第55話:水を操る皐月の姫君【後編】


 龍が飛翔する。

 到底飛べそうのない巨体で宙へと浮き、その口を開いた。

 そして、そこには莫大な霊力が一瞬にして込められて――。


「シュトローム・シュナイデンアーテム!」

 

 放たれるのは龍の吐息。

 数々の神話で猛威を振るったそれを再現したかのようなその一撃。なんとか速度を強化して避ける事は出来たが、用意された舞台に大穴が空いた。 

 

「ッ馬鹿火力過ぎるだろ!」


 それを見て思わず叫んだ。 

 避けなければこの一撃は確実に俺を倒していたからだ。


「まだまだ行くよ! ウァタイル・ナーゲル!」


 急降下そしてその後に突進。

 その巨体故この大きくも足りない舞台では避ける事は敵わず、俺は龍の爪をそのまま受けてしまう。一撃だけだがかなりのダメージ、重く俺の体に対して削るような一撃が叩き込まれた。

 内臓に響いたせいで少し動きが止まってしまう。

 ……戦闘に支障はないが、これを何度も喰らえば普通に負けるだろうな。

 

「……ん、どうした? ――もっと君は戦えるはずだ。もしかして、この程度なのかい? そうだったらがっかりだ。もっと楽しめると思ったのにこれじゃあ期待して損したよ」

「――何言ってるんだよ。そっちこそ、全部出し切ったからの言葉じゃないのか?」

 

 落胆を感じさせるような煽りが含まれた言葉、確かに状況を見れば俺が一歩的に攻められてるだけだし、彼女の性格を考えるとがっかりさせたのは分かる。

 だけど、この程度が俺の実力だと思われるのが嫌で俺は煽り返した。


「へー君が言う? さっきから術を使ってないし、避けてばっかりの君が? え、もしかして霊力尽きたの? 防ぐだけで? あ、君もしかしてボクに惚れた? だから手を出せない感じなんだね。あーボクってほんと罪作り。まっ仕方ないかボクだし」

「………………来い白雪」

 

 自分でも思ったより低い声が出た。

 そして呼ぶのは、俺の中でも特段殺意の高い一本。

 彼女には龍の姿の鎧がある。なら多少こっちが無茶したって良いだろう……うん、というかそのぐらい許されて良いはずだ。

 というかあれだ。

 白雪一本じゃ駄目だな、発想を変えろ。

 コイツは空を飛ぶし迅い、だから当てるのは近付かないと行けないし近付くのはムズい。ならどうするか? 

 そんなのは簡単だ。

 

「氷界派生」


 創る刀を全部白雪に変えて、一本当たればいいやの物量で行く。

 俺の冷気がある限り武器は無限だ。霊力さえ尽きなければいくらでも用意できる。白雪を作るコストは高いが、そんなのもう知らねぇ。

 四季の力は借りない、それだと負けた気がするから。

 あぁ――こんな気持ちは初めてだ。なんて言うんだろうな、清々しさすら覚える妙な感情だ。


「あ、えっと――ねえ十六夜刃? その術は?」

「もしかして足りないか? ごめんな、今の俺じゃこれが限界なんだ」


 俺の背後に幾つもの白雪が浮かんでいる。

 それは全て龍に狙いを定めており、合図一つで彼女へ迫るだろう。

 そしてなんだが、今思い出したことがある。基本的に原作で澄玲と対峙してたのは刃なのだ。澄玲の初登場時には彼女を圧倒し割と本気で泣かせた彼のことを思うと俺も負けてられないなと思うんだ。


「征け――無刃白雪」

「あ、これやばいやつだ」


 彼女が飛んだ。

 それも凄い勢いで、術の正体は見鬼とかではない彼女だし看破できないだろうが、彼女の勘は凄く当たる。

 多分それでやばいって事が分かっただろうから避けるのを選んだんだろうが……。


「待て待て待って待って! なんでこんな術使って動けるんだい!? あと範囲馬鹿過ぎだよ!?」


 避けて逃げる彼女に俺に攻撃する暇はないだろうから、普通に白雪を操りながらも追撃することにした。


「巨体が徒になったな――解かないと当たるぞ」

「いや解いたら負けるよね!?」

「ははっ」

「なんで笑うのさ!?」


 自棄になりながらも水の爪で武器を破壊しにかかる澄玲だが、それは完全に悪手だ。だってこれのメインの能力は――。


「よしやっと全部壊せたぞ…………あれ、えっと――一つ聞いても良いかな?」

「なんだ?」

「なんで後ろの武器増えてるの?」

「ああ今の武器マーキング用だからさ」

「そうなんだね――第肆幕『ヨトゥンヘイム・ギガントパラーデ』」


 余裕が完全になくなったのか、別の術を平行して使う澄玲。

 原作でも多数の神話を水で再現していた彼女だが、今は北欧神話を参考に術を作っているのだろう。

 それで今の技名的にこれは巨人の行進。今までの彼女の術を考えるにこの技はきっと巨人を生み出す技だろう。


「たすけて巨人達!」


 水の巨人が幾つも生まれて、彼女を守るように俺へと向かってきた。

 だけど、今の精神状態の俺からするとそれは――。


「一刀烈華――氷刃霊葬」

 

 瞬時に身の丈に合った刀を作って、居合いで斬り伏せ完全凍結させる。

 この技は冷気を収縮し相手を一気に凍結と共に両断する俺の技の一つ――一瞬の溜めが必要だが海水であろうとも凍らせることが出来る。

 一番大きい巨人を完全に撃破し、白雪によってマーキングされた澄玲を守るように立ちはだかった巨人達も無尽蔵に増えて迫る武器に倒れていく。


「ふっふふ――流石だね凄いな十六夜刃。だけどここまでくれば攻撃は当てられないだろ! そしてこれが終幕だ!」


 何十メートルも離れた空中で高らかにいう皐月澄玲。

 確かに普通の手段じゃあそこには届かない――足場もないし、飛ぶ能力なんて俺にはないからだ。

 でもさ、ないなら作ればいいだろう?

 氷界を広げる。

 そして空気中の水分を凍らせて必要最低限の足場を作りそれを蹴って相手へ迫る。


「ふぁ!? あ、でも遅いよボクの技の方が先に出来るからね! オツェアーン・インヴァズィオーン!」


 海と思える程の激流、それが空中から落ちてきて俺を叩き潰そうとしてくる。

 きっとこれが彼女の現時点での最高技だろう――ならば俺もそれに答えようじゃないか。今から使うのは俺の発想を元に考え夜空先生の案を参考にずっと練習していた技、難しすぎて神綺には四季がないと無理と言われたが、なんか今ならいける気がするのだ。まあ成功するかは分からないが……ぶっつけ本番試していこう。


「絶技――絶対霊度」

 

 技を放った刹那、大海は完全に凍り水龍のみが両断された。

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