第20話 橘視点 再会

 神獣鏡しんじゅうきょう。今回は子供が触っても大丈夫なほどの小さなものを持って行くとしよう。古神道祭祀となる者には、もう少し大きい鏡が与えられる。




 神道に通じていて神事を行っている者ならば、圧力を感じるだけだが、普通の一般人が近付くと、体調を悪くする程の強い力を持っている。




 島根にある古からの大社では、何人もの守人が体調を崩し、死んでしまったからこそ、ご神体として管理するのを断念し、遠く伊勢の地にまで送り、地下で保管している。




 本当の神獣鏡しんじゅうきょうを素手で触って扱えたのは、今も昔も、唯一、あのお方だけだ。




 私は、今日初めて会う少女が、どんな反応を示すのか、とても興味があった。そしてあのお方によく似ている少女に会うことに、とても緊張していた。




「黒崎、柳、今日は皆に、そして基子様や他の方々に、この鏡を必ず持たせてくれ。」




 恐らく、あの少女が神獣鏡しんじゅうきょうに触れば、何か反応があるだろう。今まで候補者に会う時には、3人程の総氏を連れていたが、同席される方々に何かあってはならないため、今回は大勢を連れて赴いた。




 神獣鏡しんじゅうきょうの圧力を跳ね返すことが出来る鏡をあらかじめ皆常備しておくのは必須だ。これで倒れる者は出ないだろう。




 今日は、私はいつもと違うベージュ色のスーツを着て出向くことにした。紺や黒のスーツは重苦しく感じるかもしれない。話しかけなければならないので、少しでも重苦しい雰囲気を軽くできたらと思ったからだった。








 私は泉八邸に伺った。私以外には総氏が12名、お邪魔することになる。玄関まで迎えて下さる基子様、志都子様、奈美様、こちらの家長の久幸様に、私は片膝をつき、左手を胸に当て、最大限の挨拶をする。


 


 この国が建国してからの長きに渡り、敵対してきた私を快く受け入れ、その深い溝を顧みず、友好関係を築いて下さった現当主の皆様には、最大限の敬意を示させて頂きたい。




 しかし、初めてそれを見て、奈美様は驚いたようで、




「どうかお顔をお上げください。」と言って慌てていた。基子様、志都子様、久幸様は特に動じる事も無く、




「今日もまた、威勢がいいことですなぁ。お上がりください。」と静かに微笑んで案内してくださる。




「なんや橘さん、今日はえらいめかしこんでいらっしゃりますなぁ。」と、基子様は笑いながら言う。私は「いえ、基子様にお会いする場合は、身嗜みは最大限に注意を払っております。」とお答えする。




「基子様、今日は神獣鏡がございます。体調に触ってはいけませんので、基子様をはじめとした皆様に、この鏡を持って頂きたいと思います。そして、私は一番基子様から離れた所に座ります。神獣鏡しんじゅうきょうは小さなサイズですが、守人は何人も体調を崩したことがございますので。」




そう言うと私は柳に指示をし、鏡を配らせた。




「一番最後に黒崎が入ってまいります。その黒崎が、神獣鏡しんじゅうきょうを運んできます。」




「なかなか無い機会ですわ。拝見させて頂きますえ。」基子様はテーブル側に座られた。




 皆が席に着いた頃、黒崎が胸元より上に桐箱を掲げ、リビングに入って来た。皆がその箱に注目する。真っすぐと私の方に箱を持ってきた。私は立ち上がる。黒崎は一礼をし、頭の上に箱を掲げた。私はそれを受け取り、机の上で方向を正し、またソファーに座る。黒崎は私の隣に座った。








 車が到着した。玄関から、白木が小走りでやって来る。「水織様、いらっしゃいました。」




「ああ、利津子ちゃん、来たのね。」そう言って、奈美様と基子様と志都子様が玄関に向かう。




 皆が私の方を見た。




「もし、利津子さんが神獣鏡しんじゅうきょうに触った場合は、その後、特に反応が無くても、其々の方々をお守りするように。」




「はい!」と皆が返事をする。




 利津子ちゃんが入って来るのを待っていると、黒崎が、


「総宮、いよいよですな。」と言って微笑んでいた。今日はやけに私の方を見ていないかと思いつつも、




「そうだな。」と返答しておく。




 遼習院大学の学長である藤原が挨拶をし、話を進めていく。初めから、利津子さんのお母様は難色を示していることが伺い知れた。




 まだ12歳だ。心配なのは重々承知であった。こちらは、その心配を全て取り除くために、全力を尽くさせて頂くつもりだ。利津子さんをこの世に遣わせて下さったご家族に、最大限の敬意を示さなくてはならない。




 一通りの話が一段落した頃に、私は利津子さんに話しかけた。神獣鏡しんじゅうきょうの反応を見なければいけないからだ。そうすると少し汗ばんできたように思う。




 私ともあろう者が、緊張しているのか。今日は黒崎がこちらを見ている回数が多いように思うが、それは神獣鏡しんじゅうきょうがあるせいだろう。




「利津子さん。」そう言って、利津子さんに話を始めた。




「私は橘と申します。今日はとても珍しい鏡を持って来ました。見てみますか?」そう言って桐箱の蓋を開けて神獣鏡しんじゅうきょうを見せた。




 利津子さんは、「はい。見てみたいです。」と言って小走りで私の側に来た。私はふと思い出す。あのお方も、重い着物を着て、よく小走りで私に話しかけに来ていたものだった。




「これは神獣鏡しんじゅうきょうと言って、とても古い鏡なんです。触ってみますか?」そう言って、桐箱の中に入れられた神獣鏡しんじゅうきょうを見せた。真ん中に丸い紐遠しがあり、赤い太い糸が通されている。




 利津子さんは、少し首を傾げた後、右手の中指を紐の輪っかの中に通し、五本の指をその鏡の上の面に乗せ、親指と小指で駒を回すみたいにぱっと回した。




 その瞬間から、鏡からは大きな強い波動が発せられた。流石に私は、少し立ち上がってしまった。しかし、それを見て、周りの部下たちは悟ったようだ、其々に、基子様、志都子様、奈美様、久幸様を庇う。




 私は非常に驚いた。これは神獣鏡しんじゅうきょうだ、普通の人間は体調を悪くするはずだ。この少女は全くその素振りは見せない。今までの候補の少女達は、気分が悪くなり、触ることも出来なかったのだ。




 いまだかつて、あのお方が回す時だけ、大きな力が発せられていたのだ。利津子さんは、驚いて鏡を左手で止めたが、窓ガラスのガラスにひびが入ってしまい、困って謝りだす。その利津子さんを、私はなだめた。




 少し困った顔をした利津子さんに、何故鏡を回したのかを訪ねてみた。すると、富士山で白い着物を着た女性が、同じことをして、魂を浄化しながら天に流れていくのを見送っていたと言う。




 その話を聞いていると、ゆるやかに流れる光を見守る、あのお方の姿が見えた。そして、彼女の後ろにいる、この世では「竜」と呼ばれる異質の存在を感じた。今はそれらは離れ離れにされているが、再び、呼び合うであろう二つの存在を私は確かに、感じた。




 もともとは、あのお方がご神体として富士の高嶺から全てを浄化し、守っていたのだ。それを、良しとしない勢力が、全ての神事の中から、あのお方の名前を抹殺した。しかしそれが、全ての不幸ごとの元凶となったことを、今でもそれらは認めていない。




 この少女と、神獣鏡を回しているあのお方の姿は、私の目の前で完全に重なった。




「ああ、この子だ。何千年も待ちに待った人がここにいる。」私は何とも言えない感動に、深呼吸をして自分を落ち着かせるしかなかった。






神獣鏡しんじゅうきょうが再び力を発した。このお方で間違いない。」




私の言葉に、皆が「おおっっ・・。」と感嘆の声を発した。


 




 私は柳に指示を出す。  


「柳、今の神獣鏡しんじゅうきょうの波動で、ブルガリアのアポカリプスが反応しなかったか、偵察を始めてくれ。気が付いてくれなければ良いが。」




 柳はWebや通信を使って軍事的、航空宇宙工学的に情報を集める事に長けている。柳は顔を引き締めて、


「はっ!」と返事をした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る