第7話 叔母さんの親族に囲まれて その1

 そろそろ夏休み。私の家の近くにあるショッピングセンターでは、夏になるとテレビでよく流れるハワイの曲が流れていた。特設コーナーではカブトムシの飼育用の道具や、昆虫採集セット、ヤシの木の側には浴衣や浮き輪や水着やサンダルが並べられ、夏らしさを上手に演出していた。そんな雰囲気が私はとても好きだった。


 お遣いに行くとアイスクリームを買って食べてよかったので、私はいつも「ホームランアイス」という棒のアイスのチョコレート味を買っていた。なぜそれが好きかと言うと、当たりが出るともう一本貰えるからだ。その日も帰りにアイスクリームを食べていると、木の棒にうっすらと茶色い文字のようなものが見えてきた。そう。「あたり」である。私は急いで引き返すと、レジの叔母さんにそれを渡し、同じホームランアイスのチョコレートを貰った。こんな日はとても気分が良かった。


 家に帰りつくと、「お母さん、ホームランアイスが当たってね、2本食べちゃった。」というと、「それは良かったこと。」と言って、後ろで手をつないで立ったままお母さんが私の方を見て微笑んでいた。


「りっちゃん、明日この前の叔母さんの、お母さんのお友達のところに行くけど良い?」と言われたので、「学校、午前中あるから帰って来てからなら大丈夫。」と言うと、お母さんはほっとしているように見えた。


 そして土曜日。学校から帰って来ると、「おかえりさなさい。」と言って、叔母さんがお母さんと迎えてくれた。お父さんが今日は仕事なので、お母さんは運転が出来ないから、叔母さんが車で迎えに来てくれたらしい。私とお母さんとお姉ちゃんだけが叔母さんの家に行くことになった。


家の外に止められていたのはとても立派な黒い車だった。お父さんの車と違って、叔母さんの運転席は左側にあった。お母さんが右側の助手席に乗り、私とお姉ちゃんは後ろの席に乗った。ふんわりと皮の匂いがした。お姉ちゃんと私の間にはひじ掛けがあり、なんだかきちんと座っていないといけない気持ちになった。30分くらいしてからだろうか。この前来た叔母さんの家の門に辿り着いたらしい。


「あれ?こんなに大きな門だったっけ。」門が大きくて家の敷地がどこまで続いているのか分からない程、家の外側の壁がづっと長く続いていた。お姉ちゃんが、小さな声で、「この前来たのここ?凄い豪邸じゃん。」と言って目を輝かせていた。


 家の中に案内されると、この前はお父さんとお母さんと叔母さんしかいなかったリビングに、人が沢山来ていた。私はとても驚いてお母さんの後ろに隠れてしまった。


「どっちがいいかしら。ソファーとテーブルの椅子、どっちに座りたい?」と叔母さんに聞かれ、私はひじ掛けの無い所より寛いで座れるソファーの方が、お婆ちゃんには優しいだろうと思い、テーブルの椅子の方を選んだ。


私とお母さんとお姉ちゃんはテーブルに座ることになった。そうすると、テーブルには大きなケーキとカルピス、そして美味しそうな和菓子が置かれていた。


「皆からなの。ぜひ食べてね。」と叔母さんに言われて、私はお母さんの後ろに隠れたくなった。緊張してしまって頷くしか出来なくなっていた。


 来ていたのは京都に住んでいるというお婆ちゃん、その娘という人、その人の旦那さん、隣の敷地の大きなお寺さんの住職夫妻、その娘さん、その知り合いと言う地元で資産家として有名な男の人とその秘書が来ていた。


 私は、「大人の人ばっかりでどうしよう・・。」と戸惑っていた。


 一番のお年寄りに見える小柄なお婆ちゃんが話し始めた。


「お話は伺っているのですけど、色々と見えはるんですって?こんなに小さいのに、凄いわねぇ。ところで、ここの木の所に女の人が紐で吊るされているのを見たんでしょう?それもね、私がお爺さんに聞いた話と同じなのよ。」と言うと、皆がシンとして少し驚いた顔でそのお婆さんを見て、そして私の方をじっと見つめた。


 お姉ちゃんが、「お母さん、これどういうこと?何の話?」と小声で聞いている。お母さんは小さな声でお姉ちゃんに、今までの事を話し始めていた。


 私はお婆さんが、私が話し始めるのを待っているように思えて、窓の方に目を向けてじっと外を見た。そうすると、あの時と同じように、木に吊るされた、髪を結って着物を着た、うなだれている女の人の顔がこちらを向き、首だけが伸びて私の方に飛んできた。とても恐ろしい形相だが、口元は笑っていた。その女の人は私ではなくて、リビングにいる人たちを見まわし、


「恵まれているくせに私にこんな酷いことをして。恨んでやる。恨んでやる。恨んでやる・・。」そう言うと消えていった。


 私は、この人は何故そんなにここの人たちに怖いことを言うんだろうと思っていた。よくわかるのは、あの女の人は、ここの家の人ではなかったと言うことぐらいだ。


 それを正直に話すと、お婆ちゃんが話し始める。


「それは私のお爺さんのそのまたお爺さんの代に、そのお爺さんが外で作ったお妾さんらしいんですわ。何でもその頃、お爺さんのお爺さんは結婚していなくてね。結婚は許してもらいないのに、子供をこの家に取られて、それを苦にしてこの家の敷地の梅の木で、首を吊って死んだんですわ。お爺さんはその人の事がとても好きでね。この木を切り倒さないで、供養のためにずっとそのままにしておいと、きいております。」


 その話を聞くと、私の中で誰かが私の口を使って喋っているかのように、言葉が出てきた。


「あの梅の木の下に、その人の子供の血縁の人が、何か女の人の観音像みたいなものを置いて、四季折々にその人が好きだった水仙の花を供えてあげて、あなたの血を受け継いだ私たちは幸せに暮らしているから、一緒に幸せに過ごそうね。って言って、幸せを分けてあげることをいつも考えてあげて。もうすぐその女の人が生まれ変わって来るから。その人を幸せにしてあげたら、あの梅の木の女の人は天国に行って、もう二度とここに来ることはないから。」


 そう話すと、お婆さんが私をじっと見て涙を流し始めた。


「ちょうど今、京都にいる私の孫が、妊娠しとります。もしかして、女の子やろうか。」そう尋ねられて、私はすぐに答えた。


「女の子です。とても綺麗な、本当に優しくて綺麗な女の子が生まれてきますよ。あの人の生まれ変わりです。」


 お母さんのお友達の叔母さんが私に尋ねた。


「その赤ちゃんは、最初からその人の生まれ変わりだったの?それとも、今急にそうなったの?」と聞かれて、


「ここにいる人が、お話を聞いてあげて、その女の人がいることを知ってあげたから、その女の人が、また生まれてくるのを望んだみたい。今そのお腹に入ったみたい。だって、お婆ちゃん、どうにかしてあげたいと思ってここに来たのでしょう?今度は幸せになりたいって。自分の生んだ子供の血を引いた人の子供に。」


 そう話した後に、沢山の蛇が私の周りに現れてきた。出来るだけ私に目線を合わせるように、へび達は体を起こしていく。沢山の蛇たちが一斉に同じように体を起こしていくと、とても異様な雰囲気だった。でも、私は怖くなかった。静かに小さく揺れながら、私に小さな声で話しかけてくる。


「私たちの事を忘れないで。私たちの事を言って。」


 沢山の蛇たちの声を出来るだけ聞くことが出来るように、私は目を閉じて耳を澄ました。色々な蛇が、交互に私に語り掛けてくる。


「私たちは人間を苦しめようとしたことはなかった。なのに、人間は私たちを捕らえ、熱い恐ろしい殺し方をした。」、


「何故なのか。」、


「私たちは人間を自分たちと対等だと思っていたのに。」、


「何故人間は簡単に私たちを殺そうとするのか。」、


「何故あんなに熱い殺し方を選んだのか。」、


「あんな殺され方をした私たちの事も、忘れないでほしい。私たちと人間の命の尊さに、何の優劣も無いということを。」、


「この家の娘が同じような熱さで命を落としたのも、我々の命の尊さが、同じことを示しているのではないか。」、


「命を奪えば、奪い返されるのだ。」、


「同じ苦しみに導いたのは、お前たち人間だ。それを深く考えてほしい。」


 私はまた涙が出てきた。とても穏やかに静かに伝わる言葉が、とても重くて悲しそうだったからだ。聞こえたとおりに伝えると、住職様が


「私が一度大きく供養をしようか。蛇たちの心に少しでも届いてくれればいいが。」と言ってくれた。ほかの人たちも、


「そのご供養の時には皆、参加させていただきますわ。」お婆さんがそう言うと、


「私も。」


「私も。」と、皆が参加することが決まった。


 お母さんのお友達の叔母さんが言う。「利津子ちゃんも参加するわよね。」私は参加することが決まっていたようだ。


 その時、晴れている空に、雨が降り注いだ。天気雨だ。パラパラと降った後、また雨はやんだ。


 私は、外に見える、もう木に吊るされていない女の人を見た。とても綺麗な人だ。


「今ね、今度は紐で吊るされていない姿の女の人がいるの。側に男の人がいて、その男の人の側に女の人もいて、二人で木に吊るされていた人をの手を取って、とても優しい顔で話してるよ。こちらを見て、薄くなっていく・・。天国に行こうとしているみたい。」


 そう話すと、私は自然に手と手を合わせ、外に向かって目を閉じた。


 目を開くと、私の側に、お寺の住職様が来ていた。「お嬢ちゃん、私の息子が行方不明なんだ。写真を見せるから、見てくれないか。」そう言って私の前に、沢山の写真を置いた。


 私は手の力が抜けていくのを感じて、写真を持った両手を自分の膝の上に落とした。


「ああ、またホームランアイス食べたいな・・。帰りたい。」

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