第19話 利津子の進学と神獣鏡
富士山からの帰りは、フェリーに乗って帰った。お父さんは運転しなくて良かったので、凄く寛げたみたいだった。家に着いた日は、流石に皆疲れが出たのか、夕食を済ませ、お風呂に入ったらバタンキューだった。
次の日の朝、お母さんが、
「夏休みももうあと僅かだけど、宿題は大丈夫?」と聞かれたので、
「もう終わってるよ。」と答えると、お母さんはほっとしたようだった。
「28日は、奈美叔母ちゃんの所に皆で行くから、予定を入れないでね。」
と言われて、私は「はーーい。」と返事をした。
28日になった。お母さんと私は奈美叔母ちゃんの所に行く時間になった。奈美叔母ちゃんに、迎えに行くと言われていたので、家の前で待っていると、大きな黒い車が止まった。窓にはレースのカーテンが張られ、助手席からスーツを着た男の人が降りてくる。
「水織利津子ちゃんのお母様でいらっしゃいますか?」と尋ねられて、お母さんが、「そうですが・・。」と答えると、その男の人は車のドアを開けた。「泉八様の所までお連れ致します。どうぞお乗りください。」
お母さんは少し困った顔をしながら車に乗り込んだ。私は反対側に案内された。叔母ちゃんの家はそんなに遠くないんだけど、叔母ちゃんの家に着くまでに、今日はなんだかとても時間がかかったように感じた。
叔母ちゃんの家に着くと、門の入口にもスーツを着た男の人が4人立っていた。なんだか今までと違う雰囲気に、私はかなり戸惑った。玄関を入ると、京都でお泊りをした基子お婆ちゃんと、志都子叔母ちゃんと奈美叔母ちゃんが迎えてくれた。
「お久しぶりです。」とお母さんが挨拶をした。私も真似をして「お久しぶりです。」とあいさつをした。
お婆ちゃんたちは、「よくいらっしゃいました。お待ちしていたのよ。こちらへどうぞ。」とにこやかに迎え入れてくれた。
「奈美ちゃん、なんだか不安になるわ。何でこんなに物々しいの?」とお母さんが奈美叔母ちゃんに小さな声で言った。奈美叔母ちゃんも、「なんだかもう色々決まっているかのように話されて、私もどうしたものかと思うのよ。」と困ったように話している。
「決まったこと?ちょっと、何も決まっていないわよ。」とお母さんは奈美叔母ちゃんに返すと、叔母ちゃんには苦笑いをしていた。
リビングに入る前に、「この鏡を必ず膝の上においてお座りください。」と言われ、私とお母さんは、中央が盛り上がった、小さな鏡を渡された。
リビングに入ると、お母さんは一瞬足を止めた。黒っぽいスーツを着た男の人が10人くらいいたからだと思う。私も少し驚いた。
お母さんと私が部屋に入ると、その人達が同じタイミングで立ち上がった。そして同じタイミングでお辞儀をして挨拶してくれた。今日も私とお母さんは、テーブルの方に通された。テーブルには、お婆ちゃん達も座っていた。奥のソファーには三人の男の人が居て、一人だけベージュ色のスーツを着た男の人が、一番奥に座っていた。
一人の男の人が、お母さんと私の所へやって来て名刺を差し出すと、
「遼習院大学学長の藤原と申します。この度は貴重なお時間を下さり、誠にありがとうございます。」そう言うと、私の方を向いて、
「水織利津子さん、初めまして。今日は利津子さんの中学と高校と、その先の大学のお話をしに来ました。お母さんと一緒に、お話を聞いてほしいのですが、良いですか?」と言われ、「はい。大丈夫です。」と答えた。
お母さんと私の真ん前に、その人は座った。そして話を始めた。
「この度、私共がこちらに参りましたのは、利津子さんの進学について、ご相談させて頂きたかったからなのですが、」と話している途中で、お母さんが話し始めた。
「すいません・・・。わざわざお越しいただいて申し訳ないのですが、その件に関しては、辞退させていただきます。中学生から親元を離れた所で生活させる気はありませんので。」
お母さんが最初に断ったことで、副学長の藤原さんは、にっこりと微笑んで頷いた。
「この様な話で驚かれていると思います。こちらとしましては、不安に思われる部分をお聞きし、一つ一つ解決出来るようにしていきたいと思っています。」
そう言って、パンフレットを開き始めた。
「まずは、利津子さんに進学して頂きたい遼習院大学の中等部について、説明をさせて頂けましたらと思います。」
「遼習院には、幼稚舎、初等科、中等科、高等科、大学、までの一貫教育を行うことで、高潔な人格、洗練された社会適応性を育てつつ、人類と祖国とに奉仕する人材を育成することを目的として教育を行っています。」
「表向きはですね。」
藤原さんは、にっこりと笑って話をすすめた。
「公にしておりませんが、神道を通して、人類と祖国に奉仕する教育も行っております。そして、利津子さんには、普通の学校生活を送っていただきながら、神道を学ぶことによって、その類稀な能力を、人類と祖国に奉仕する為に育てて頂きたいと思っております。」
私は藤原さんに聞いてみた。「神道って何をするんですか?」
藤原さんは答える。「お祈りをする方法を勉強するんですよ。」
「祈るんですか?だったら、死んでしまった人や動物たちの心を安らかにすることもできますか?」
「勿論です。」
私はすぐに、「だったら、私はその勉強をしてみたいです。」
そう返事をすると、藤原さんは大きく頷き、にっこりと笑った。お母さんは慌てた。
「いえいえ、とんでもない!りっちゃん、お母さんやお父さんやお姉ちゃんと別々に暮らすことになるのよ。中学は東京にあるの。それは良く分かって話しているの?」
私は学校が近くにあると思っていた。東京といえば、かなり遠い。周りに親戚もいない。お友達もいない。だんだん不安になって来た。
お母さんは少し怒り口調で、
「どうして家族がこんなに早く、離れ離れにならないといけないの。おかしいでしょう?」
藤原さんがにっこりとしながら話し始めた。
「もし、離れて暮らすことに躊躇いがあるようでしたら、ご家族皆さん、東京に来られることも選択肢に入れていただけると有難いです。ご主人様は公務員でいらっしゃるのなら、東京の区役所や都庁に転属も可能です。住居も準備いたします。」
お母さんはとても驚いた顔で、
「そこまでどうして利津子にこだわるのですか?こんな子供に。」
藤原さんは続ける。
「神事をするのにふさわしい能力を持った人間が、この国には少ないのです。昔は沢山いたのですが、それは間接的に減らされてきています。利津子さんは逆に大変その能力が高いと我々は考えています。国家にとって、大変重要な存在です。利津子さんをよくぞ産んで下さいました。それだけでも、我々はお母様やご家族様に、十分な対応をしなければなりません。」
お母さんは困った顔をして黙っていた。
「利津子さん。」
ソファーの一番奥に座っていたベージュ色のスーツを着た男の人が、私を呼んだ。
「私は橘と申します。今日はとても珍しい鏡を持って来ました。見てみますか?」そう言って橘さんが桐箱の蓋を開けた。
私は「はい。見てみたいです。」と言って橘さんの側に行った。
「これは
そう言うと、桐箱の中に入れられた神獣鏡と呼ばれる物を私に見せてくれた。真ん中に丸い紐遠しがあり、赤い太い糸が通されていた。
「富士山で見た女の人が持っていた物も、こんな感じかなぁ。」
そう思いながら、右手の中指を紐の輪っかの中に通し、五本の指をその鏡の上の面に乗せ、親指と小指で駒を回すみたいにぱっと回した。その瞬間、橘さんがが目を見開いて、驚いた顔で私を見た。そして何かを避けるように、立ち上がった。
橘さんが立ち上がると、お婆ちゃんの周りの男の人たちがお婆ちゃんと志都子叔母ちゃん達を庇うようにした。お母さんの近くにいる藤原さんはお母さんを庇うようにした。
「えっ。回したら駄目だった?」そう思って急いで左手で鏡を止めた。
しかし、鏡は回ってしまった。回った鏡からは小さな低い音がして、富士山で見た女の人と同じように透明の波のようなものが周りに広がった。その波が広がっていき、ガラス窓に触れると、ガラスがミシミシといって、何か所かヒビが入った。外の芝生も梅の木も、強い風に吹かれたように揺れていた。
藤原さんがお母さんに「大丈夫でございますか?」と声をかけた。
お婆ちゃんの周りにいる人が、「基子様、大丈夫でございますか?」と尋ねている。
皆、頭を抑えたりこめかみを抑えたり、胸元を抑えたりしている。
「ガラスにひびが入っちゃった。私のせい?どうしよう・・。ごめんなさい。」私が恐縮して謝ると、
橘さんが、「大丈夫。弁償は全てこちらがします。利津子さんは、何も心配しないでください。
私は富士山での出来事を伝えた。そうすると橘さんは時々上を見上げながら、何度も頷きながら、話を聞いていた。
「利津子さん、日本の考古学ではこれは鏡とされ、神事をする時に太陽の光を反射させて、その祭祀を神格化する為に使っていたことになっています。これまでずっと、利津子さんのように使う人は居ませんでした。」
少し間をおいて、
「ですが、歴史に消し去られた偉大な祭祀は、利津子さんがしたように使っていたんですよ。富士山でその女の人を見た時、利津子さんはどう思いましたか?」
「私は、あの女の人のように、天国に行こうとしている一人一人の魂の、辛い思いや悲しい思いや、怖かった思いを消し去ってあげることが出来たらいいなと思いました。」
橘さんは私の目をじっと見ると、少し上を見上げて深呼吸をした。そして、静かにこちらを向いて、また私の目をじっと見るので、私は恥ずかしくなって首を傾げて下を向いた。
「
お母さんは私に手招きをした。私がお母さんの側に行くと、お母さんは私を抱きしめた。
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