第24話 お父さんの驚き

私は水織圭吾みずおりけいご。利律子の父親です。




 2学期が始まったころの週末、私は利律子の進学について提案してきた、よくわからない人達に会うために妻の咲子の幼馴染の家に向かった。家族みんなで来てくださいと言われたが、今日は私だけにした。




 どうも利律子を遼習院大学付属に推薦したいという話らしい。利津子自身はぜひ行きたいと言うし、出来るだけ利津子の意志を尊重してあげたいが、やはり可愛い娘を親元を離れて遠い東京に送り出す決心は出来ていない。




 そもそも、推薦の話自体がおかしな話だった。そんなことを学校側から言って来てもらえるほど、利律子の成績は良くない。普通より少し良い位だ。そんな利律子を推薦するなんてどういうことなんだ。こちらからは望んだ覚えも無い。




 利律子の霊感が強いことで推薦したいだの何だのと言っているようだが、そんなことで推薦するなんて理解できない。古神道?うちは神道の家系でもない。




 不思議な話が好きな人達で勝手に盛り上がってくれるのは良いが、なぜ私の家族が離れ離れになるような話にまで進んでしまうんだ。新手の変な宗教の勧誘じゃないのか。冗談はよしてほしいものだ。




 さあ、泉八家に着いた。得体が知れない場合は、きっぱりと断らせてもらって、出来れば二度と利律子に関わらないでほしいと言うつもりだ。








 泉八家の門の入り口には、4人のスーツを着た男性が並んでいた。私が車を駐車場に置き、玄関に向かうと、門の前のスーツを着た4人が私に頭を下げる。私は軽く頭を下げて、玄関の中に入って行った。




 玄関では泉八基子さんと奈美さんが出迎えてくれた。




「お休みの日にご足労をおかけして申し訳ないですねぇ。」と奈美さんが言う。




「いえいえ。妻の大切な友人の話ですから、きちんと聞かないとね。お邪魔します。この前と同じリビングですか。」そう言うと、




「そうどすえ。遼習院大学の学長と橘さんがお待ちですわ。こちらにおいでください。」




基子さんにそう言われ、リビングへと向かった。




 


 リビングのテーブルにはスーツを着た男性が3人、立ち上がってこちらを見ている。一番奥の男性の前には黒い漆塗りの箱が置いてあった。この人たちが学校関係者だろうか。私は中央の椅子に案内された。




「利津子さんのお父様、初めまして。私は遼習院大学付属遼習院中等部の校長の藤原と申します。今日はお時間を下さり、ありがとうございます。」




そう言って名刺を差し出した。とても丁寧な様子に、こちらも丁寧に挨拶をする。




「利津子の父の、水織圭吾です。妻から大体の話は聞いておりますが、改めてお話を聞かせていただけますか。中等部についてはウェブサイトを拝見しましたので、省略してください。どうして利津子を推薦枠で進学させ、住むところまで準備すると仰るのか、詳しく話して頂きたいのですが。」




「承知いたしました。では、まずはお座りください。奥様からお話をお聞きになっているということで・・・。」




藤原さんはニッコリとしながら話し始めた。




「わが国では、天皇陛下を神道の最高祭祀とし、国家の安泰、国民の幸せと世界の平和を天照大御神に願う神事かみごとを重んじ、建国の時代より神事は続けられてきました。」




私は真剣に話を聞いていた。




「表向きはですね。」とにっこりとしながら藤原さんが話を止めた。




「しかし実際は、建国の時代から天皇陛下だけが神事をするのではなく、神事をするのにふさわしい能力を持った人間が、集結して神事を行っていました。」




「昔は、神事をするのにふさわしい能力を持った人間が、この国にはたくさんいました。しかしそれは間接的に減らされてきています。明治以降は欧米の日本統治への介入により、特にひどい有様です。」




「利津子さんは単に霊感があるというわけではありません。先の大戦から数千年前の事柄まで、公に知らされていない事柄を的確に見通していると確信をしております。」




「先日、お母様と利津子さんから、神獣鏡の事を聞かれませんでしたか?」




 利津子が片手で回したら異様な圧力が起こり、窓ガラスにひびが入ったという話は、咲子や利津子から聞いていた。




「神獣鏡は、普通の人には近づくことすらできません。ですから、基子様や奈美様から離れた場所に置き、利津子さんにだけ見ていただきました。近付くことすらできない場合は、特別な能力はないと判断していました。しかし、利津子さんは何の問題もなく触れることが出来ました。今まで能力が高いと思われる生徒が近付いただけで体調を崩し、近寄る事すらできなかったのに、です。」




「我々は、利津子さんは大変神事をするための能力が高いと考えています。国家にとって、大変重要な存在です。」




 おいおい、話が進んでいく気がするぞ。




「しかし、そんな神事の国家レベルの話なんて、私たち一般人には関係のない話のように思いますが。実際に、そんなこと簡単に信用しろと言われても無理ですよ。しかも、巷では変な宗教のトラブルが多いですから、心配でとても娘を任せると言えないというのが本音です。」




 私がそう言うと、もう一人の男性がこちらを見て話し始めた。




「利津子さんのお父様、私は橘流陰陽道古神道の総宮を務めております、橘隼日たちばなはやひと申します。発言をお許し願いたいのですが・・。」




 随分と端正な顔立ちをした橘という人が、とても丁寧な物腰で切り出してきたので、思わず




「あ。はい、どうぞ。」と答えてしまった。






「今まで全く関わりの無かった非日常的な話ばかりだと思いますので、疑いたくなるのも当然だと思います。もし、巷にあるような怪しい宗教関係だとすれば、金銭を要求したり、何かを購入させたり、その行動は一目瞭然ではないかと思います。」




そう言うと、橘と言う人は、私に資料を渡した。「こちらをご覧ください。」




「こちらは橘流陰陽道古神道が所有するビルです。代々私の一族が所有する土地にあります。こちらの高層階の一室を、利津子さんの住居とするために改装します。ご家族の方がいついらっしゃっても良い様に、ご家族用にもう一部屋ファミリータイプの部屋を確保しておきます。食事や家事、健康管理などを行う世話係は4人付けます。このビルの低層階はテナントオフィスになっていますが、この低層階を大型ショッピングモールと映画館に改装し、利津子さんが必要なものは全てビルの中で解決できるようにします。」




 そう言って見せられたビルは、四隅が曲線となっていて都会風のガラス張りの大きなビルだった。この最上階に利律子が住む?利律子のためにテナントを追い出してショッピングモールにするだと?この人は何を言っているんだ。




 私は完全に動揺した。




「ちょっと待ってください。利律子のためにこのビルを改装するんですか?ちょっと・・・ありえないな。」




「はい。そうです。このビルには我々の拠点も移します。どんな場合にもすぐに対応できる体制を整えさせて頂きます。黒崎、あれを。」




橘さんがそう言うと、彼の隣にいる西欧風の顔立ちの男性が、漆塗りの箱を私の横に置き、蓋を開け、説明を始める。




「こちらは宮内庁からの書簡と、神社本庁からの書簡です。来年の大嘗祭の造酒童女さかつこを務めて頂きたいと書かれてあります。」




「造酒童女さかつこ?それはいったい何ですか?」




黒崎と言う人がゆっくりと話し始める。




「大嘗祭までの準備の一環として、造酒童女さかつこが最初に稲の抜穂を行います。抜穂の次には大嘗宮のための材木も、造酒童女さかつこが山に入って、最初に斎斧いみおのを取り、初めて木を伐ります。大嘗宮のための草かやをまず刈り、酒造りのための「斎場御井みい」を掘る際にも、造酒童女さかつこが斎鋤で最初の一堀をし、、黒酒くろき、白酒しろきのための米を臼で舂つくのも、造酒童女さかつこが最初の一振りをし、朝堂院ちょうどういんの四角および門に榊を立てるのも、全て一番最初は造酒童女さかつこが行います。造酒童女さかつこは大嘗祭において、大変重要な存在です。」




 私は驚いて声が出なかった。筆書きの巻物のような書面を開いて文字を追っていくと、大きな朱印をおされ、確かにそう書いてある。


 今年の初めに陛下がお亡くなりになった。しかし、宮内庁が関係する催事に関わる子供など、旧華族かそれに近いところからお呼びがかかるのではないのか?それを利律子にさせるのか・・。




「私も公務員のはしくれだ。こんな大それた所からの要請に逆らえるわけがない。娘を、利律子をどうするつもりですか?」




橘さんがニッコリとほほ笑みながら答える。




「利津子さんには、普通の学校生活を送っていただきながら、神道を学んで頂きます。その類稀な能力を、人類と祖国に奉仕する為に育てて頂きたいと思っております。衣食住に関しては、ご両親様に一切の負担を強いませんし、不自由もさせません。利律子さんに会うための交通費は全てこちらが持ちます。いついらっしゃっても良いように、ご家族様の為のファミリータイプの部屋も準備します。もし東京に移住されるのでしたら、住居費、引っ越しの費用は全てこちらが持ちます。」






 私は文句の言いようがない対応に呆れて、やはり言葉が出なかった。

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