第62話:心霊廃墟での戦闘
からからとそんな音がする。
建物に入った瞬間から聞こえてるその音は恐らくだがケモノが発している物だろう。入った廃墟には至る所に蜘蛛の巣が張り巡らされていて、なんというか気味が悪かった。
そして何より。
この場に満ちている瘴気の量が尋常じゃ無くて、かなり空気が重いのだ。
今の所廃墟の中心に来るまでまだ何にも遭遇してないが、明らかに中位だろうケモノが居る場所の圧ではない。
「先生、今回の任務本当に中位のものですか?」
「その筈だが……いや、明らかにおかしいな」
「なぁ刃、視線が凄いぞ――明らかに一匹じゃない」
俺の霊力感知には引っかかってないが、雪音の勘ではそうらしい。
多分だが、何も感じないというか気配が濃すぎて俺の感知が機能してないという状況だろう。
普段なら自分の感知を信じるが、雪音の事を知ってる俺からするとそっちの方が信じられる。何故なら彼女に宿る干支神はそういう方面に長けているからだ。
つまり彼女がそういう反応した瞬間にこの場に何かが居るのは確定で、俺が取る行動は決まってくる。
『――刃、何か嫌な予感がするわ。出来るだけ速攻で決めなさい』
しかも神綺のお墨付き。
ならば手加減する暇などないし、俺は切り札の一つを早速切ることにした。
「――折々と巡らせろ――四季」
こんな狭い空間では普通なら使ってはいけないこの刀。
それだけで吹雪き始め、この場所は冬の世界に改変されるがこの場にいる先生と雪音の属性は氷なので多少無茶しても大丈夫だろう。
そして俺が発した霊力に当てられてか、今まで姿を隠していたケモノが姿を現す。
それは巨大な蜘蛛の群れ、ただの巨大な蜘蛛なのだが……一匹一匹が肥え太っていてどう見ても中位のケモノでは無かった。
そう考えると上位の物が数匹だと考えて良いのだが、そうなると普通に不味い。下位、中位のケモノはただ暴れるだけの怪物。だけど、それ以上になるとケモノは固有の術を持つ。
「限定氷界」
この技によって蜘蛛たちの狙いは俺になる。
死に近付き多少人から外れたとは言え俺は元々依木体質であり、何よりケモノからすれば極上の餌。そんな獲物がこんな風に大量に霊力を放出してたら俺しか見えなくなるのは当然だろう。
迫る蜘蛛の群れ、それに対して俺は居合いの構えを取った。
「
そして使うのは、俺が最初に再現できた今も使える居合いの一撃。
氷界により、より圧縮した冷気を一刀にて放つ大技。
俺が成長したことにより、威力も範囲も桁違いになったそれは迫る蜘蛛の大群を斬り裂き幾つもの氷像を作りだした。
だけど――手応えが無かったのだ。
確かに俺は蜘蛛を斬り倒した。だけど、斬った感触はここに来る途中で切り払った蜘蛛の糸と同じ感触。
つまりこれはダミーというか、ただの蜘蛛の糸で作られた傀儡?
だけど纏う気配は本物のケモノの物で……とそんな事を考えているとまたカラカラと音がする。何かを手繰るように丁寧に糸を織るようなその音が聞こえた瞬間、どこからから人の頭蓋が何個も落ちてきてそれを起点に蜘蛛が再び姿を現した。
「十六夜、後ろだ!」
前に現れた蜘蛛に対処していると、先生の声が俺に届く。
咄嗟に振り返れば別の蜘蛛の牙が迫っていた。刀を振り終えたばかりの俺にはそれを防ぐことは難しく、届く数秒で術を練って防ぐのも無理。
玉砕覚悟で受けようとしたが、それは誰かに止められた。
「刃、油断してんじゃねーぞ!」
「助かったぞ雪音!」
腕と足に氷を纏った雪音が俺に攻撃が届く前に蜘蛛を倒してくれたのだ。
それに感謝しながらも増え続ける蜘蛛と俺達は戦い続ける。
「キリがねぇ、本体はどこだ?」
戦って十五分ほど、あまりにも増え続ける蜘蛛の群れに先生と雪音の霊力は枯渇し始めていた。俺はまだ余裕があるが、氷界を維持するのがキツくなってきたし、物量で攻められるという初めての経験に苦戦を強いられていた。
穣涼のような圧倒的な個ではなくある程度の強さの物が何度も襲ってくるこの現状、それは持久戦に向かない俺からするとキツくて、集中力が途切れそうになる。
でも良いこともある。
最初の蜘蛛からすれば現れる分身はどんどん弱くなっているのだ。
最初は上位クラスの物が出てたが、今では中位もしくはそれ以下となっている。
だけど油断はしてはいけない。だって、これだけの分身を作れる本体など明らかに上位の中でも上澄みのケモノだから。
そしてやっとの事で分身を倒し終え、出てこなくなったとき――俺は何か甘い匂いを嗅いだ。甘ったるい何かの香り、どこから発生している物か分からないがそれを嗅いだ瞬間に意識が遠のきそうになり――自分を傷付け意識を保った。
「ッ――二人は!?」
痛みに耐えながらも二人の方を見れば、二人は既に地面に倒れていた。
何かがおかしいと警戒するのも束の間、蜘蛛の死体から大量の煙が発せられそれと同時に甘い香りに襲われる。
匂いという殆ど防げないそれを嗅いでしまった瞬間に、俺の意識は遠のいて――カラカラという音に誘われながら微睡みへと落ちていった。
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