第63話:夢路を手繰る化生蜘蛛

 からからと音がする。

 何かを回すようにはたを織るようにそんな音が耳に届いている。

 

「どこだ……ここ?」

 

 そして目が覚め呟けば、俺は真っ暗闇に立っていた。

 何処ともしれない暗闇で、俺が周りを見渡すも何もない。この空間に広がるのは純粋な黒のみで状況が何も分からない。

 どうしても直前までの事が思い出せず記憶を手繰るも――なんで自分がここに居るのかも分からなかった。

 そんな中でさっきとは別のパチパチという静かで寂しい音を聞く。

 拍手のような音だった……何故そう思ったかも分からないが、どうしてかそれが気になるも、この暗闇の世界では何処に行けばいいかは分からなくて――。

 でも、どうしてか俺の足は動き始めていた。

 行かないと……そう思ってしまったから。

 進まなければいけない、音の原因を確かめなければいけないと――心からそう思ってしまったから。

 進む道も分からずにただ前に前にと歩を進める。

 暗闇の中では音しか頼りに出来なくて、本当にこっちにいけばいいのかも分からないけど、ただ確かめないとという一心で前に。


「なんだ光りか?」


 そんな時だった。

 進む道の先に光りを見たのは。

 それはよく見ると紫色に光る蝶々だった。

 見覚えるあるそれは、俺の式神である孤蝶がよく使うものだ。

 本来なら夢の世界で本領を発揮するあいつの術の一端、現実では眠らせるくらいの効力しか無いこの蝶だが、どうして一匹でここに居るんだろう?

 だけど、その蝶はそんな疑問を浮かべる俺を無視して先に進んでいく。

 

「着いてこい……って、事なのか?」


 果たしてそれがあっていたのかなんて分からない。

 けれど、正解だと言いたげに速度を上げた蝶を見るに着いて行った方がいいのかもしれない。

 蝶に着いていくとより音が鮮明に聞こえる。

 それどころか、匂いまでもが正確に感じられ――何がこの先で起こっているのかを大体理解した。

 そして辿り着いて――見てしまった光景は。

 到底信じたくないような、あまりにも異常な光景だった。

 地面からは炎が溢れ、空には雷雲が轟いている。見える限りの建物は倒壊し、幾つもの死体が並んでいる。そして、その場所には。


「父……さん?」


 こんな場所は知らない。

 だけどそこに倒れていたのは自分の父親である十六夜昴だった。ナイフを片手に地面に倒れる彼は、真っ直ぐと何かを睨んでいる。

 思わず視線の先を追ってしまう。

 父さんを倒せる相手なんて想像出来なかったから、何よりそんな光景を信じたくなかったから。


「――なんで、こいつが?」

 

 思わず声が、体が震えた。

 そこにいたのは絶対に居てはいけない相手だったから。いや、見てはいけないし出会ってはいけない相手だったからだ。

 空に浮いているのは槍を構えた金髪灼眼の鬼、背中に太鼓を浮かばせるケモノの神だ。それはこの世界でも上から数えた方がいいだろう上位の化物――名を火雷ほのいかずち。日本のケモノの原因であるとある女神に付き従う八雷神の一柱。

 何よりそいつは、俺の――いや十六夜刃の因縁の。


「――あぁよかったぞお前、こんなに楽しかったのは久しぶりだ。でもまぁ、守りながらってのがよくねぇな」


 そいつの声を聞くだけで動けなくなる。

 体が魂が動く事を拒絶する。相手は俺を見てないはずなのにその声に含まれる気配と神威が俺に恐怖を刻みつける。

 初めて会うはずだ。

 ただ知っているだけのはずだ。

 なのに――怖い。

 今まで戦ったどんな敵よりも強く異質な戦闘特化のこの神に恐怖しか抱けない。ただ見ているだけなのに、体が竦み喉が渇く。


「じゃ死ね、お前のガキは俺等がちゃんと使うからよ」

 

 だけど、それでも守らないといけないとそう思ったから。 

 守るために四季を取り出そうとした。何が何でも家族を救うために、少しでも抵抗しないといけないと思ったから。

 ――でも、動けなかった。

 どれだけ四季を取り出そうとも術を練ろうとも何も出来なくて、次の瞬間に世界が炎雷の一撃に染められる。

 そして、その一撃が此方に届く瞬間のこと俺の体は蝶の群れに包まれた。

 

「刃やっと見つけた」

「孤蝶!? ――待ってくれ、父さんが!」

「大丈夫、これは夢だから。でも危ない、この夢の性質は私と同じで命を奪う。早く起きる」


 そのまま俺は孤蝶に連れられ意識が浮上して、気がつけば蜘蛛の巣で出来ていた繭に包まれていた。

 そんな中で、僅かな冷気を感じて正面を見れば目の前で俺達を守るように雪音が戦っていたのだ。


「ッ起きたのか刃!」


 俺が目覚めた瞬間、得意の気配察知で俺に声をかけてくる雪音。

 すぐに俺も加勢しようとしたが、思った以上に衰弱してるのか少し繭から出るのに手こずってしまう。


「悪い……加勢する」

「気にすんなって――それより本体見つけたぞ、褒めてくれ!」

「あぁ――あとで死ぬほど褒めてやる。で、本体は?」

「あっちだ!」


 彼女の視線を追うように示された場所を見てみれば、そこに居たのは一人の女性。一瞬疑問に思ったが、顔が完全に蜘蛛であり背中からは足が生えていた。

 人に近いケモノ。ケモノビトと呼ばれるそれは原作の八巻ほどで初めて登場した存在。こんな時代では出てくる筈のないそいつだが、成体のあれなら喋るだろうからこいつは生成りの状態だろう。


「ナンで、餌ガオキレルの?」


 あれ、普通に喋れてる。

 てことは結構やばいのか? ――と思ったけど、やっぱりまだ片言で気配……というかまだ瘴気のみしか持ってないのでこいつは生成りだと判断して良い。


「折々と巡らせろ――四季」

 

 しかし生成りな以上、こいつは今祓わなければ危険だ。

 今まで足を引っ張って雪音に迷惑をかけてしまった分、ここから挽回しよう。


「さっきの技使うのか?」


 そして限定氷界を発動しようとしたタイミングでそう言われた。

 この技は殆ど察知されないはずなのに、よく分かるなと思うが……これは後で聞こう。


「あぁ、問題あるか?」

「いや――あれがあると凄い戦いやすいんだ! だから頼むぞ!」

「成る程な、じゃ――やられた分やり返すか!」

 

 雪音の戦闘法は空気中の水分を冷気に変換して自分に纏うという物だ。

 つまり冷気さえあれば自由に戦える。それを考えると俺が作った冷気に満ちた空間ならば戦いやすいって事だろう。


「ワタシはオうにマかされた――マケらレナいィ!」


 その時、相手が言った言葉の意味は分からない。

 だけど、どのみち祓うだけだ。夜空先生がまだ寝てる以上、起こすより先に祓わなければ彼が危険だろう。

 雪音が突進する。

 そして俺も追従するように動き、追加で現れた蜘蛛の分身を倒しながらも接近し、ヒトモドキに巨大な氷剣を叩き込んだ。

 四季による冬の補助によって放たれたその一撃は完全に相手を両断し、その命を瘴気に返した。

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