第46話 その2 古神道の入学の式

遼習院中等部校長の、藤原さんの祝辞が続きます。




「古神道とは、原始宗教の一つとされ、自然崇拝、精霊崇拝、その延長線上にある先祖崇拝としての、命・御魂・霊・神などの概念や、常世とこよと現世うつしよの繋がりを常日頃から意識して生きていくことを信条としています。今日から中等部生として生活していく上で、まず意識しないといけない事は、自然や生き物全ての心の声に耳を傾けるということです。古神道とは正に、存在する全ての自然と全ての生き物、かつて生きていた御霊に対する信仰です。


 まずは今、足で立っている土地と、住むために建物の一部になってくれている木や鉄、セメントとなった石、それらに対して必ず感謝をるように。そして毎日食べている、食べられてくれるものへの祈りをするように心がけてください。あなた方が食する食べ物は、刈り取られ、命を奪われた生き物です。私達だけで世界のシステムを変えることは出来ません。ですが、食べ物とされてしまった植物、動物たちに、必ずこう祈ってください。


 もう刈り取られてしまっているならば、そのまま朽ちてしまうよりは、私の肉になり骨になって、一緒に生きていってください。あなたは栄養となって私に吸収され、私の一つ一つの細胞になる。私の喜び、今日目にしたもの、感じた温かさ、綺麗な桜の花などを、一緒に見たり、一緒に感じて、一緒に生きていってください。私は私と一緒になってくれたあなたを大切にします。私は自分を必ず幸せにします。


こう祈ってください。自分を大切にするということは、人間のために刈り取られた、数えきれない程の生き物たちを大切にするという事です。それは、食べられてくれた者達への最低限の礼儀です。古神道を学ぶものとして、今日から、意識しましょう。」




毎日食べている食べ物に対して、私は深く考えたことはありませんでした。私は藤原さんのお話を聞いて、沢山の命が自分に関わってくれていることを思い起こすと、切なさと有難さが交差したような気持になって、ジーンとしてしまいました。この遼習院中等部に入学出来て本当に良かったと思いました。




校長の藤原さんのお話が終わると、体育館のカーテンが閉められました。




アナウンスで、


「京都藤原派古神道、近衛家当主、近衛道基さまより、ご入学の祝辞を述べて頂きます。」


と案内があり、祝辞が述べられていきました。あのひと、同じクラスの近衛君のお父さんかな。顔が似てるから。




祝辞が述べられた後、近衛家当主、近衛道基さんは生徒たちの一番目に行き、旗の前に立ち、旗に一礼すると、後ろの生徒が同じように一礼しました。




人差し指と中指だけを組んで顔の正面で何秒か静止し、次に二本指で星の形のような形を切り、左から右に、上から下に、を繰り返しながら、


りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん。我らを守り給い、導き給え。」


と言っていました。その後です、目の前の旗が少し光ったようになりました。




不思議なことには慣れているけど、私は少し驚きました。




燈子ちゃんが、「何あれ~。こわっ。」




と呟くと、私も同じように言いそうになりました。その時、後ろの男子が小さな声で、「しーっ。」とするので、私は口に手を当てて黙りました。




またアナウンスで、


「奥州藤原派古神道、藤原家当主、藤原公親さまより、ご入学の祝辞を述べて頂きます。」


と案内があり、祝辞が述べられていきました。




祝辞が述べられた後、藤原家当主、藤原公親さんは生徒たちの一番目に行き、旗の前に立ち、旗に一礼すると、後ろの生徒が同じように一礼しました。




今度は、左手のこぶしを右手で包むようにして、両腕を肩の高さまで上げ、


毘沙門天びしゃもんてん十一面観音じゅういちめんかんのん如意輪観音にょいりんかんのん不動明王ふどうみょうおう愛染明王あいぜんみょうおう聖観音しょうかんのん阿弥陀如来あみだにょらい弥勒菩薩みろくぼさつ文殊菩薩もんじゅぼさつ。我らを守り給い、導き給え。」


と言いながら、両手の指の形を一つ一つ変えていき、右手の人差し指と中指だけ立てて、左から右に一度、上から下に一度、大きく十字を切りました。


さっきと同じように、目の前の旗が光りました。




私と燈子ちゃんは、うーーっという表情をして顔を見合わせて、その後、後ろの男子に御機嫌取りの笑顔を向けました。


後ろの男子は、小さく首を左右に振り、「静かにしていてよ。」と言いたそうでした。




そして次のアナウンスで、


「古神道八咫烏、和泉家当主、泉八久幸さまより、ご入学の祝辞を述べて頂きます。」


と案内があり、和泉家当主、泉八久幸さんの祝辞が始まりました。




「皆さん、今日はご入学おめでとうございます。そして、今年は我が八咫烏からは3名が入学しております。そして、戦後初となる、橘流陰陽道古神道からも1名が入学する事となり、わが八咫烏はこの生徒を支えるべく、後ろ盾となることを決意しました。ここに、橘流陰陽道古神道と八咫烏の結束を宣言し、人類と祖国とに奉仕する人材を育成する本校の目的を果たすための支援を制限なく行わせて頂く所存でございます。京都藤原古神道の皆様、奥州藤原古神道の皆様、どうかお互いに手と手を取り合って、素晴らしい学校生活を過ごされてください。以上を持ちまして、私のお祝いの言葉とさせて頂きます。」




今度はすぐにアナウンスがありました。


「橘流陰陽道古神道、総宮、橘隼日さまより、ご入学の祝辞を述べて頂きます。その前に、皆さんには護身用の鏡を配布しますので、膝の上にしっかり鏡を上向きにして、持っておくようにしてください。」




そう言い終わると、橘さんの部下の人達が、小さな鏡を配り始めました。1組には、黒崎さんが鏡を配ります。


燈子ちゃんが黒崎さんを見て、




「あの人、ハンサムね~。誰かに似てるわね・・。私世界史が好きでね。そう、エルンスト1世にそっくりなんだけど。」




「え、エルンスト?私ごめんね知らないの。後で調べるね。」




「あの人八咫烏かな?」




「あの人黒崎さんだよ。これから話をする橘さんの部下の人。」




「利律子ちゃん。よく会うの?」




「よく会うよ。私の家、橘さんのビルの中だもん。しょっちゅういるよ。」




「利律子ちゃん。今度絶対遊びに行くから!」燈子ちゃんが凄いニンマリした顔で私に言いました。




また後ろから、小さな声で「しーっ」とされてしまいました。橘さんの祝辞がはじまります。




「皆様、今日はご入学おめでとうございます。我が橘流陰陽道古神道からは戦後初、いや、千年ぶりにこちらの私学に生徒を迎える事となりました。しかし1名とという少ない人数の為、八咫烏の皆様のお力添えを頂き、これからの学園生活の支えとなっていただく事になりました。皆さんと一緒に学園生活を過ごせるという事は大変光栄なことです。我が流派からも、学習活動に限らず、様々な分野での支援を惜しみなく行う所存です。色々な流派がございますが、人類と祖国とに奉仕する為に、流派の垣根をなくし、手と手を取り合い、共に過ごして頂けると幸いでございます。今日は皆様に、ご覧いただきたいものがございます。」




他の流派の席から、


「橘流って門外不出じゃなかったの?謎の流派って言われてたのに、それが出てくるなんて誰が橘流よ?」


と言う話声が聞こえてきました。私は困りました。心の中で、




「私の名前を言わないで・・。言わないで・・。」と何度も祈りました。




壇上に、橘流陰陽道古神道の龍の模様の旗と、三本足烏の八咫烏の旗が置かれました。そしてその前に、天叢雲剣と神獣鏡が置かれました。




「古神道の皆様にのみ、ここでご報告をしたいと思います。まずは、天叢雲剣が再び地上に戻されました。そして、誰も扱うことの出来なかった神獣鏡も、新しい主を得ることが出来、我が国の神性は、再び高いものとなりつつあります。ここで皆様の前で、ご加護を祈らせて頂きたいと思います。」




体育館の中がどよめいてきました。特に、保護者席から驚きの声が多く聞こえてきます。




「なんですって・・。」


「草薙剣の事だろう?何故ここにあるんだ?」


「橘流の加護を得られるのか?どんなものなんだ?」




橘さんは1組の前ではなく、新入生全体の真ん中に位置した最前列に降り、一度礼をすると、まっすぐ前を向き、手の平を広げたまま両手を上に振り上げ、一度握りこぶしにすると、力強くまた手のひらを開き、顔の前に両手を合わせて、龍を呼ぶ時に唱えた言葉を唱え始めました。




「マカ、カホ、オチ、カム、イツノ、タテ、カム、アマナ、アモリ、ムカヒ。」そして続けて、




「真実を表し・憎悪を打ち消し・悲しみを打ち消し・強力な攻撃も無に帰し・時空を超え・命を繋ぐ剣。天叢雲剣よ、我らを守り給い、導き給え。」




「神獣鏡よ、新しい主とその仲間を守り給い、導き給え。」




次に、古神道八咫烏、和泉家当主、泉八久幸さんが、胸元に丸い鏡の飾りをつけ、大きな細長い巻き貝のようなものを口元に運び、笛のように慣らしました。そうすると、八咫烏の旗が大きく光り始めます。




その次に、八咫烏に先を譲ったかのように、天叢雲剣と神獣鏡が光り始めました。




「おおっつ・・。」保護者席が大きくどよめきました。




「では新入生は元の席にお戻りください。これから保護者の皆様と一緒に、教室に戻り、教科書を配布したら終了の挨拶をして下校となります。」




「やっと終わったね~。」と、今度は後ろの席の男子が溜息をついていました。




「僕は望月重蔵。八咫烏だよ。忍者の末裔なんだ。よろしくね。」




「僕は道満麗弥。僕も八咫烏。蘆屋道満の末裔だよ。よろしくね。」




「私は道永燈子。流派無しよ。あるのかも知らないし~。よろしくね。」そう言って燈子ちゃんは私の方を見て肩を窄めます。




「私は水織利律子。私も流派知らない。よろしくね。」私は燈子ちゃんを見て「何も言わないで!」と言うような顔をしました。




「君が橘派だって、多分みんな知ってるよ。」「残念だね。」そう言って男子二人はニッコリ笑っていました。

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