第40話 短話 ウガヤフキアエズ王朝と土蜘蛛

私は黒崎宣孝くろさきのぶたか。利律子さんと利律子さんのお母様、霊山寺の吉田住職を車に乗せ、皆で府内城から関門海峡へ行く途中だ。




早々に利律子さんとそのお母様は、うとうとと眠り始めた。先週の今週だ。疲れているのだろうな。




道路沿いの歩道には、お神輿を担いだ子供たちが大勢列をなして進んでいた。




柳が不思議そうに言う。


「なんだか、随分神輿の後に続く人数が多くないか?結構田舎な場所だと思うけど。」




富田が続ける。


「本当。町の中心から離れた場所なのに、随分大掛かりな立派なお祭りですね。」






吉田住職が答える。


「あれは、柞原八幡宮ゆすはらはちまんぐうの浜の市のお祭りです。」




柳がまた、不思議そうに尋ねた。


「柞原八幡宮ゆすはらはちまんぐうとは、そんなに有名な神社なんですか?」




榛葉が話し出す。


「宇佐神宮の分霊地で、昔は国司や武家から崇敬された由緒ある神社らしいですよ。」




榛葉が話そうとすると同時に、霊山寺の吉野住職も話し出そうとした。榛葉は口を窄めると、吉野住職に頭を下げながらジェスチャーで譲った。




「この県では、結構マイナーなお祭りなんやわ。町一帯で、大人数で神輿を担いで普段は柞原八幡宮にいる神様を、火王宮ひのうぐうと呼ばれる柞原八幡宮仮宮に移し、約2週間が過ぎると、また柞原八幡宮に神様をお戻ししてます。起源はとても古く、837年に光を放つ火石が海中より出現し、この時、金亀和尚の夢に現れた武内宿禰(善神王)より『この火石を御神体とすべし』とお告げがあって、火王大権現(底度久御魂)として祭祀することになったと伝承があります。ここは生石いくし大明神も祀られています。ご神体は畳何枚分もある岩盤で、傷を付ければ赤い水が噴き出し、悪戯をすれば祟りがある、と畏れられていたんやけど、大正初期に駅が開通するためご神体は爆破され、現在では、違う石が依り代よりしろとなっているんやわ。」




榛葉は、自分と同じように詳しく話す人の存在に、嬉しそうに言う。


「吉野住職様、流石です!私が補足する事は何もないです!」




大きく深呼吸すると、榛葉は話し続けた。


「ですが、霊山寺の十一面観音像に関しては、非常に興味を注がれます。霊山寺のふもとに住んでいた、豪族の夢の中に僧侶が現れて、早く山に登って観音像を礼拝する精舎を建立しなさい。とお告げがあり、その豪族は山に登り観音像を探しましたが、日が暮れたので大きな岩の下で夜を明かそうとすると、目の前に光が現れ、その光る場所の青苔せいたいを除き、落ち葉を払うと、約1.8メートル程の十一面観音像が姿を現したとか。物凄いファンタジーな伝承なんですよね!」




「榛葉さんと言いましたか。大変お詳しいんやねぇ。私と気が合うかもしれんなぁ。」と吉野住職は感心していた。




「でしたら、上記ウエツフミという豊国文字で書かれた古文書が現代語訳されているのはもう読んだんかえ?」と吉野住職は榛葉に尋ねる。




榛葉は嬉しそうに答える。


「上記ウエツフミの現代語訳は取り寄せて拝読しました!土蜘蛛征伐の話は、霊山寺の門にある土蜘合戦と共通するところがあり、興味を惹かれます。しかし!こんな凄いファンタジーな話なのに、あまり有名ではないんですよね。どうしてだろう!勿体ないな!そう思いませんか?吉野住職様!」




榛葉が興奮して話していると、とても感慨深そうに、吉野住職は答えた。


「十一面観音像は、上記ウエツフミの時代の高貴なお方が導いて下さったものではないかと思っているんですが、こればかりは空想の域を超えることは出来んわなぁ。」




総宮が話始める。


「ウガヤフキアエズ王朝は大分に実在したという説も、かなり信ぴょう性が高いように思います。古代文字が沢山発見されているのはこの大分ですからね。」




そう言うと、吉野住職様は、ふふふと笑って、


「それは橘さん自身が一番よくご存知やないんかえ?」


そういって橘さんの方をポンポンと軽く叩いた。




総宮が続けて話す。




「昔、縄文時代と言う時期に、人々が手と手を取り合い、食べ物などを皆で分け与え合い、争いごとも無く平和に暮らしていました。その場所が、ウガヤフキアエズ王朝です。向津の姫はここ大分にいましたから。」




そう話すと、総宮は窓際に肘をつき、口元を手で覆軽く覆うような仕草をしつつ、




「大陸から来た民族が、その平和をぶち壊したんですよ。罪のない縄文人を大量に殺し、土蜘蛛族と呼んで貶めたんです。古事記や日本書紀などで国造りをしたと記録されている者たちは、皆大陸から来た者たちです。」






富田が不思議そうに尋ねた。


「橘さんも皆さんも、歴史はお詳しいんですね。私も勉強しないと。」




そう言うと、総宮がさらりと答えた。




「いや。私の場合は実際に経験したことです。」






周りがしーんとした。富田はピタッと固まり目が点になっていた。何と答えていいかわからないようだった。最初は皆、こういった反応をする。




「富田さん、説明まだでしたよね。今度私がきちんと説明します。」柳がさっとフォローした。富田はまだ目が点になっていた。柳の言葉に、ただ何度か頷いていた。




この場の空気を察した吉野住職は、はっと思い出したように、




「そういえば榛葉さん、タルタリアについて話していたわなぁ。」




榛葉は一段と嬉しそうに吉野住職を見た。「はい!タルタリアがどうされたんですか?」


そう聞くと、榛葉は相変わらず前のめりに吉野住職の方を見る。




「長崎の同期の住職に聞いた話があるんやわ。タルタリア文明については諸説あるようなんやけど、タルタリア国を日本が崇拝していたのではなく、タルタリア国が、日本を崇拝していたと言われているんやわ。竜の伝説や、神と通じる事が出来る神社仏閣をタルタリアは崇拝していたとか。」




榛葉は「えええ!」と驚きを隠せない様だった。




「イギリス勢が日本を完全配下に置こうとしたときに、唯一反対して阻止していたのがロシアのニコライ二世だったそうで、イギリスに取られるくらいなら日本を配下に置こうとしたのが日露戦争の本当の理由だとか何とか。」




吉野住職は続けた。




「ロマノフ王朝が滅ぼされたのも、日本を支配するのを許したくない勢力が動いたんじゃないかとも言ってたわなぁ。なんでも、ニコライ2世と只ならぬ間柄になった女性は外国人向け保養所、今でいうホテルを経営していて、そのニコライ2世との子供の、その曾孫が、今度遼習院の中学に入るそうやわ。」




榛葉が尋ねた。「道永エイの血縁ですか?」




「そうらしいで。道永エイの血を引いた一族は、今では東京でホテル王って呼ばれているらしいですわ。道永ホールディングスってなってるみたいやわ。」




「利律子さんと同級生か。有名な旧家出身の子ばかりなんて、面白そうだな。」




榛葉は目を輝かせて、羨ましがっていた。

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