閑話その1

卯月家のお姫様


「あら、お帰りなさい父様。随分と遅かったけどそんなに大変だったの?」

「土産を持ってきたから機嫌直してくれお姫様、ほらこれだ」


 卯月家の屋敷にて、帰ってきた逢魔を見つけた龍華はそう言った。

 明らかに不機嫌そうな娘の様子にそんな風に宥めながら彼は何かを取り出して娘に手渡す。手渡されたそれは氷で出来た卯の花、あまりに精巧に作られたその花は一目で分かる冷気を放っておりその周囲は冷たかった。


「冷たいわ、それに――面白いわね、これ誰が作ったの?」

「親友のガキだ。お前の一つ下で、属性は分かるだろうが氷だな」

「凄いのねその子、これ溶けないわよ?」

「やっぱ気付くか、そうだなこれは溶けないから何処に飾ってもいいぞ」


 一緒に渡り廊下を歩きながら、他愛ない会話を続ける親子。

 暫く歩き龍華の部屋前に来たところで、彼女は話題を変える。


「父様、その子の事話す時機嫌が良さそうよ? そんなに気になったの?」

「そりゃな、刃はお前に匹敵する才能の怪物だ」

「へぇ……そうなのね。会ってみたいわ」

 

 龍華の目が変わる。

 比喩ではなく文字通りに。

 今までの紫水晶の宝石のような瞳が金色に変わり、まるで獲物を見つけた龍のような雰囲気を漂わせた。視線の先にあるのは刃が作った卯の花、その霊力を見つめ相手を見極めている。


「それでその子は何したの?」

「特異レベルのケモノを倒した……俺が弱らせたとはいえ、殆ど一人でだ」

「それは、ほんとなの?」

「あぁ、ちゃんと目の前で倒すところを見たからな」

「ということは私より強いのかしら?」

「それは分からん、相性もあるだろうからな――だけど、退屈はしないだろうな」


 そうやって逢魔は断言する。

 自分が見つけた英雄に至る可能性がある子供を思いながら、娘の期待に応えるように。


「勿論会わせてくれるのよね?」

「あぁ、一年後になるけどな」

「どうしてすぐは無理なのかしら?」

「ちょっとな、俺の方で用事があるからだ。だけど、一年後絶対に会わせるとは約束するぞ」

「……そう、残念ね」


 明らかにテンションを落とす娘に、言った手前申し訳ないと思った逢魔。

 だけど刃の存在を隠して接するよりはよかっただろうから、仕方ないと割り切る。

 

「早々行けないという事はかなり遠いのね」

「まぁな、普通に半日はかかる距離だ」

「そうなのね、それなら行くのは止めにするわ」

「……行く気だったのかよ」

「それはそうでしょう? 玩具を用意されて遊ぶなってのは酷いでしょう?」


 普通に場所を言おうとしたが、言わなくてよかったと胸をなで下ろす逢魔は娘の好奇心を理解していてよかったと思う反面、少しの罪悪感を刃に覚えてしまう。

 まぁ教えたのは誰かという質問はしてはいけない。

 神綺にあの蝶の少女……それに娘である龍華の事を考えると、刃の女難が心配になってくるが……神綺に好かれている時点で割と今更という事に気がついた逢魔はついでに考えるのを止めた。


「どうしたの父様、間の抜けた顔をしているわ」

「いや、あいつの未来が思った以上に波瀾万丈でな、哀れんでた」

「酷いわね、私はただ会うだけよ」

「……そうでございますね、お姫様」

「娘を信じてくれないかしら?」


 逆の意味で信じているぞ。

 ……言葉にはしなかったし、これ以上の追求は終わらなさそうなのでそのまま娘と別れその場には龍華一人が残された。

 そのまま彼女は部屋にと戻り、貰った氷を飾り――それをゆっくりと撫でた。


「とても冷たいわね、えぇとても」


 火傷しそうになるほどに冷たいその花。

 これを作ったのは一つ下の子供だという。そしてその子は父親の言葉通りなら強いらしい。それも自分と戦えるくらいには……。

 あの父が、滅多に人を褒めないあの父が焦がれるようにそう言った。

 見たことのないくらいに目を輝かせ、宝物を自慢するかのように――何より狂気を持って……。


「あぁ、とってもとっても楽しみね――もしかしたら私を負かしてくれるのかしら?」

 

 それだけ強いというのなら、私を倒してくれるのかもしれない。

 誰も彼も跪くだけだった私を倒してくれるかもしれない――忌子である自分に触れられるかもしれない。そんな期待が龍華の中に溢れて止まらない。


「ねぇ私は期待していいのよね、見知らぬ貴方」


 ここにいない彼にそう問いかけて、龍華は笑う。

 まだ見ぬ子供を想って、何より自分が負ける未来を願って――。

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