第11話 土砂降りの雨が一瞬で止み、日差しが降り注ぐ。

 「寝過ごしたら駄目よ!」、「ちゃんとお水飲むんだぞ。」、「何号車に乗るかは、泉八いずみやさんにも話しているからね。」、「京都駅に降りたら泉八いずみやさんいるから心配しないでね。」、ずっと心配してばかりのお父さんとお母さんが、何度もリュックと旅行バッグの中を見直し、「忘れ物はないな。お金も持たせたな。」と、点検している。


 順番が来たので、新幹線のグリーン車に乗り、自分の番号の席に乗った。私の席はホーム側で、心配そうに見送るお母さんとお父さんを、新幹線の中から一人で見ているのは、とても不思議な光景だった。あっという間にお父さんとお母さんは見えなくなった。私は初めての、しかも遠出の一人旅なので、うきうきして楽しくて仕方なかった。


 九州の方では晴れだったのに、大阪に着いたあたりから空が曇って来た。それに対しては特に気にも留めていなかった。


「夏に雨が降っても、寒くないから平気だし。」


 私は新幹線が京都に着くと、リュックをしっかりと背負い、旅行バッグを持って新幹線を降りた。新幹線を降りると、少し離れたところに、この前お母さんのお友達の家に来ていたお婆ちゃんとその娘さんが居た。


利津子りつこちゃん、久しぶりやなぁ。遠い所、ご苦労さんやねぇ。」


 初めて会った時はそんなに感じなかったけど、何とも言えない緩やかな京都弁は、とても優しそうな感じがした。


「ええっと、お婆ちゃん、泉八いずみやなんだっけ?」とつい口に出してしまうと、


泉八基子いずみやもとこよ。普通にお婆ちゃんて呼んでね。私の娘は、泉八志都子いずみやしずこよ。普通に、おばちゃんと呼んでいいからね。」


「あら。お姉ちゃんでいいんよ。」


「子供にそんな忖度を望んでどないするんね。」


「おほほほほ。」


 私は京都弁の喋り方が面白くてニヤケながら話を聞いていた。ふと気が付くと、雨が強くなっていた。


「利津子ちゃん、疲れたでしょう。車で来てるから、車に乗って京都観光でもしてみよか。」と言われ、私は速攻で、


「あのっ。一番最初に、白峯神宮に行きたいです!崇徳上皇様のいるところに!」と言うと、二人の動きが止まった。あ、あれ?表情が・・。と思うくらいこわばっている。


「利津子ちゃん、どうしたの?どうして白峯神宮に行きたいと思ったの?」とお婆ちゃんが聞く。


 私は夕焼けを見ていたら聞こえてきた歌の話をした。そうすると、お婆ちゃんが、


「それは最初にご挨拶に行った方が、喜ばれるやろうな。最初に行こうか。」と言って、最初に行ってくれることになった。駅を出ると、ロータリーに黒い車が止まっていて、運転席から男の人が降りてきた。ぱっとドアを開けてくれるので、叔母ちゃんの旦那さんかな?と思っていたが、後から分かったのだが、タクシー会社の人らしい。


 車が走り出すと、驚く程雨が強く降り始めた。「白峯神宮に言ってちょうだい。」とお婆ちゃんが言うと、「承知いたしました。」と言い、運転手さんが車を走らせ始めた。


「なんか雨が酷くなりますなぁ。滝の様ですわ。」とお婆ちゃんが呆れた声で言った。「お婆ちゃん、私、一人でお参りに行ってくるから心配しないでね。」というと、「子供が気を遣わんでええんよ。」と頭を撫でてくれた。


運転手さんが、


「お客さん、この辺の人はあの神宮の事を、堀川さんや今出川さんと言って、あんまり名前を言わないようにしているんですよ。前を通る場合は、必ず頭を下げて、失礼があってはいけないということで。しかし今日は、珍しいですなぁ。こんな雨は。」


 私は外を見た。土砂降りを通り越して、お父さんがよく車を洗うときに使っている、洗車機の中にいるようだった。


「運悪いなー。でも、絶対にお参りに行くんだから!」そう思って、ずぶ濡れも覚悟のうえで、車が着くのを待った。


運転手さんが言う。


「お客さん、雨でバックミラーが見えませんわ。少しお待ちください。私も、接触事故だけは勘弁ですわ。」と言うので、


「私、大丈夫です。折り畳みの傘があるので、待っててください!」ドアを開けてもらっていいですか?」


そう言うと、運転手さんは困っていたが、「この子の言うとおりにしてちょうだい。」とお婆ちゃんが言ってくれた。私は自動でドアを開けてもらった。


 ドアを開けた瞬間だった。雨がぱっ!と霧の様になり、雨が降っていない。


「あれ?!」と私は驚いてしまった。


「なんや?」と運転手さんが言っている。お婆さんと叔母さんも「あらぁ。今の今まで滝の様だったのに。」


と驚いていた。


 私は車を降りた。雨は綺麗に止んでいた。


 白峯神宮の門の前で、まずお辞儀をし、石畳の端を歩くようにして、まっすぐ前に進むと、鳩たちがパラパラと降りてきた。神宮内には誰も居なかった。お婆ちゃんと叔母さんも、後からお参りに来ていた。神宮の境内にお参りをした。


「崇徳上皇様、やっと来れました。どうか崇徳上皇様の心が穏やかでありますように。幸せでありますように。」


 そう心で祈って、お参りを済ませると、済ませると、私は先に崇徳天皇欽仰之碑の前に行き、その前でも手を合わせて、同じように祈った。隣にある白峯神宮御創建百五拾年の記念歌碑には、有名な歌が刻まれていた。


「瀬をはやみ 岩にせかるる 瀧川のわれても末に あはむとぞ思ふ」


 その歌を心の中で読んでいると、着物を着た男の人が、雨が止んだ後の小さな花を見ている様子が目の前に浮かんだ。少しぼやけたような、光っているような姿の男の人が何かを話すと、小さな花が、その男の人のために光っているような、そんな光景だった。


 今度は小さな男の子が、着物を着て沢山の大人に囲まれ、夜空を見ていた。周りの大人たちは、はとても上機嫌で話をしており、何かのお祭りのような、お酒を飲む席のような場所だった。男の子が夜空を見上げると、淡い光がゆっくりと舞うように降りて来て、それを両手で受ける様に、胸のあたりまで両手を挙げてその光を掌で受けている。それは、その小さな男の子には特に普通の事の様だったが、周りの大人が、


「おおおっ。」


 というような声を上げ、珍しくはないが驚いている様子が見えた。


 お坊様のようなお爺さんが、それをとても誇らしげに見ていた。そのお爺さんの隣には、それを見て嫌な顔をした男の人と、とても誇らしげに見ている、とても綺麗な女の人がいた。


 他の場面に移った。大きな建物の中で、白い着物を着ている男の人が、木の枝をもって順番に何かにお参りをしていた。順番に深く頭を下げていくけれど、私が最初に見た男の人がお参りをすると、また、ぼやけた様に光って見えた。私は、其の人が崇徳上皇様だと気が付いた。周りの男の人の中で、何人かが嫌な顔をしていた。


「怨霊なんかじゃない、霊力が強くて、神様に一番近い人だったから、妬まれたんだ。」


 私はそう思った。そうすると、何故か涙が出てきてた。お婆ちゃんと叔母さんが驚いて、


「どないしたん?感激したん?」と言うので、私は自分が見えたことを全部話した。


「利津子ちゃんの話は、今まで私たちが思って来た堀川さんとはえらい印象が違う話やな。でも、利津子ちゃんのこれまでの事を考えると、それは本当の事が見えているのかもしれんなぁ。」と言う叔母さん。


 私は、少し寒くなったので、「なんだか寒くなって来たね。」と言うと、空からぱっと光が射してきた。空を見上げると、重苦しい分厚い雲の間から一か所だけ光がこちらに射していた。そして、その日差しがとても暖かかった。


「あったかーーーい。」とつい呟くと、その暖かさがとても優しく感じて、「ああ、神様っているんだな。」とふと思った。それは私にとって、崇徳上皇様のことだった。


 お婆さんが、とても優しそうに微笑んで、「ほんま、暖かいなぁ。」と言い、私の頭を何度も撫でてくれた。


 私は知らなかったのだが、叔母さんが、今日の事をSNSに投稿した。このことが、私の人生を大きく変えることになるとは、まだ誰も思っていなかった。

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