第10話:彼岸の瑠璃蝶 【前編】

 体の中身を吸われる感覚。

 血だけではなく霊力そのものを吸われるようなそれにすぐに離れようとしたが力が抜けているのか、抵抗が出来なかった。

 しかも血を吸われるだけじゃなかった。

 抱きしめられ、逃げ場を無くされより力が抜けていく。それが数時間に渡るほどに長く感じ、解放されたとき少女と目が合った。


「やっぱりこれだ。空っぽで孤独な私を満たしてくれるのは――ねぇ、お願いもっと吸わせて? でも違う、貴方を頂戴? 私のモノになって――ずっと一緒に居て」


 そこまで言われて体の自由が戻る。

 戦わないといけないとそう思い、俺はなんとか霊力を練り始めた。

 さっきの結界の事が本当なら逃げる事は出来るだろう――だけどこいつを放置するという事はしてはいけない。

 この頭脳に能力、縛りを課した結界を作れる異常性。

 逢魔さんが縛られ今戦えない以上、今は俺しか相手出来ないだろうからやるしかないのだ。彼の実力なら結界を破れるだろうが、時間はかかるだろうし目的は時間稼ぎで良いだろう。でも、正直戦えるとは思えないから今は言葉を使って時間を作る。


「なぁ俺の家族が寝てたけどお前のせいか?」

「多分そう、起きたときに全員眠らせたから」

「――無事なのか?」

「知らない、眠ったら皆蝶になるから。私と一緒になるの」


 その言葉で思い出されるのはさっきのケモノの末路。 

 あれが頭に過って改めてこいつの危険性を理解する。今の言葉が正しければ、眠っている人達があのケモノと同じ末路を辿るかも知れないと思い、俺は無意識に構えてしまった。

 ――そしてそれが合図だったのだろう、少女は嬉しそうに笑ってこう続けたのだ。


「戦うの? 分かった。じゃあ負けたら縛ってあげる。契約は得意分野」

 

 選択肢をミスったのかも知れないが、こいつは倒さないと不味い。家族を守るためにも俺がやるしかないのだ。

 こんな風に病んでる奴に負けたらどうなるか分からないので、負けられない。闇堕ちENDの前にヤンデレと共生ルートとか嫌すぎるから。

 霊力を解放する。

 相手は格上、絶対に油断なんか出来ないので戦うのなら最初から全力だ。

 周囲に冷気が溢れていく、俺はその冷気を操り一本の刀を作り――その切っ先を相手へ向けた。


「かかって来いよ病み娘」

「――私は孤蝶、覚えさせてあげる」


 正直言えば怖い。

 初めての戦いだし、負けたらどうなるか分からないから。

 漫画の世界だったが、今の俺にとってはこれは現実でありご都合主義的なんて有り得ない。でも、やるしかないなら俺はやろう。

 どうせこの先百獣夜行と戦うんだ。

 こんな少女一人に手こずってたら死ぬに決まってる。


「やるぞ――絶対負けねぇ」


 自分を鼓舞するようにそう呟けば、少女が仕掛けてくる。

 蝶が集まり刀になって、それを使って斬り掛かってきたのだ。

 リーチが長い、かなりの大太刀であり今の身体能力では避けにくかった。しかもそれだけではない、何処からかやってくる蝶が俺を襲ってくる。

 初歩的なモノとはいえ、身体強化がなければ避けられない技、どう考えても最初に遭遇しては良い相手ではない。

 逢魔さんと渡り合っていた以上、多分もっと凶悪な攻撃を彼女は持っている。じゃあ、何故俺が今も無事なのかというと……。 


「楽しいね、もっと遊ぼう?」


 彼女が遊んでいるからに他ならない。

 強者であり、俺を欲する彼女の目的は俺を倒す事だけ。だから必要以上に傷付けようとしてないし、この戦いを遊びと思ってるからだろう。

 だからその油断をつけば……と言葉にすれば簡単だが、今でもギリな俺からすると難しすぎる。

 霊力自体は問題無い、俺は自分で作った冷気を操ることが出来るから。

 一度冷気を作り放出すればそれを使えるしで、コスパ面を見ると大丈夫――だけど、こんな長時間術を使ったことなど無かったから普通にキツい。

 少女、孤蝶が手で指示すれば無数の蝶が襲いかかってくる。

 

「――ッ凍れ!」

 

 寸の所で凍らせて蝶を減らす。

 あの蝶にはまだ触れたことがないが、触れるのは不味いのは分かる。

 攻撃の隙が無い、少しでも足を止めればやられる。直感で分かるそれに、俺の鼓動は激しくなる。襲いかかる蝶を倒し、隙をいくら探そうとも攻撃の暇が無い。

 

「諦めないの? ――貴方は私には勝てない」

「――誰が諦めるかよ」

「そう、ならもっと遊ぼう?」

 

 上から蝶が落ちてくる。

 水流のように巨大な蝶の群れが一気に俺に向かってくる。俺を押しつぶすかのような攻撃で身体強化を高めて避けれたが……地面の末路を見て肝を冷やした。

 大地が死んだのだ。

 一気に中身を抜かれたように地面に生える草花が枯れて崩れた。危険というかほぼ即死攻撃に近いだろう事を知り、余計に当たることが出来なくなる。

 この世のモノには霊力や気などというモノが宿ってる。

 今の現象を見る限り、あの攻撃はそれを吸うものと判断して良いだろう――つまりあれだ。当たったらまじで負ける。

 俺に刀を受け流す技術はまだない、だから無理して受けるしかない。

 浮いている少女に刀を当てるのも辛いし、キツいことばっかりだ。でも、負けられないから頑張るしかない。身体強化を重ねてより自分の力を引き出す。

 負荷がかかり視界が赤く染まるが、そんな事を気にしてられない。少女も徐々に速度を上げてるし、ついていくにはこれしかないから。

 斬って進み、彼女を祓うために動き続ける。

 迫る蝶を凍らせて相手の刀を無理矢理受けて、何度も何度も攻撃を仕掛け続けた。


             ◇ ◇ ◇ ◇


 結界を破ろうにも今の自分には分が悪かった。

 利き腕さえまともに使えてればなんとかなるが、あのケモノモドキが誘ったであろう夢の世界から出る為に犠牲にしたので破ろうにもすぐには破れない。

 結界に攻撃を続けてはや十分、あまりの堅さに未だ破れていない。


「こっちの声も聞こえねぇし、急ぎたいが……」


 このケモノモドキ、いや妖怪に近いだろうあの少女は異常だ。

 体からは四季の気配を漂わせているし、何より精神系の能力を持っている。

 能力は分かっただけでも他者を眠らせる力、しかも本人にとって幸せな夢を見せるという最悪の効果付き。俺ですら一瞬騙されたし、あいつがでてこなかったら普通に危なかった。


「――にしても凄いな、俺が削ったとは言えなんで戦えるんだあいつ……」


 結界の中の光景は、想像出来なかったもの。

 氷で作ったであろう刀を使い、彼女に斬りかかる親友の息子の姿。

 強いのは模擬戦で知っていたが、あそこまで戦えるとは思ってなかった。この縛りを課した結界や俺が削った分を加味してもあの少女は強いのに。対等とは言えないが、渡り合うこと出来る時点で刃は強い。

 ――だが決定打が無いのだ。

 あいつの術では火力不足、蝶をいくら削ろうとも本体に届かなければ意味が無い。だから回復されるし、完全にジリ貧だ。

 でも少しずつ確実に削れているのか、俺の攻撃も相まって結界に綻びが生じている。斬って、術を使って凍らせて相手の喉元に獣の様に食らいつく――その姿は下手な狩り人より洗練されていて、不格好だが綺麗に見えた。


「かなり寒いな、中から冷気が漏れてるが――これ、全部あいつのだろ?」


 今なら結界を破ることが出来る。 

 だけど、破ったらこの光景が終わってしまう。英雄を求めた卯月家の当主である俺がその機会を逃して良いのか?


「――あぁ、やっぱり俺も破綻者なんだな」


 親友の息子を死なせてしまうかもしれないのに、そんな事を考えるのは多分おかしいのだろう。でも、流れる血がそれを許してくれない。

 英雄に至る可能性がある才能を前にして見守るという選択しか取れないのだ。 


             ◇ ◇ ◇ ◇


 もう、どれほど戦ったか分からない。

 無限にも感じるような戦闘の中で俺はとっくに限界を迎えていた。体の節々が悲鳴を上げてるし、口は血の味で満ちている。

 

「むぅ寒い」


 それで気付いたが少女も俺も白い息を吐いていた。

 多分だが霊力の解放のせいで発生する冷気が結界内に満ちたからだろう。さっきから蝶の動きが鈍くなっていて、攻撃の手が緩んでいた。

 ――今なら攻撃出来ると、そう思った。

 だから術を使おうと霊力を練る事に集中してしまったのだが、多分それがいけなかったのだろう。

 目の前で少女の姿が消えた。

 最初と同じように蝶になって消え、認識できなくなったのだ。

 どこだ? と見渡し探した瞬間、目の前の孤蝶が現れる――そして。


「眠って?」


 一匹の今までとは段違いに霊力――いや、瘴気の籠もった蝶を俺へと手向けた。

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