第9話:静かな日

『朝よ、運命の人』


 神綺様のそんな声で目が覚める。そしていつも通り顔を洗いご飯を食べに居間に向かったときに何かがおかしいと気がついた。

 家の中は異様に静かで、なんというかあまりにも不気味なのだ。

 それに家の中に蝶が舞っている。見たこともない真っ黒で瑠璃色の模様が入った綺麗な蝶々。霊力を持ってるのか感知すれば、そこら中にいるのが分かる。

 触れれば消えてしまいそうな程に、儚いと感じてしまうその蟲。初めて見るが何処からやってきたのだろうか?


「というか、皆は?」


 今家には当たり前だが十六夜家の皆と、逢魔さんの部下達が居るはずで……最近の朝はある程度騒がしかった。なのに、今は物音一つ感じない。

 もうケモノを狩りに行ったのかと思ったが、それでも誰かは家を守るために残っていて、少なからず気配を感じるはずなのに――いや、皆はいる。

 ここ数日で完全に覚えた気配は微弱だが感じれる……じゃあ、何が?

 急に凄く嫌な予感がした。


「剣起きてるか!?」

 

 俺が最初に確認しに行ったのは妹の部屋。

 蝶の気配を多く感じたのでそこにいけば、そこには蝶に囲まれる妹の姿があった。やばいと思ったので術を使い蝶を倒す。凍結したその蟲は砕ける前に光りになって消えていき、普通に蝶じゃないことを改めて理解させてきた。


「……寝てるだけ?」


 妹の様子を確認すれば普段通りに寝てるだけ、でも時間はもう昼を回っており朝早く起きる妹からすると何かおかしかった。

 何が起きるか分からないので、氷でかまくらのようなモノを作り妹を守る。俺の筋力では彼女を連れて全部を確認なんて出来ないからこうやって守るしかない。


「父さん達も……寝てる」


 確認した限り今この屋敷にいる全員が寝ていた。

 しかもその周りには絶対に蝶が居て、倒そうにもキリがない。

 こういう時に頼りになるだろう父さんと母さんを起こそうとも、何をしても起きなかった事を考えるとやっぱりこれは異常事態だろう。


「あとは逢魔さんだけだけど、あの人も寝てたら流石にやばい」


 原作の実力を見るに彼にさえ異常があった場合、それだけの何かが起こっている事になる。どう考えてもそれが誰かによって引き起こされていた場合、俺が対処できる訳がないし――。


「逢魔さんは……いない?」


 彼が寝泊まりしてる部屋にいけば、そこには誰もいなかった。

 彼だけが起きているのならこの異常事態の対処に行ったのだろうか? そう思ったが、この部屋には鉄のような匂いが充満していて、


「血痕か、これ」


 貸したであろう布団から外に続くようにそれがあった。

 かなりの量それ、戦闘の後みたいなのはないが術の形跡だけは微かに残っている。


「……行ってみよう」


 本来なら一人で行くのは自殺行為、それも父さん達に害を成すレベルのモノに突撃なんて自分の命を差し出してるのも同じ。でも、どうしてだろうか? 何故か行かないとという予感だけがするのだ。 

 だから俺は、血痕を頼りに進むことにした。

 逢魔さんの物であろう血痕はは森の奥に続いているようでどんどん暗くなるのが分かる。空気が重く澱んでいるのが分かる。あの神綺様の夢ほどではないが息がしづらくてかなりキツい。

 これが瘴気の影響なのか分からないが、周りには紫の煙みたいなのが漂っているので原作の描写を見る限りこれがたぶん瘴気であろう。

 初めての外、本来ならもっとわくわくするものの筈なのに、嫌な予感しかしない。

 そして森の中を進んでるときだった。瘴気が集まり泥のようなモノを形作りボコボコと脈動し始めたのだ。

 記憶通りならケモノが生まれる瞬間だ。

 すぐに術を使おうと霊力を練る。

 何処まで通じるか分からないが、最低限戦えるはずだから。


「……え、は?」


 確かにケモノは生まれた。

 犬のような目がない怪物だ――それは原作でもよく見た下位のケモノ。

 生まれた瞬間に襲いかかってくる筈の命だけを狙うそれは、どうしてか形を持った瞬間に逃げたのだ。

 逃げた方向は十六夜家、今寝てる人しかいないあの場所に行かれたら不味いと思って急いで追いかける。


「俺より皆を狙ったのか? ――だとしたら不味いって!」


 霊力を使える者なら誰でも出来る初歩的な強化術。 

 それを使って追いかけた先にそいつはいたのだが、様子がおかしかった。

 そのケモノは急に苦しみだし、その体を地面に投げ出したのだ。のたうち暴れ、その場で泥を吐く――そして。

 中から幾つもの蝶を生んだ。

 爆ぜるように体から蝶を生み、事切れて瘴気にかえった。そしてその蝶は森の奥に向かっていき、その場には何も残らなかった。

 急いで蝶を追う、その先に異常の元凶がいるだろうからだ。

 走って森を進み、血痕と蝶を頼りに進んで行けば、色んな場所から蝶が集まっているのが分かった。森中から蝶が一点に向かっており嫌な予感だけが強くなる。

 そして進んだ先で聞こえる戦闘音、さらに強く強化をかけてそこに向かい――目を疑った。


「相性が悪すぎるだろ……」


 地面から幾つもの木の杭を生やしながら誰かに攻撃する逢魔さん。

 傷だらけというか、腕一本が黒くなって潰れてる彼の視線の先を見れば、そこには蝶の刺繍が入った着物を着ている同い年ぐらいの少女がいた。瑠璃色の髪のその少女からは何故かあの蝶達と同じ気配を感じてしまう。


「その傷でこれって、お前本当に人間?」

「脳筋舐めんな、この程度ならゴリ押し出来るぞ化物」

「そう、なら――ってやっと来た。じゃあもういいや」

「何がだ――って、刃なんで来た!?」


 俺が来た事に驚く逢魔さんと、蝶を集めて俺に視線を合わせてくる少女。

 神綺様に見つめられたようなその既視感に襲われ過呼吸になりかけたが、なんとか抑えてにらみ返す。


「人間は縛りを課して普通より強力な結界を作れる――知識だけだけど、私にも出来るはず。幸い霊力と蝶は沢山あるから」


 何匹かの蝶が地に落ちる。

 その落ちた場所から彼岸花が咲き、周囲が布のような何かで仕切られる。それにより逢魔さんと分断され、仕切りの中には俺と少女だけが残った。


「というわけでそこの人間以外は出入り出来る結界を作った。縛りはそこの人間に私が干渉出来なくなること――頑張ったよ、褒めて?」

 

 少女が姿を消したと思ったら、蝶が集まり目の前に現れる。

 褒めてと子供のように言うそれは、俺を無表情で見つめていてかなり不気味だ。何が怖いって感じるのが好意しかない。初対面な筈なのにそれを向ける彼女はまじで何なんだ?


「むぅ、やっぱり冷たい。ここは頑張ったね孤蝶こちょうと褒めるところ」

「お前、何だよ?」

「私は孤蝶、最近ここで生まれたケモノみたいなの。まだ赤ちゃんだから優しくして?」


 何も分からない。

 だけど聞き逃せないことを言っていた。

 こいつが、ケモノ? 本当なら動物に近い姿しか持たない、ケモノだって? いや確かに原作の後半では人を取り込んだり他の要因で人型に近い姿を持ったモノはいたが……こんなに人に近いのは物語の終盤じゃないと出てこないはずだ。


「む、そこは甘やかして抱きしめるとこだと思う」


 そしてこいつは、俺を知っている風だ。

 初対面であり、本当にケモノなら俺を知ってるはずがない。

 で、何が一番ヤバいって俺は何故かこいつに警戒心を抱けない、どうしてか害しようとは思えないのだ。ヤバいのは分かるのに、抵抗できないというか……。


「あぁでも、やっと会えた。ずっと会いたかった。繭の中に居たときから、ずっと想ってた――ねぇ、私に貴方を食べさせて?」


 歪むように少女は笑った。

 俺の手を取りどこか既視感のある笑みを浮かべながら、笑ったかと思えば――俺の首筋にゆっくりと噛みついた。


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