第54話:水を操る皐月の姫君【前編】

 そしてやって来るのは決闘日である休日。

 校庭には数多くの生徒が集まっており、本当に情報が半日も経たずに出回っているようで多分だが初等部の殆どの生徒が集まっていると言っていいかもしれない。

 しかもそれだけではなく校庭には今までなかったであろう戦闘できるぐらいのスペースの舞台が造られていて、その上にはドヤ顔で待つ澄玲がいる。

 待たせれば何を言われるか分からないので注目を浴びながらも乗れば、相変わらずの口調で彼女は語る。


「ふっ逃げずに来たようだね十六夜刃! まずそこを褒めてあげようじゃないか!」

「まあな、それよりルールはどうするんだ? 決めてないだろ」

「あ、そうだね。一応決めてあるから伝えるよ」


 それで説明されたルールは至って単純な物。

 相手を一回倒すか負けを認めさせればいいだけのようだ。分かりやすいが、命とか観客が危険じゃないか? と質問してみれば。


「そこは大丈夫よ、私の力でこの場所……つまりは舞台の上での死はなかったことになるから。それに観客達は結界内にいて貰うもの」 


 その質問に答えるように九曜様が現れて、そのまま俺に紙の形代を手渡した。

 多分父さんであれば一目で込められてる術が分かるだろうが、俺には異常なまでに霊力が込められてるのとめっちゃ術が編み込まれてるぐらいしか分からない。

 俺の得意なのは相手の霊力感知だから見鬼である父さんや星詠みが出来る婆さん、あとは千里眼を持ってる九曜様みたいな事は出来ないのだ。

 

「じゃあ私は観戦してるわね、二人とも存分に死合なさい」

 

 そう言って姿を消す原作最強キャラ様。

 やっぱり苦手だなぁと思ってしまうが、今は敵対する未来はないだろうし気にしなくては良いだろう。


「憂いもなくなったね、じゃあ始めようか十六夜刃! ――君の力を見せてくれたまえ!」

「いいけど、孤蝶後で帰らせろよ?」

「ふっボクに勝ったら考えよう! さぁ始めようか、ボクらのワルツを!」

 

 それが開始の合図となったので、俺はすぐ刀を作り構え冷気を放出する。

 相手が持っているのは龍を象った装飾が成された黒白入り交じるステッキ、彼女のメイン武装であるそれは原作通りならばマジでヤバイ代物だ。

 それこそ四季に匹敵するぐらいの神具である。


「じゃあまずは一発。派手に行こうじゃないか!」


 彼女が杖を床にたたき付ければ、その瞬間に方陣が現れる。

 そこには莫大な霊力が注がれ一瞬にして術が完成する。そして完成した術というのが知識通りなら――。


「トレーネシュトローム・シュヴェールト」

「ッあっぶな!」


 放たれるのは水を収縮した上で撃たれる極太ビーム。

 速度が半端なく、一瞬で俺の目の前に到達するがなんとかそれをしゃがむことで避けた。普通の水ならば俺に近付いただけで凍るはずだが、彼女の能力を考えるにそれは難しい、というか避けなければ今の一発で終わっていた可能性すらある。


「へぇ避けるんだ――なら次はこうしようか」


 トントントン――ならす数は三回。

 つまりは造られる方陣は三つ、どこにでるか分からないが溜めるまでのラグを考えると……俺が取れる手はこれだ。


「――限定氷界」


 彼女相手にはこれを切らざる終えない。

 というか、通常攻撃があのビームだから本当に防がなきゃ当たっただけで命が消し飛ぶ。比喩じゃなくて真面目な話なのだが、原作であのビームを連発するだけで無双し山と同等の巨体を持つ敵を一撃粉砕していたシーンがある以上、受けられない。


「へえ凄いね、結界かい?」


 氷界という技はどういう物かと言えば冷気放出の上位技だ。

 普段は俺の霊力を冷気に変換しているが、この技では俺の放出可能な霊力範囲にある全ての水分をいつでも氷に変換出来るようになる。

 今の俺では原作の刃にはまだ及ばないから、それしか出来ないが……きっと成長すればもっと範囲も広がり自由に戦う事が出来る筈だ。


「防ぐつもりだね――じゃあ矛と盾での勝負をしよう」


 出来る方陣はさっき言った通りに三つ。

 俺の正面と上そして真後ろに浮かぶそれからは一気に三つのビームが放たれる。

 氷界を使っているが、凍らせられるとは思えない。だから俺は瞬時に身を守る盾を造り一瞬だけ防いで前へと進む。


「いいねいいね、防げるなんて凄いじゃないか!」


 防ぐだけで褒めてくる澄玲。

 だけど慢心なんか絶対にしない彼女の事だ。近付く間にも杖を鳴らし幾つもの方陣が浮かび、そこからビームが放たれる。

 威力は同じだから防げるが――と一瞬だけ気を抜いたときだった。

 一枚の盾が壊されたのだ。

 そしてそれは俺まで届き、直撃したことで吹き飛ばされ一気に距離が空いた。


「おっも!」

「へえ、耐えれるんだ。やっぱり凄いね、ということはこの攻撃じゃ倒れない……と。じゃあ第弐幕さ、趣向を変えようじゃないか!」


 彼女は分かりやすく言えば、超火力遠距離アタッカーだ。

 このビームだけで敵を一撃粉砕し無双する系の……というか原作で不憫属性さえ盛られなければ多分本当にヤバかったキャラだし、何より詐欺だと思うのが。


「舞踏会といこうじゃないか!」


 杖から大量の水が溢れ出す。

 そしてそれは舞台の地面を染めて、いくつかの箇所から何体もの水の兵士や動物が生まれた。

 彼女は属性がかなり盛られている。挙げるとするならオッドアイにナルシストボクッ娘、そして不憫属性。原作では毎回の様に能力をメタられたり運が悪かったりという感じだったが、別格とも言える水の才を持った彼女はほんっとうに多彩なのだ。

 出来るのは水分を含む物に関する氷以外の状態操作及び三種類の水の生成。

 種類としては純水に熱湯、そして海水なのだが……おそらく俺に対して使われるのは海水だ。ただでさえ凍らせ難いし高速で発射される以上まじで凍らせるのが不可能に近いだろう。


「これはボクの能力で生みだした子達だ。さぁ歌い演じて皆で踊ろうじゃないか――『ヴァッサーティーアバル』」


 この状態の彼女は指揮者だ。

 遠くで今生み出された何体もの水の軍を一人で操り、それだけではなくあのビームまで飛ばしてくる。

 それに俺の能力を多分入学式で理解しているだろうから、今出てきたの奴は全部海水で生み出されているだろう。

 ――でも、なんだろうな。

 この緊張感、理不尽さ――術の理解に関しては完全に格上だろう相手。


「ははっ、やるか」


 氷界により霊力を回す。

 そして走って――迫る敵と対峙する。

 やるのは応用、この学校に来て今まで夜空先生に習った全ての使い所だろう。

 相手は動物や兵士、動物は多数いて兵士達は槍に弓に剣といった様々な武器を持っている。だからそれに合わせて――俺は。

 氷の刀で切断し、後ろに作った剣を飛ばし、動物のサイズによって武器を切り替えながら進み続けて彼女を目指す。

 虎や獅子それどころか象や巨大な鳥。

 彼女の趣味で出来ただろう蛙やロバなどが俺を倒そうと迫ってくる。

 海水で出来てる上、足場には水が満ちているせいか本来なら斬られてもすぐに再生するだろうそいつらを――。


「凄いね、君は化物かい! なんで凍らせられるんだ!」


 両断する事で内部から表面だけを凍らせて無力化する。

 一度凍らせれば無力化できることをすぐに理解したので、俺はそれを使って相手を倒す。だけど水がある限り兵士や動物たちは際限なく湧くだろう。


「――だから、その術を奪えば良い」


 海水に触れ俺は強引に霊力を注ぎ相手からこの水の主導権を奪う。

 それにより足場全てが凍り、地面に触れている杖までもを凍らせた。


「ふはっ、いいねいいね――でもね君はもっと力を出してボクを楽しませる義務がある――だからこそ第参幕だよ『ニーベルングの指環』」


 そのタイトルの物語を俺は知っている。

 確かワーグナーという者が書いた楽劇であり、ファブニールというドラゴンが出てくる話だったはずだ。

 で、彼女の能力を考えるにきっと。


「さぁ立ち向かってみてよ。今からボクそのものがドラゴンとなろうじゃないか。英雄は今回の演目ではいらない――だからこの技の名前はこれでいこう」


 ステッキを氷から抜いて、彼女はそれを横に構える。

 きっと本気ではない――だけど、名前相応の技が来るだろう。


ファフニール・ラグナロックオペラ邪龍水誕・蹂躙歌劇


 そして彼女は水を纏い、邪龍の名を冠する水龍が顕現した。

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