第49話 言付け

りりりりりー!

大きな目覚ましの音が鳴り響きます。それを止めても、まだ音が鳴り響きます。お父さんもお母さんもお姉ちゃんもいないので、しっかり起きるために、私は目覚ましを2つ付けてています。


「う~。地球の引力に勝てないよ。」と思いながら、左に寝返ってベットからずれ落ちるように起き上がって、やっとお布団から離れることが出来ました。勉強机に置いてある目覚ましを止めると、カーテンを開けました。


自然に「今日もいい天気だね。」という言葉が出ます。さあ、朝拝あさはいのために、身支度をしないといけません。

顔を洗って、歯を磨いて、装束に着替えます。装束の着方は春休み中に一生懸命覚えたんです。でも毎朝富田さんが装束をきちんと着れているか確認に来てくれます。


「利律子さん、おはようございます。装束のチェックをしますね。」


「おはようございます。お願いしまーす。」


背中、腰回り、襟元を確認すると、


「大丈夫ですよ。もう確認の必要はないかもしれませんが、私のお仕事の一つですので、毎朝確認させてくださいね。」


そう言ってニッコリしながら「では本殿へいきましょう。」と言いました。


富田さんのチェックが終わると、本殿に向かいます。ビルの一番上の階に本殿があって、その本殿でお祈りをします。


「おはようございます。」そう挨拶をすると、皆さんも「おはようございます。」と言ってくれました。皆さん、もうしっかり正座して待っていらっしゃいます。


毎朝、朝拝を一緒に行うのは、橘さん、黒崎さん、柳さん、富田さん、武田さん、あとえーっと長谷川さん、工藤さん、と私の8人です。


橘さんと黒崎さんは白い袴ですが、柳さんは紫に紫紋の袴、私と富田さんと武田さん、長谷川さんと工藤さんは浅黄あさぎ色という水色の袴を着ています。本殿は新しくて壁が真っ白で、本殿の木はほんのり切ったばかりの新しい木の匂いがします。袴の色も白と水色で綺麗だし、何だか朝からしっかり目が覚めます。


私も皆さんと同じように神棚の前に正座します。

まず、富田さんが太鼓をたたきます。これは号鼓ごうこと呼ばれています。

次に、黒崎さんが祓詞はらえことばを唱えます。

そして次に、橘さんが大祓詞おおはらえのことばを唱えます。

最後に、柳さんが道のはじめを唱えます。

終わりの号鼓ごうこは武田さんが太鼓をたたきます。

私と工藤さんと長谷川さんは、正座しているだけです。


それが終わると、装束から普段着に着替えて、朝食になります。平日の朝食は食堂で食べます。食堂の食事は、食堂のおばちゃんが作ってくれます。

食堂でも橘さん達が同じテーブルで集まっていました。


黒崎さんが、

「利律子さん、今日は新学期最初で忙しいかもしれませんが、皆で一緒に食べますか?」


「あ。はい。ぜひお願いします。もう荷物の用意は出来ているので、大丈夫です。」


橘さんが、「今日から本格的に新学期ですね。」


「はい。もうお友達が出来たので、学校に行ってお友達とお話したいです。」


そう言うと橘さんはにっこりして、

「楽しそうで何よりです。困ったことがあれば、何でもすぐ言って下さい。携帯電話は忘れないでくださいね。」


「はい。何かあった時にはお願いします。」


武田さんが、「利律子さん、今日はお弁当の日でしたね。食堂で作ってくれましたから、こちらを持って行ってくださいね。」


「はい。ありがとうございます。うわぁ。すいません。ありがたーい。」


武田さんが続けます。

「どういたしまして。週末の朝食は、食堂の食事をテラスに持って行って皆さんと一緒に食べたり、食堂がお休みの時には、富田さんと私が作ってお出ししましね。」


「でも週末って皆さん、お休みじゃないんですか?ビルの下にショッピングモールのフードコートがあるから、私はそこで食べてもいいですよ。・・・・でもお小遣いもったいないか・・。」


武田さんは、にっこりして「これが利律子さんの当たり前になりますから、気軽に考えてくださいね。」


「そうなんですね・・。はーい。じゃあ、そろそろ行ってきます!」


学校までは、一人で電車で行くはずだったんだけど、途中まで車にしてほしいと橘さんに言われたので、仕方なく車で登校です。運転してくれる長谷川さん以外に、工藤さんもいつも同乗するそうです。東京では小学生でも一人で電車で通学しているし、私も一人で登校したいなー。


車の中から外を見ていると、桜の花が散り始めていて、新しい緑の葉っぱが生えてきていました。この黄緑の葉っぱが朝日を浴びてキラキラしていました。なんだか明るい気持ちになります。




午前中は授業があって、久坂先生の提案で、お昼休みは机を全部後ろに寄せて、みんなで円になってお弁当を食べる事になりました。


机を後ろに持って行こうとして、机を抱えている時に、燈子ちゃんが眼鏡を落としてしまいました。


「あれ?眼鏡ないじゃん!どこ~。」と燈子ちゃんが慌てていたので、私は急いで傍に行って眼鏡を探しました。その時、近衛道長君が、燈子ちゃんの眼鏡を拾ってくれていました。


「落としたよ。」そう言って燈子ちゃんの顔を見た道永君は、はっ!とびっくりした顔で燈子ちゃんを見ていました。そのうち、道長君のまわりの男子も女子も、もみんな唖然として燈子ちゃんを見ています。私はどうしたんだろうと思って、急いで燈子ちゃんの側に行きました。


「えっ!」


私が燈子ちゃんの顔を見たら、目が大きくて、綺麗な二重で、まるでモデルさんか女優さんのような綺麗な顔の女の子が、私の名前を呼びます。


「利律子ちゃん、どこー?私凄い近眼なのー。」そう言うので、


「今、真横にいるよ。大丈夫?と、燈子ちゃん、すっごい綺麗な顔してるんだね。びっくり!」


道長君は、眼鏡を燈子ちゃんに渡すのを忘れてるのかな?ぽかーんとした顔で燈子ちゃんを見ています。


「道長君、眼鏡持っていないで、燈子ちゃんに渡して。」私がそう言うと、


「あ、ああ。そうだった。ごめん。」


そう言って、燈子ちゃんに眼鏡を渡します。眼鏡をかけると、またもとの燈子ちゃんの顔になりました。


「燈子ちゃんの眼鏡、もしかして、凄い度の強い眼鏡なのかな。だから眼鏡かけてると目が少し小さく見えてるみたいだよ。でも、燈子ちゃんの本当の顔が見れて嬉しいな。」


そう言うと、燈子ちゃんが、


「そんなに違って見えるの?でもそれって、まるで変装みたいじゃんー。なんだかおもしろー。」


燈子ちゃんは相変わらず語尾を延ばします。私も早く使ってみたいです。でもいつ使っていいか分かりません。


机を後ろに寄せ終わると、みんなが円になり始めました。燈子ちゃんの隣に、さっと道長君や男子が座ります。燈子ちゃんが、


「ちょっと!隣は利律子ちゃんね!どっちか場所譲ってよねー。」そう言うと、三階堂君は私と変わってくれて、道長君は動きませんでした。


久坂先生が、「皆さん、座りましたか?皆さん、親睦を深めるために、お弁当の日は当分の間、このように円になって食べましょうね。では、頂きます。」


「頂きます。」


みんなでそう言うと、お弁当タイムが始まります。お弁当箱が、みんな漆みたいな箱のお弁当で、プラスチックのお弁当箱を持っている人がいませんでした。私のお弁当箱も、漆みたいな箱のお弁当箱です。


今迄お母さんが作ってくれたお弁当はプラスチックの容器に入った普通のお弁当でした。なんだか急にお母さんのお弁当が食べたくなりました。でも食堂のおばちゃんが朝から作ってくれたし、おなかついたし、食べます!


燈子ちゃんの隣の道長君が、


「道永さんてさぁ、眼鏡じゃなくてコンタクトにしたら?」と言います。まぁ、気持ちがわかるな。私もそう勧めたいと思ったし。


「えー。余計なお世話だしー。」で、会話が終わってしまいました。うー。燈子ちゃん、強いねー。


「あ。でも私も少しそう思ったかも。燈子ちゃん、とっても可愛いよ。眼鏡かけてても可愛いけどね。」


「ありがとう。私、このままでいいよ。めんどくさくなるから。」


うん。確かにコンタクトはめんどくさいよね。


「いや、勿体ないよ!眼鏡止めようよ!」


今度は二階堂君と武田君が燈子ちゃんの前に来て言いました。


「ちょっと男子、お弁当食べてるのよ。」白川玲子ちゃんや結城奈々枝ちゃんが半分笑顔の半分困った顔で言います。


「あ。すいません。すいません。お手柔らかにね。」そう言って男子たちは右手を何度もゴメンの形にしておどけていました。


その様子に、みんなクスクス笑い始めます。家柄の良い人だらけって聞いたけど、面白い人はいるみたいです。良かった。


丁度反対側にいる藤原衛子ちゃんが、ずっとこっちを見ているような気がしました。あれ?どうしたかな?あとでおはなししてみよう。


あははは・・。あははは・・。


みんなで楽しく笑いながら会話していると、あっという間にお昼休みが終わりました。


「皆さん、楽しかったですか?また次のお弁当の日に円になって食べましょうね。では午後の授業の準備をして下さい。」


久坂先生がそう促して、お昼休みは終了です。


「あ。水織さん、道永さん、望月君、道満君は、5時間目が終わったら、職員室に来てください。スペイツィアル・シントイスモスの顧問の先生を紹介します。」


私と燈子ちゃんは顔を見合わせてげんなりした顔で「はーい。」とお返事しました。




私は藤原衛子。

5時間目が終わった後で、音楽担当の森永先生が教室に来ました。


「藤原さん、水織さんいますか?」


「今、いないようですが。」


「あら。困ったわね。私はこれから外出するから、歌を作る課題を、最初は水織さんにお願いしたいと思っています。木曜日の音楽の授業で披露してほしいのですが、明日明後日と私は上級生の郊外活動に同行しましから、伝言を言付かってくれますか?簡単な歌で良いと言って下さい。」


「水織さんにですか?はい。承知致しました。」


この学校は、生徒全員に順番に歌を作る課題を出します。でも強い強制力もないし、出来ないならできないで特に咎められません。本当に、あんまり有難くない校風だと思います。


森永先生は、「ありがとう。お願いします。」と言って、足早に立ち去っていきました。5分ほど待ったけれど、水織さんも道永さんも戻って来ません。


職員室に居るのは知っているけど、私はもう帰るわ。道長君とあんなに楽しそうに過ごして、あの燈子って子も、利律子ってこも、気に入らないのよね。居ないあの子が悪いのよ。


「しーらない。居ないのが悪いのよ。別に意地悪するつもりじゃないわ。」


私はそのまま教室を出て下校しました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る