第14話 総宮のおもてなし 1

総宮は静かに話し始める。


「橘と申しますが、泉八基子いずみやもとこ様は御在宅でしょうか。」


 少し間をおいて、「基子様でいらっしゃいますか。大変ご無沙汰しております。橘隼日たちばなはやひとです。大変お久しぶりでございます。」


「はい・・。はい・・。ごもっともでございます。月日が経つのは早いと、これほど感じることはございません。 はい。私の方は相変わらずでございます。」


 少しの間、世間話が続くと、総宮はまた話し始める。


基子もとこ様、先日SNSで志都子しずこ様が語られていた、不思議な小学生の女の子の事で、お伺いしたいことがございます。電話では何ですので、一度、直接お会いする時間を頂戴したいのですが、如何でございますか。」


「何とかお願い出来ませんでしょうか。ご邸宅にお伺いするのが厳しいようでしたら、基子様に相応しい場所を準備させていただきます。出来るだけ早急に調整をしていただけると有難いのですが、本日では急すぎますね。明日や明後日は如何でございますか?」


そして少し間を置くと、総宮が少しほほ笑んだ。


「承知いたしました。明後日、午後からですね。ありがとうございます。全てこちらで手配いたします。では13時にお迎えに上がります。はい。はい。私もです。お会い出来るのを楽しみにしております。


 そう言って、総宮は電話を切った。


「明日から京都に入る。明後日13時に、基子様の自宅に到着するように手配をしてくれ。お迎えに上がったら、車で未在みざいまでお連れしてくれ。当日の予約は全てキャンセルさせるように。その手配もできるな?当日は、そうだな・・・。」


 我々は自分が呼ばれないかとそわそわしていた。この未在(みざい)という料亭は、本来ならば数日後に予約など絶対に取れない。日本で一番予約が取れにくい、京都では最高級クラスの料亭として有名だからだ。


「柳、今回の情報提供者だからな。あとは黒崎・・。」私は思わず背中でガッツポーズをした。


「今回は特別にここにいる者は皆、来るように。基子もとこ様に最大限のお持て成しをして差し上げるように。」


 20名が皆、あの未在みざいで食事が出来ることに大喜びだ。皆、小さくガッツポーズをしている。今回ばかりは、別部署で勤務している者を気の毒に思う。総宮も殆ど表情は変えないが、とても楽しみにしているようだ。


 しかし主よ。まだ当の本人は来ないというのに、何という気の回し様だろうか。相手が相手なだけに、粗相の無いように努めるのは当たり前ではあるが、気前の良さは前代未聞だ。


 あの料亭は一人7万はするのだぞ。相手方の人数も含めたら、最低でも23人にはなるだろう。あの店は1日最低で25名の予約を受けているのだ。それを全く意ともせず、全てキャンセルさせるには、その倍以上の金がかかる。全部で最低でも500万円以上はかかるではないか。


 私は先が思いやられると思いながら、当日の手配の準備に取り掛かった。




 2日後がやって来た。我々は前日に、橘流陰陽道古神道たちばなりゅういんようどうこしんどうの京都ビルにある宿泊所に宿泊した。オーナーは総宮一族だ。


 表向きは普通の33階建てのオフィスビルだが、高層階は住居兼宿泊所となっていた。そこで我々は、今日の準備を抜かり無く行った。


 今日は基子様の娘の志都子様も同席される。お迎えに上がる時の車には、基子もとこ様達に、気に入った方を使用して頂くために、セダンタイプとは別にゆったり寛げるファミリータイプの車を1台準備した。我々はセダンタイプだ。


 未在みざいの席は全て押さえた。キャンセルさせた客には、文句一つ出ない条件を出した。帰り際に基子様達にお渡しするお土産も準備した。身だしなみも全てチェックした。大丈夫だ。


 そこへ総宮がやって来た。今日もダブルのスーツで、濃い紺色に目立たない細いストライプのラインの入った、品のある装いだ。


「では参ろうか。」総宮が言うと、我々は車へと向かった。


 15分ほどで、泉八家に着いた。先に柳が挨拶をし、後から総宮はゆっくりと入口の門へと向かう。


 門の中へと通され、かなり広い玄関に辿り着く。こちら側は20名。軽く皆、玄関に入ることが出来た。


 入ってすぐに目に入る、大きな桜の木の絵が、金色の額縁の輝きと一緒になって、とても豪華に見える。


 奥から、淡い黄色の着物を着た泉八基子様が歩いて来た。我々の正面で足を止める。大きな桜の絵を背にして、そのご婦人は小柄ながらも、とても威厳のある、厳かな雰囲気を醸し出していた。


 総宮は玄関で我々の一番前に居た。ゆっくりと左の片膝をつき、右の肘を自分の右足に乗せ、左の手を胸元に添え、深々と挨拶をする。


「おいでやす。大勢で、威勢のいいことですなぁ。」基子様がそう言うと、総宮はそのまま、


「お久しぶりでございます。基子様。今日はお会いすることが出来、大変光栄でございます。」そういうと、ゆっくりと立ち上がり、普段はすることのない笑顔を基子様に向けた。基子様も、やっと笑顔になった。


「50年ぶりか。全く変わってあらしませんなぁ。聞きたいことが沢山ありますのやろ。今日は宜しゅうお頼みします。」


 基子様の隣で志都子様がゆっくりお辞儀をした。そのまま総宮と志都子様に支えられ、基子様は広い方の車を選ばれた。総宮と基子様、志都子様、そして私が同じ車に乗り、合計8台の車が未在みざいへと向かった。

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