所だとは聞いていたが……これほどまでとは思わない。


「先輩……大丈夫ですか?」

 

 だけどその瞬間に過ったのは先輩の事。

 彼女は霊力が過剰回復するという物を持っていて、度が過ぎれば体調を崩してしまう。だからこの息をするだけで回復する場所は危険だと思ったから。


「ん、心配してくれるのかい? でも大丈夫さ。この島には何度か来た事あるけどむしろ調子が良いからね」

「……それならよかったです」

「それよりだしんみりするのも嫌だからね。君に質問だよ十六夜刃、君はこの島の事をどれだけ知ってるんだい?」


 急にそんな事を聞かれたが、俺はすぐには答えられなかった。

 この淡路島のことは授業でもやった覚えはあるが、五月ぐらいの事であんまり詳しく覚えてなかったから。俺が答えを迷っていると撫子先輩はしょうが無いなと笑ってこう続ける。


「まずこの島の成り立ちは知ってるかい?」

「そのぐらいはなんとか、確か原初の神である伊邪那岐命いざなぎのみことが最初に作った島ですよね」

「あぁそうだとも、日本で最初に出来た神話時代から存在する島。あまりの霊力の濃度から瘴気が発生せずけものが生まれないことで有名な場所でもあるのさ」


 そう聞くと本当に凄いよな。

 この淡路島は原作の【けもの唄】では、色んな事があった末に最終決戦の舞台になった場所であり、俺が……いや本来の刃が死んだ場所でもある。

 それを思うと複雑で、読者だった俺からするとここはとても印象深い場所。

 ……それを思うと不思議な気持ちになり、彼の最後が思い出される。

 

「ねぇ刃ここ凄いわよ、凄く景色が綺麗なの、一緒に写真を撮りましょ!」

「っと、行くといいよ十六夜刃。私の授業より交流の方が大事だ」

「すいません、また今度聞かせてください先輩」

「了解だ。じゃあ私は一足先に宿泊場所に向かっておくね」

 

 そう言って用意されていたタクシーに乗って駅から宿泊場所である沼島に行く場所に向かっていった。

 俺はそんな彼女を見送った後で写真を撮ろうと言ってくれた龍華の元に向かい一緒に写真を撮った。


「君にはボクと写真に写る許可を上げようじゃないか!」


 するとすぐに澄玲が俺の手を取ってそんな事を言ってきたので、俺は彼女とも写真を撮ったのだが……カメラに保存された写真を見て澄玲がすぐに雫に詰め寄った。


「ねぇ雫? 今はボクの番だよね? なんで刃の後ろにいるのかな?」

「偶然ですよ? ……私も刃様と映りたかったとかではありません」

「変な所臆病だよね君、多分撮ってくれるからちゃんと頼めばいいよ」

「まあそれもそうですね、というわけで刃様一緒に映っても良いでしょうか?」

「その前にボクの番だからね? 今度は映っちゃダメだよ!」

 

 相変わらずに仲が良いのか悪いのか分からない暦の二人のやり取り。

 その後は亮や巴と写真を撮ったり、今まで景色を楽しんでいた剣がその時に乱入したりと色々あったが、最終的に同級生全員で写真を撮ることになった。


「良いカメラ用意しておいてよかったぞマジで」

「父さん……地味に一番はしゃいでるよね?」

「……気のせいだぞ?」

 

 あまりみないはしゃぎ方で写真を撮ってる父にツッコんで、宿泊場所に着く前の最後の写真を撮った。 


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