第26話 悲劇のはじまりはいつだったか
利津子さんへのビジョンの投げかけは終わった。これから少しずつ、あのお方であった頃の記憶が蘇っていくだろう。
私はまた他の記憶を遡る。いつからだっただろう。大きな悲劇の始まりは。
向津の
その時代の日本では争い事は無く皆が穏やかに暮らしていたために、守人も向津の巫女も、存在が知られてしまう事に何の警戒心も持たなかった。
私はその時代に大祭司として巫女に支えていたが、私もそれまでは、存在を知られただけで命を狙われるという状況になる事を全く予想出来なかった。
それ程、昔の日本、縄文時代と呼ばれるはるか昔は、平和で皆が人々を労り、手と手を取り合い、穏やかに暮らせていたのだった。
そんな穏やかな日が続いていたある日、大陸から渡って来たヤマト族と呼ばれる者達が、向津の巫女と巫女が育てたレダに興味を持ち、お目通りを願うようになった。
「隼日様、またヤマトの者が遣いをよこしたようです。いかが致しましょうか。」
私は首を傾げた。普通は悟らないか?
「随分としつこいな。何度か断ればこちらがよく思っていない事を悟りそうなものだが。私が対応しよう。」
私はヤマトと呼ばれる者達の遣いの者に会いに向かった。遣いの者と聞いていたが、それはヤマトの人々を纏めている代表者の一人だった。名前を、イザナギと名乗り、私に挨拶をする。
「木々の緑が生い茂る季節となりました。寒い冬が終わろうとして山の雪が大地を潤そうす季節の頃から、向津の
今か今かと、イザナギは目を輝かせながら話す。
「イザナギ様。大変恐れ多い事ですが、向津の
私は丁寧に断り文句で対応した。
「では、いつでしたら本当にお目通りが叶うのでしょう。まさか、このままお目通りは叶わないという事はございませんでしょう。せめて向津の
ますます食い下がってくるが、お断りだ。渡来人にあのお方を簡単に合わせる訳にはいかない。
イザナギがあのお方とレダに合う事が出来るのは、まだまだ先の話になる。
このイザナギが、あのお方と私を陥れ、永遠と思えるような長い歳月、離れ離れにならなければならない原因となった張本人だった。
私は、かなり後の時代にイザナミと戦う事になり、一旦敗れ、命を落としたかに見えたが、数週間後、再び息を吹き返した。
私が動けない間に、イザナギは向津の
そして私たちの国を襲撃して大きな戦を起こし、負けてしまった私たちの民を土蜘蛛族と呼んで辱め、皆殺しにし、私たちの国を滅ぼした。それはあっという間の間だった。
その後、イザナミに不幸が起こり、彼女は苦しんで命を落とすことになった。黄泉の国からよみがえろうとしても、その姿は元の美しい姿に戻ることは無かった。
イザナギはこれを不吉とし、奪った私たちの国を捨て、北進し、ヤマト王朝を作り上げた。
あのお方の体はイザナミに八つ裂きにされ、体の各部位を、私たちの住む国から離れた場所にバラバラに捨てられてしまった。私はレダと一緒に、あのお方の体を探した。私とレダがどんな思いであのお方の体を集め、元の一つの姿に戻し、その亡骸を埋葬したか。
私は息を吹き返したのに、あのお方は息を吹き返す事は無かった。私だけ息を吹き返したことを、どれ程呪ったことか。
私はその後、レダの親代わりとなり、レダを支えていくことになった。
あのお方の体を全て一つにした後、あのお方の霊魂が私に話しかけてくれた。必ず後の世で会うことが出来ると。
私はその時にあのお方に言われて初めて、自分が不死の体であることを知ったのだった。
不死の体など、嬉しくも無かった。私の唯一の希望は、後の世で必ず会うことが出来るという言葉だった。最後のあのお方の言葉が蘇っていく。
「また私がこの姿で生まれてきた時には、立場や仕来しきたりなどに縛られる事無く、隼日様の側に•••。」
その後からは、不幸ごとばかりが続いた。
それから何百年か後、レダはヤマト王朝の帝ミカドに見初められていた。母を亡き者にした憎いイザナミの一族など以ての外、と思っていたレダは何度も文を交わすことで、帝ミカドの優しさ、懐の深さに次第に心を開いていった。
しかし、それと時期を同じくして、人間と同調して人の姿を手に入れたことが故郷ドメインと相反する反帝国に知られた。
このことを危険と判断したドメインの帝王に連れ戻されるはずだったが、反帝国の策略により、この国から遠く離れたブルガリアに閉じ込められてしまった。向津の巫女が居ない時代に、反帝国に立ち向かうことが出来るものなど、この国には存在しなかった。
イザナギさえ現れなければ。イザナミに殺されることも無かった。イザナギさえ近付いて来なければ・・・。
いや、違う。平和過ぎた毎日の生活の中で、ほんの僅かの危機意識すらも持てなかった私にも、落ち度はあるのだ。危険に対して無知であることの危うさ、愚かさに気が付けなかった私自身に。
私は利律子さんの写真を見ながら、二度と同じ過ちを犯すまいと心に誓った。
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