オラクル

死ぬ前に、私が経験したことをしたためておくことにする。これを読んでいる君へ。私がどこの星のどこの国の者だかを知る必要はない。だが、私とその周りで起こったことについて、どうしても知ってほしい。


私は町長だった。町長と聞くと裕福そうだと思うかもしれないが、決してそんなことはなかった。なぜならその町はひどく財政が落ち込んでいて、破綻寸前だったからだ。それでも地元を愛する者たちが集まっていたから、いろいろと努力はしていた。けれどすべてがうまくいかなかった。

ある日私は、町の中の森に立ち寄った。なぜそんなことをしたかは今でもわからないが、とにかく私はそこで小さな祠を見つけた。祠はひどく年季が入っていた。しばらくぼんやりとそれを眺めていると、丸い光がどこからともなく現れた。そして声がした。

「あなたに助言をいたしましょう」

私は驚いてその場にのけぞった。これはなんだ。幻聴か? だがその時の私はまさに猫の手も借りたい状態だったから、助言をしてくれるというなら聞こうじゃないかと考えた。

「実は、私の町が破綻寸前なんだ。どうにかする方法はないのか」

すると少しの間をおいて、また声がした。

「戸を開けてみてください」

私は罰当たりな気がしつつ祠についていた戸を開けた。すると中に入っていたのは財政の再生計画書だった。しかも金額や期間まで事細かに書いてあった。読んでみると、確かに妥当かつ現実的な気がするものだった。

私はこれを草案として議会に提出した。これはほぼそのまま実際の計画書として採用された。そして数十年経ち、町は財政破綻の危機から逃れた。ここまではよかったのだ。

私はまた祠に行って、感謝の言葉を述べた。祠は反応しなかったが、なぜか私は、これを町の皆にも利用してもらいたいということを思いついた。そこで、私はこれに「オラクル」と名付け、公共サービスとして誰もが利用できるようにした。これを利用した天気予報は100%当たるし、悩み相談の相手として優秀だと評判だった。

最初のごたごたは、このサービスの利用料が高すぎるという声だった。これは少しでも財政の足しにするためだったが、確かに中~低所得者には手が出しづらい金額ではあった。利用料はどんどん下がっていき、ついには無料になった。だが結果として、オラクルの利用によって公共・民間ともに事業の効率化が進み、経済が活性化された。

ある時、オラクルが大災害を予言した。これに従って皆が避難した後、それは本当に起きた。それによって考え得る限り最小の被害で済んだ。問題だったのは、避難によってオラクルの存在が町の外に大々的に知られてしまったことだった。最初は観光客が増えてよかったが、いろいろな企業・団体・個人からオラクルの買収を持ちかけられた。私は全て断った。オラクルはこの町を救ってくれた恩人のようなものだ。それにまだまだ活躍してもらうつもりだから、簡単には売り渡せない。

そんなこんなで結構な月日がたった。もはや社会の運用がオラクルなしでは考えられなくなった。企画書もオラクル。宿題もオラクル。雑談もオラクル。この状況に対して、いくつかの者が問題提起を行った。このままオラクルに頼り切っていていいのかと。はじめは、オラクルが嘘をつくのではないかという話だった。だが今までオラクルが嘘をついたことは一度もなかったので、この議論はすぐに止んだ。代わりに、我々の仕事や尊厳が奪われるという議論に置き換わった。オラクル中心ではなく、我々中心の社会に戻さなくてはならないと。これは町民の中でも意見が大きく割れ、町の雰囲気はわるくなった。

そして、ついに議会にオラクル禁止条例の案が提出された。これは非常に僅差で賛成が上回った。こうしてオラクルは廃止され、周囲は封鎖された。

この決定を喜ぶ者も残念がる者もいた。反応はさまざまだったが、結果は一つだった。その結果とは、オラクルを失った町が再び困窮し、財政破綻してしまったことだ。私は辞任した。その後のことはあまり詳しく知らないが、あの町は傾いたまま戻らなかったことだけは確実だ。


ここまで読んでくれた君は、私たちと同じ失敗を繰り返さないでほしい。と言っても、どこが失敗だったのかはわからない。私がオラクルを見つけたのが失敗だったのかもしれない。オラクルに依存しきってしまったのが失敗だったのかもしれない。あるいは、オラクルを禁止したのが失敗だったのかもしれない。それは私にもわからない。だが、失敗したということだけは事実なのだ。

私はもう長くない。私のことを他人事だと考えるのは勝手だが、きっと君にも関係してくることではないかと思うのだ。その時はどうか、失敗しないでくれ。


健闘を祈る。

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ゴミ箱の向こう側(SF小物短編集) ウゾガムゾル @icchy1128Novelman

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