ゴミ箱の向こう側

博士は超常現象社会活用研究家を名乗っていた。すなわち、全国から超常現象の情報を集め、それを社会活用してしまおうという活動をやっていた。


今日も超常現象の連絡が入った。それによると、東京のある廃マンションのダストシュートが、異次元に繋がっているのだという。博士は早速現場に向かった。


マンションはところどころ鉄骨がむきだしになっており、ものものしい雰囲気があった。ボロボロになったフェンスを開け、博士は2階に登った。廊下には件のダストシュートの投入口があった。


開けてみると、中は完全な暗闇だった。すべての光を吸収する、ブラックホールのような感じだった。博士は手を入れてみたくなる衝動に駆られたが、手首から持っていかれる可能性を考えてやめた。


「こういうのは慎重に扱うべきだ」


とりあえず、メモ帳のページを破って投げ捨ててみる。紙くずは暗闇に吸い込まれただけだった。次に、ペンの先だけを入れてみる。特になんともない。ペンを引いても、入っていた部分がおかしなことになってはいなかった。それでも博士は万一のことを考えて手は入れなかった。


「おそらく大丈夫だろうが」


次に博士は持ってきたジュラルミンケースを開け、握りこぶしサイズの超小型ドローンを取り出した。これはGPSと録音録画装置が付いており、それらの情報をリアルタイムで親機に送信してくれるものだった。


博士は親機を見ながら、ドローンを操作して投入口に入れた。その途端、ドローンの映像と音声は途切れた。GPSも途絶した。博士は不思議に思って時系列を確認したが、ドローンが完全にダストシュートに入りきった瞬間にすべての信号が消えていた。


「これはよくわからんな」


博士は悩みながら現場をあとにした。これは一体なのか。なぜこんなことになっているのか。疑問は尽きない。しかし、性質がよくわからないものでも活用してしまうのが博士流だった。博士は研究室に戻り、これが何なのかを考えるのをやめて、どうすれば役に立つかということを考え始めた。


これがあれば、捨てたいものをいくらでも捨てられるかもしれない。ゴミ問題は解決だ。もしこのダストシュートの容量が無限大ならの話だが。


それを確かめるため、博士はダストシュートに砂を流し込むことにした。数週間後、彼は大型の重機に砂を載せて現場に向かった。重厚なホースを用い、最上階の投入口から砂を送り込む。しばらく入れてみたが、まったく溢れる気配がない。その後、運んできた砂が全部なくなった。ダストシュートの外観から予想されるより遥かに多い量を入れたのに、まだまだ入るようだった。


これなら無尽蔵に捨てられる。そう思い、彼はいろいろと準備をし、数カ月後にゴミ回収のビジネスを開始した。分別の必要なし、サイズの制限はあるが量の制限なし。これはある程度の人気を得た。また彼は産業廃棄物の回収も始めた。これはさらに多額の収益を得た。ゴミを受け取ったらあとはダストシュートに捨てればいい。生ゴミも、紙くずも、使用済み注射器も、核燃料もなんでもだ。博士は自動装置を作り、ゴミ収集車からパイプを伝って直接ダストシュートにゴミを投入できるシステムを作った。これでさらに捗るというものだ。


ある日この成果を超常現象コミュニティに発表した。すると、質疑応答でこのような声があった。


「そのダストシュートは異次元に繋がっているとのことですが、その先に住人がいるという可能性はないのでしょうか? もしそうなら、そこにゴミを捨てるのは倫理的に問題があるのでは?」


博士は反論した。


「今のところ、そのような事実を示唆する証拠はありません。それに、そんなことを言っていられるほど、我々が直面しているゴミ問題は生易しいものではないのです。溺れる者は藁をも掴む。もしその先に何らかの知性体がいたとしても、それは我々が知った問題ではないのです」


そんな感じで、博士は莫大なゴミをダストシュートに廃棄していた。ところが、このシステムの点検中、妙なことが起きた。ダストシュートにつながるパイプの1つから、何かが逆流していた。それは粘性のある液体だった。しかも、パイプの一部を腐食させていた。


「なんだ、これは。いたずらか」


博士はそのサンプルを持ち帰り、成分を分析した。灰色で、揮発性のあるその物質は、この宇宙のどの物質とも一致しなかった。


その後も回収業を続けながら、似たような現象を定期的に観測した。出てくる物質は形状や質感さまざまだった。その累計量は、少なく見積もっても100tにのぼっていた。


「これは困るな。こいつが残っていると、システムに異常を来たしてしまう。まあ、定期検査で取り除けばいいのだが……」


そんなある日、何か手掛かりをと、博士は最初に回収した粘性のあるサンプルを再び調べていた。すると、気になる発見があった。表面の微細な構造に、何らかの人為的なパターンが認められたのだ。すぐに言語解析に秀でた友人に相談した。数週間後に結果が返ってきた。その内容は、以下のようなものだった。


『おいしいナーラ 内容量: 10kg ※残りカスはマナに包んでくずかごに捨てましょう』


続けて、別の物体にもパターンが発見された。こちらも解析が行われ、解読された。


『ゴミ箱の住民たちへ: もし本当にあなた達が実在するなら、これを読んで考えを改めてくれることを祈る。しばらく使っていない間に、ゴミ箱から不思議なものが溢れてくるようになった。中には非常に危険なものも含まれていた。もし今後もこのようなことが続くなら、超新星爆発程度のエネルギーを放出する物体をそちらに投げ込む。もしやめるなら、それは行わなくて済むんだ。実のところ今すぐやってもいいのだが、このナロニテ社製異次元ホールの向こう側に知性体がいるなどという突飛な可能性にかけてこの手紙を書いた。どうか、検討してほしい』


博士はこれを読んで、システムを即座に取り壊し、ダストシュートの投入口をコンクリートで固めることを決定した。


「どうやら潮時のようだ。この間指摘された、向こう側に住民がいる可能性というのは真実だった。ただ一つ異なっていたのは、ゴミ箱は”こちら側”だったということだ」

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