第25話 覚醒のためのビジョンと天野浮舟

 水織圭吾さんは帰宅された。東京に行くまでに一度利律子さんが住むビルを訪れたいとの言葉があり、ある程度のご理解は頂けたようだ。ビルの資料と手土産をお渡しし、丁重にお見送りをした。


 ビルの資料には、住居の間取図とショッピングモールのテナントや映画館、図書館、書店、レストラン、スポーツジム、プール、ヘリポートの下は最上階のルーフバルコニーなど、まるで分譲マンションのパンフレットのような内容で、きっと喜んでいただけるだろう。




 もし全く受け入れられない様だったら、利律子さんが外国勢に襲撃されたことを演出し、危険があるのでこちらで預かると話を勧める予定だったが、そんな手荒なことはしなくてもこちらの誠意を理解して頂けたようだ。




 黒崎がやけにニコニコしながら私を見ている。


「総宮そうぐう、利律子さんの御父上からの理解も得られました。東京に戻る前に、利律子さんに会っていかれますか?」


「そうだな。水織家に連絡を入れてもらえるか?」黒崎に指示を出す。




 基子さまが私の方に歩み寄ってこられた。私は立ち上がり、頭を下げる。


「基子さま。最初の段階は全てクリアできました。おそらくこのまま問題無く、利律子さんを遼習院大学の中等部に入学させることが叶いそうです。全ては基子さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。」




基子さまは微笑まれた。




「志津子がSNSに載せてくれたおかげですわなぁ・・。橘さん、これから忙しくなりますなぁ。私はこの年ですから、利律子ちゃんの成長をどれくらいまで見ることが出来ますやろか。これからの段取りは、どうなっておりますのん?」そう言って私のすぐ傍の椅子に座られた。




「はい。年内は特にございませんが、年明け早々に水織家の皆様には一度東京に来ていただきます。そして神事に必要な着物などの採寸や制服などの準備、宮内庁と神社本庁に挨拶、そして住居の家具などを決めて頂きます。童女さかつこになるために、来年11月の大嘗祭までの流れを理解していただきます。入学式までは、このような感じでしょうか。」




基子さまは頷くと、言葉を続けられる。


「春の神道界の斎王祭には利律子ちゃんを推すのですやろ?周囲への根回しは考えておりますのん?自分の娘を斎王にと息巻いていた家が幾つかありましたやろ。今度の候補者は我の強い娘がおりますえ。利律子ちゃんが苦労しないようにしませんとなぁ。」




 私は頭を抱えたくなった。旧家には我の強い者が沢山いる。田舎から出てきた一般人の利律子さんを表に推せば、良く思うわけがない。家柄だの身分がだの、飾りを付けないと不安な者たちの揉め事になど、利律子さんを巻き込むわけにはいかない。偽物どもがよく言うものだ。




基子さまは怪訝そうに私を見て、「頼みますえ。今迄歴史の中で、散々奪われてきた希望なのですから。」




 そう、今迄、自分たちの立場や傲慢な理想を守るために、あのお方の生まれ変わりを陰謀に巻き込み、どれだけ酷い思いをさせられて死んでいったことか。もう二度と同じような事はさせない。そのために、我々橘流陰陽道古神道と八咫烏は手を組み、何代も前から協力し、今の時代の体制を築いてきたのだ。


「基子さま、ありがとうございます。しっかりと根回しをいたします。」








 私たちは泉八家を後にし、水織家に向かった。玄関先で良いので挨拶をさせていただく事になった。家の前にご家族皆さんで挨拶に来てくれた。私は藤原と車を降り、歩み寄っていく。藤原が話し始めた。


「利律子さんのお父様。先程はありがとうございました。利律子さんのお母様、お話はもう聞かれましたでしょうか。」




 利律子さんのお母様は少し引きつった笑顔で頷かれた。そして、利律子さんのお父様が言う。


「藤原さん、橘さん、私たちはこちらに残ります。春から利律子が一人で東京に行きますので、どうかよろしくお願いいたします。」




 私は深々と頭を下げ、「承知いたしました。これを是非皆様でお食べ下さい。」と言い、手土産を利律子さんのお母様に渡した。利律子さんのお母様はとても申し訳なさそうに、「主人も頂きましたのに、すいません。ありがとうございます。」と言って受け取られた。そして利律子さんを見た。目が合うと、




「私、一生懸命頑張りますからよろしくお願いします。」そう言って利律子さんが頭を下げる。再びこちらを向いた時、にっこりとほほ笑んでいた。私は利律子さんに話しかけた。


「利律子さん、必要以上に頑張らなくていいんですよ。入学するまでの間はリラックスして、お父様やお母様やお姉さまとのんびり過ごしてください。私たちは利律子さんが一番良い状態でいられるように、最善を尽くします。」




「はい。」と言って頷く様子がとても愛らしかった。




「では今後のスケジュールは後ほどお送りしますので、何かございましたらすぐにご連絡を頂けますでしょうか。どんな些細な事でも構いませんので、気になることなどはおっしゃってください。こちらからも定期的にご連絡します。」




 そうご両親に話をし、挨拶を済ませて私たちは空港へと向かった。










 数時間後、私は東京の自宅にいた。3年。あと3年でApocalipsまでたどり着かないと間に合わない。私は利律子さんに、昔のあのお方から見せられたビジョンを送ろうと思う。


 家族の理解は得られた。早く覚醒が始まれば、あのお方が殺される瞬間までを見なくても大いなる力が開花するだろう。まだ12歳・・・。だが、私はあの子の記憶に新たな記憶を送り込む。




 あのお方はaApocalipsを「レダ」と呼んでいた。レダとの出会いを私が尋ねた時、あのお方は私の両手を自分の両手で包み、私と額と額を合わせ、解説とともに、その時のビジョンを見せてくれた。












あの方が、私に話しかける。




「隼日様、どんなふうにレダを見つけたかを知りたいのですか?レダとの巡り逢わせは言葉では言い尽くせないので、実際に見たほうが良いと思います。手を貸してください。両手を。そして、私のおでこに貴方のおでこを付けてください。」




私はあの時、目を閉じて両手を差し出した。すると、あのお方の両手が私の手を包み、額が付けられた瞬間にまるで現代の鮮明な映画を見るような、光り輝く竹藪の景色が見えた。






 空に強い光が現れ、大きな流れ星が地上に落ちようとしていた。すると、ブオン。と小さな音がした。そして神獣鏡が空に向けられ、その流れ星の勢いを止めているかのように、強い光は竹林の方に落ちていった。




 昼間だが竹藪は竹が日光を遮るので、少し暗くなる。その薄暗い竹藪の中で、一所だけ光っている場所があった。その光は磁力線のように一つの所から光が淡い虹色に広がっていた。そしてとても不思議な、銅を細い棒でなぞる様な繊細な音がしていた。


 神獣鏡を左手で回し、あのお方がその光に近付いていく。神獣鏡からは透明の圧力が低い鈍い音を立てて放たれていた。光の近くまで行くと、あのお方は神獣鏡を袖に入れ、その光に近づいていく。そして座り込み、何かを抱き上げた。




 まるで薄青く光る玉虫のような、虹のような、何とも言えない色合いの輝く肌。子供のようだが、口元や手の指先は少し鋭かった。そう、それは人間ではなく、猫や犬などの動物でもなかった。よく見ると、魚が海から引き揚げられた時の輝きに似た、艶のある青さだった。しかしその青さは虹色のような色合いで色を変えていく。




 あのお方がその生き物を抱きしめたまま歩き出すと、竹の葉や木の葉がさらさらと音を立てた。そうすると、その小さな生き物は葉に手を伸ばし、摘み取って口に運んだ。


 あのお方はもっと柔らかそうな葉を幾つか摘み、それに近付ける。そうすると、その生き物は葉を食べていた。目は青かった。それも少しづつ色を変えていく。しかし全てが光を帯びていた。そしてあのお方の腕の中で、うっとりとした目であのお方を見上げていた。


 その時である。今迄見たことの無い大きな丸い光が上空に浮かんでいた。あのお方がその小さな生き物に話しかけた。




「貴方はあそこから来たの?」そう聞くとその生き物は、小さな猫のような鳴き声で返事をした。


「戻らなくていいの?」そう聞くと、その生き物は空の光を見ずに、とてもうっとりした目で静かにあのお方を見つめていた。




「何という美しさでしょう・・・。何という可愛らしさでしょう・・・。」そう言って大切そうにその生き物を抱きしめる。




空にある大きな光は、まるでその様子を見ているかのように少しの間宙に浮かんでいたが、一瞬大きな光を放つと、物凄い速さで遠くへと移動していった。






 時は移り、その生き物が大きく成長している。体は人間と似ているが、しかし少し違っていた。青い光を放つ肌、青い目、髪も青かった。あのお方のことをその生き物は「お母様」と呼び、そのお方はその生き物を「レダ」と呼んでいた。


「お母様。私もお母様のような姿になりたい。一度だけ試してみても良いでしょうか。」申し訳無さそうにレダが尋ねると、あのお方は答える。




「愛しい私のレダ。そう望むなら、試してみましょう。」




 そう言って、二人は両手の手のひらを合わせ、額を寄せ、目を閉じた。その瞬間、二人は強い光に包まれた。そして、お互いの見た目が入れ替わったかのようになった。その瞬間、あのお方は肌に鱗がある竜のような姿に変わる。首は長く、手も足も長い。元の面影は着物だけだった。


 そしてレダは、青白い肌、青い目、青とも黒とも言えないような髪の色、顔の形はあのお方そっくりになった。柔らかな光をまとってこの世の者とは思えない美しさだった。




 その時だ、誰かが部屋に駆け寄り、大きく驚きの声を上げた。




「ああっ!!向津の巫女様むかつのみこさま!!なんというお姿になられたのか!!レダ!向津の巫女様に何をした!!だからあれほど心配したのに!!」




 その慌てた声を聴いて、あのお方は答える。「心配しないで。この姿は3日間だけです。その後、またお互いを同調させれば、私は元に戻り、レダはこの先ずっと私と同じような姿になれるの。」




 そして3日後、二人はまた両手の手の平を合わせ、額を寄せ、目を閉じた。あのお方は元の姿に戻ったが、うっすらとした輝きが体に残ってしまったようだ。あのお方の声が、今迄よりも数倍に、響き渡るように、何かの周波数のように透き通って神秘的になった。


 そして、レダは、青白い肌の人間のような姿になった。




「お母様。私は普段はこの姿で過ごすことが出来ます。でももし、お母様が必要とするならば、私は何時でも竜のようにも鳥のようにもなります。」




そう言うとあのお方は答えた。「ありがとう。」




 あのお方はレダの両頬を両手で包み、「貴方は私。私はあなた。あなたの願いを叶えるのが私の幸せよ。そして、全ての民の幸せが、私の幸せなのよ。」そうあのお方が言うと、レダも、側にいる者達も、とてつもない安らぎのようなものを感じている表情になった。




「お母様。お母様の側は、なんと美しいのでしょう。私を娘のように育て、私の願いを聞いて下さる・・。本当に美しい場所とは、このように誰かに大切にされる場所のことを言うのですね。」




 そう言うと、レダは上を見上げ、右手を上に向けた。その指先から光が放たれる。そうすると、外からだんだん低い重い音が響いてきた。そして光が差してきた。私たちは外に出た。空の上には、あのお方が見つけた時の、大きな光がとてつもない速さで近付いてきた。それはゆっくりと回りながら地面に到着する。光の扉が開き、光と共に人のような者が沢山降りて来た。




 その「人のような者」の姿がはっきり見えてくると、それはレダの以前の姿と同じ姿に似ていた。それがレダに手をかざし、その後ゆっくりとあのお方の方を向く。




「向津の巫女むかつのみこ・・・。私たちの大切な子供を、このように幸せにしてくれてありがとう。全ての世界の中で初めて、私たちとあなた達が同調し、このような美しい姿を手に入れることが出来た。これは全世界の存在が望んだことである。しかし、今までは全く同じ姿になる事は出来なかった。この子でそれが成し遂げられるとは・・・。私達ドメインの者は、あなた達を守り、保護し、私たちの技術を与え、その繁栄に協力しようと思う。あなた方の世界で命を脅かすような災害や災いがあれば、あなた方を必ず助けましょう。これは私の子が生き続ける限り、この世界が続く限り続く、永遠の誓いである。」




 そう言うと、人が数人乗れるような大きな器の乗り物が現れ、


「これは自由に遠くを行き来できる乗り物です。この部分を両手で持ち、行きたいところを思い描いていると、その場所に辿り着けるでしょう。」


そう言ってそれを私たちの前に移動させた。




 それをあのお方は、そう、向津の巫女むかつのみこはこう名付けた。「天に浮かぶ船のようだから、天野浮舟あまのうきふねと呼びましょう。」








 天野浮舟。それは、我々と我々の国にだけ許された乗り物だった。








 利律子さん、あなたはその昔、向津の巫女むかつのみこと呼ばれていた。


 この世の穢れを全て川へと流し、海へと開放し、美しく清めることが出来る、神道の大祓詞おおはらえのことばに登場する、偉大な祭祀だった。その慈しみ深さは、この国にとどまらず、この星も、宇宙も、全てを包んでいた。


 向津の巫女むかつのみこがこの世を去るまでは・・・。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る