第8話:相棒(予定)が怖すぎる
卯月逢魔さんがやってきた日の翌日……というより深夜二時。
四歳になって与えられた自室、その中で俺は座禅を組み瞑想していた。
『構って欲しいわ』
そんな中聞こえてくる綺麗な声。
今自室には俺しか居ないのに聞こえてくるそれを無視しながらも、俺が瞑想を続ることにする。この時間は俺の霊力が一番高まる時間、使わないわけにはいかないので彼女に構っている暇はない。
『無視は酷いと思うの』
限界を迎えたのか、頬をつついてくる彼女に対して俺は何が何でも無視を決め込み――部屋の時計が何周も回転し始めたところで、怖くなったので声をかけた。
「神霊現象はやめろよ」
『だって無視するもの、せっかく久しぶりに出てきたのだから構って欲しいわ』
現れたのは黒いセーラー服を纏うこの世の者とは思えない程に綺麗な美少女。
初めて会ったときと一切変わってない彼女は、宙に浮きながら不満そうな顔で俺の事をつつき続けている。
「はぁ……神綺様、聞かせて欲しいんだが最近の瘴気と貴女は関係あるか?」
『竜穴に私がいたなら関係あったわ、でも今居るのは貴方の中よ? 関係あるはずないじゃない』
「それもそうだよな。でだ……離れる気ないよな」
『そんなの当然でしょう? どうして貴方と離れないといけないの?』
……まぁ、予想はしてた。
このやべぇ奴が俺から離れる訳ないだろうから、刀を返すことは出来ない。
持ってるってバレたら何が起こるか分からないが、少なくとも今言った通りに神綺様は俺から絶対に離れないだろう。
『ねぇ運命の人、そんな事よりそろそろ貴方の名前を聞きたいわ』
「絶対言わねぇ。というか他人の口から散々聞いてきたんだから呼べば良いだろ」
『いやよ? 貴方の口から聞いてこそ意味があるもの』
とても綺麗な含みのある笑み。
心臓が冷えるようなその微笑に俺の頬は引き攣ってしまう。何より名前を教えたら何が起こるか分からなくて、それが何より怖い。
本名というか名というのはこの世界ではかなりの意味を持つ。知られてしまえば呪いに使われることもあるし、様々な契約にも使われる。それを呪いそのものと言える彼女に教えるなんて百害あって一利なしどころの話じゃない。
「……なぁ神綺様。俺は強くなってるか?」
ふと、そんな事を聞いてしまった。
まだ実践もしたことないし、訓練だけで培った実力しか無いが、今日の模擬戦でかなり不安になってしまった。
この先の未来が順調にいけば俺は百獣夜行に襲われ攫われる。
俺の闇堕ち理由は様々だが、その一つに自分のせいで家が襲われたというのがある。最初は自分だけが救われなかったって事で絶望していたが、真実を知る度に自分のせいだと知るようになり……みたいな。
だから少しでもその未来を回避するために、俺は強くならなければいけない。
俺が平和に……とは生きられないだろうがこの世界を真っ当に生きたいと思ってる。自分の特性的に難しいだろけど、どうしてか強くそう思うのだ。
これは殆ど残ってない前世の記憶のせいなのかは分からないけど、切に願ってしまう。ずっと俺を見てきた彼女なら答えてくれると思って……そう聞いてしまった。
『今は気にしなくて良いと思うわ。まだ貴方は子供だもの……でも強くなりたいのなら私ともっと繋がって? 名前を教えて? 私を愛してくれれば良いわ』
声は甘く、縋りたくなるような優しさを持っている。
そこで冷静になったが、彼女にそれを聞くのだけは駄目だった。
確かに彼女と契約すれば強くなれるだろう――それも劇的に圧倒的な力を得れる。だけど、代償が分からないしそれこそ自分の命を削る可能性が大きい。
命が軽いこの世界でより命を削るのは嫌だし、彼女の力を借りたくはない。
「……ごめん、忘れてくれ」
『忘れるわけ無いじゃない、貴方が私を頼ったのよ? いつも強がる貴方が、私に弱音を吐いて頼って――ふふ、初めてね』
「やっぱり嫌いだ」
『私は好きよ、運命の人』
あぁ、やっぱりこの神は怖い。
少し声を聞くだけで信用したくなる。
受け入れて楽になりたいと思わされる。
人は――いや、命ある者全ては死に進む。だからか死に最も近い彼女に命があれば惹かれてしまう。それが彼岸に巣くう彼女の特性なのだ。
にしても眠いな。
異常な眠気に気怠さを感じながら意識が落ちそうになっていると、神綺様がぼそりと呟いた。
『そうね少し手を加えてあげようかしら』
そんな事を最後に聞き、俺の意識は落ちていった。
◇ ◇ ◇ ◇
深夜三時、富士の樹海
瘴気が溢れるその場所に一人の少女が童唄のようなもの歌いながら歩いていた。ケモノが溢れるこの場所には似つかわしくない、黒いセーラー服を纏った少女だ。
「ふふ、いきはよいよい、帰りは怖い……良い唄よねこれ」
ケモノ達は最初現れていた少女に敵意を向けていた。
全てに害するケモノにとってそれは当然のことだし、そういうモノなのだから――だけど、それもすぐに変わった。
襲いかかったケモノが少女に近付くだけで事切れたのだ。
それも一気に老いるように姿が変わっていき最終的に潰れて死んだ。それだけでケモノ達はこれには関わってはいけないと本能で理解し、ただ見守るだけで嵐が去るのを待つ事にしたのだ。
――だけど、それが間違いだった。
ケモノ達は何が何でもこの少女の歩みを止めるべきだったのだ。
「あの人に対する試練にはこれだけじゃ足りないわ。竜穴を作り替えるのは影響が大きいし瘴気を弄るぐらいがいいわね」
少女は迷いなく隠されていた瘴気の発生源に向かう。
死に近い彼女にとって、それを探すのはあまりにも容易い事だからだ。
「私がやったってバレたら怒られるかしら? ――あの人が私に感情を向けてくれると考えるとそれもいいわね。そう、だから遠慮なくやりましょうね」
そう言って彼女は嗤った。
今までの惹かれるような可憐な笑みではなく、顔を歪めてニッコリと。
「――富士の瘴気と私の神力、何が出来るのかしら? とても楽しみね」
少女が手の平から血を一滴発生源に垂らせば、辺りの瘴気がそこに集まった。
それはすぐ繭のような姿へと変わり、糸を伸ばして周囲のケモノを喰らい始めた。五十を超える数はいたケモノ達――それら全てが一瞬で消えたその場所で少女は嗤い、
「この子の名前は彼岸繭――きっととても綺麗な蝶が生まれるわ」
そんな名前をつけて、愛おしそうにそれを撫でた。
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