第15話 総宮のおもてなし 2
料亭に着くと、入り口には料理長が従業員を引き連れて我々の到着を待っていた。私は先に車を降り、基子様の手を取って車を降りていただく。黒崎に基子様を任せると、続いて志都子様の手を取り、車を降りていただいた。
「おいでやす。」料理長が深々と頭を下げて我々を出迎える。順番に皆を店内に通していく。
私は基子様の手を取り、個室の上座にお通しし、志都子様には基子様の左隣に座って頂いた。私は右隣に座り、他の者が席に着くのを待った。
料理長が挨拶に来ると、茶懐石の作法に習い、飯碗・汁碗・向付けが振舞われる。「未在白泉」の日本酒を料理長自らが一人一人に振る舞っていく。
最初は基子様だ。基子様はほんの少し口に含むと、料理長に話しかける。
「こんなに早く、料理長の料理を堪能できるなんて嬉しいですわ。橘さん、えげつないですやろ。今日はお頼み申します。」基子様には気を良くして頂けているようだ。
「基子様、本日も喜んで頂けますよう、精魂込めて作らせて頂きます。しかし、橘様が関わると、えげつないことも綺麗にまとまりますなぁ。」と料理長が私にお酒を振舞いながら、笑って言う。
「大将、私は皆さんに喜んで頂いたと思っているんですが、おかしいなぁ。」私はとぼけて見せた。
大人同士の洒落た会話は楽しいものだ。ほんの僅かな量の酒だが、気分を良くするには丁度いい量に思う。料理長が全員に酒を振舞い終えた頃、皆が私のいる個室に集まり始めた。私は皆に話し始める。
「我々、
「古の時代でも、八咫烏は天から遣わされ、我々を神々へと導いていました。」
「そしてまた、この時代に、私が待ち続けたお方へと導こうとしてくれています。偶然とは言い難い事の成り行きに、身が震えるような感動を覚えます。基子様、志都子様、本日は貴重なお時間を下さったことを、心から感謝申し上げます。」
私は小さな声でお二人に促した。「では、基子様、志都子様、盃を掲げてください。」
「未来永劫、私たちが共に栄え、この国を守り抜くことを祈念して。」
そう言うと、基子様と志都子様は小さな杯を持った手にもう一方の手を添え、杯を掲げた。
「彌栄(いやさか)!」
そうすると、皆一斉に、「彌栄(いやさか)!」と言って、盃を掲げた。
これからは、皆が大将の日本一、いや世界一の料理を堪能する時間だ。私はお二人が大将の料理を堪能し終わるまでは、お二人をおもてなしするに徹した。
造里、椀物、焼物、箸休、八寸、炊き合わせ、強肴、ご飯物、と続いた。食べるのに邪魔にならない程度に、昔の話や世間話をした。そして、お薄という八坂神社の御神水で料理長が点てたお薄茶が振舞われたときに、基子様が私に尋ねた。
「橘さん、本題に入りましょうか。それで、あの子は本当に橘さんが期待するような子なんでっしゃろか。単に、霊感が強いだけではないの?確かな証拠はこちらには無いということを、良う分かってますのん?」
「その子が聞こえたという歌に、ヒントがございます。私は本人がご存命の時に、天野浮舟の話をしていたのをよく覚えています。今まで誰一人として、同じことを言う人はいませんでした。あとは、神獣鏡の反応を見極めるだけでよいと思います。」
基子様は少し驚いたようだった。
「神獣鏡とは、随分珍しいものを使うんですなぁ。その時には、私も同席してよろしいのやろ。」
「勿論でございます。」
「堀川さんの歌が聞こえたと目を輝かせて言うてましたわ。私も一緒に堀川今出川まで行きましたけど、その子が車を降りようとした途端、滝のような土砂降りが一瞬で消えるように止んでしまいましたわ。まるで、その子のために大地を洗い、その子がずぶ濡れにならないように雨を止ませたようでしたわ。」
そう話しているうちに、甘味と、デザートのフルーツの吹寄せが振舞われた。
「そうそう、橘さん、写真を持ってきましたわ。この子が水織利津子ちゃんですわ。」そう言って、1枚の写真を手渡された。
「この子の母親は私の義理の娘の親友です。住所も連絡先も、写真と一緒に差し上げますわ。」
の子は今年で小学校6年生になったそうだ。私は基子様に提案した。
「基子様、私はこの子を、遼習院りょうしゅういん大学の中等部に推薦したいと思っています。もちろん学費も寮費も負担はかけません。もし、希望するなら、両親にも手厚い対応をと考えています。各国の信条を持った神道を学ぶ学生たちとの交流も生まれます。この子の能力のためにも、最善の環境ではないかと思っています。」
基子様はとても呆れたように言った。
「これはただ事ではないですわなぁ。」
時間はあっという間に過ぎていった。お二人を邸宅迄お届けし、お土産をお渡しし、私は自分の執務室に戻った。ことのほかお喜び頂けたように思う。
基子様から写真を手渡された時には、あまりきちんと見ることは出来なかったが、じっくりと写真を見てみる。まだあどけなさの残るその顔は、もう何千年も前に目の前に居た、あの方にとても良く似ていた。
私の記憶が蘇っていく。
初めて会った日の、空気に溶けて全てを包み込むような、あのお方の優しい声が。
「嵐で草花が倒れてしまったの。可哀そうに。花びらも散ってしまったわ。」
私は暫くの間、写真から目を離すことが出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます