第5話

一同は絶句を通り越していた

唖然とも違う感じだった

「これがガラムトラドの真相だよ…僕が例のブツを受け取った時にワクチンのやり方は書いてあった、1本くすねてそれをマキに渡しておいたんだ、啓介は絶対ワクチンを持ってると確信もあったしね。あの時無理にでも啓介にワクチンを打てば助かったかもしれない……僕は選択を間違え過ぎた、己の不条理を受け入れられずに啓介の提案に乗り最後の最後に役目も果たせず…最後は自分を取り戻したけど啓介は大罪を犯した…でも…死ぬべき人間じゃなかったよ…止められなかった僕が全て…」



パチン!


部屋にカズヒラの話を遮る名城の平手打ちの音が響いた

「この…嘘つき!しかも…旦那様の…漆原様の…ご子息を…」

名城は泣いていた

そのくらい先代に忠義を尽くしていたのがわかる

2発目の平手をする瞬間

「名城さん!ダメだ!」

弟村が止めに入った

「名城さん!まだ社長の話は終わってないです!」

「いいんだ…弟村君…名城君を騙していたのは事実だからね」

いつの間にか呼び名も変わっていた

「報道ではアメリカが介入したとありましたよね?でもどうして啓介さんは自分がアメリカ引き渡されるとわかっていたんですか?」

弟村が疑問を投げた

「あの国も一枚岩でなくてね、旧世代の人間はアメリカを脅そうとしていたが次の世代達はアメリカに擦り寄る事を望んだんだ、産油国とはいえ新たなエネルギーができたら優位に立てない、ならアメリカと共存しようって考えてたんだよ、だからだいぶアメリカに情報を抜かれてた…交換条件に啓介を差し出す算段だったんだろうね、これは後でわかったんだけどウィルスに関しては残党達は啓介に売って金をせしめ、その取引内容をアメリカに売り2重に儲けたんだ、啓介はガラムトラドにもいいように使われ、残党からも裏切られた…だからアメリカも対応が早かったんだよ、カミサカはこの件知らなかったの?」

「フー…俺はその時は別任務だったから知らねぇ、そもそも俺は極東アジア担当だ、報告書の内容しか知らねぇよ」

カミサカは煙を吐きながら答えた

「まさか…ガラムトラド事件の真相がこんな所で…カミサカさん、報告しますか?これを」

掛けていたメガネを拭きながら佐原が尋ねた

「できるわきゃねぇだろう…正式には「カズヒラ・マツド」は死亡してるんだ」

「ならこの歯型を調べるといい」

そうカズヒラが左腕の袖をめくると人型の歯型がくっきり残っていた

「これって…」

深呼吸して弟村はまじまじと観察した

「そうだ…啓介のだよ」

「馬鹿言うな、もう済んだ話をしても出世しねぇ、そもそもウチが隠蔽した事に首突っ込めるか!んで?水流木って女はそれをお前に話せって言ってんのか?」

「僕の全てを晒せって事はガラムトラド事件とハイジャック事件、啓介と入れ替わった事全てを話せって事だと思う」

カズヒラがもう1本のタバコに火をつけた

「懐かしいな…チェーンスモークは何年ぶりかな…」

「しかし…何故その水流木マキって女は社長にそこまで固執するんですか?」

弟村が恐る恐る尋ねた

「もっともな疑問だよね、それは…僕がマキを殺しかけたんだ…」

「えぇ?!」

「最低…ですね」

「お前女にまで手をかけたのか…クソだな」

「貴方の事だ事情がおありなんでしょう?」

反応は様々だった

「言い訳はしないよ…それは事実だ…あのバイオハザードと爆発、仲間も僕とマキ以外どうなったか分からない…そんな状況でマキは精神を病んでしまったんだ…放っておいても良かったんだが…啓介が愛した人間だ、僕は放っておけなくてね、それにマキは僕が啓介だと信じ込んでいた、そんな状況で本当の事を言えなくて…いや…言うこともできたかもしれない…そしてしばらくマキと生活していたんだ…パブリックドメインを辞めるきっかけだったのに僕はまた松田 啓介として生きる事になったんだよ」

「どのくらい一緒にいたんです?」

「1年とちょっとくらいだった、正直このままマキと「松田啓介」として一緒に居てもいいかな?と思ってたよ…当時は」

「え?でもそんな事してよく無事でしたね?追手とかは…」

弟村の疑問はもっともだ

「どうせてめぇが色々書き換えたんだろうよ?」

「…マキから聞いていたけど啓介は僕を遠ざけるようになった後の裏取引の現場で度々カズヒラを名乗ってたみたいだ、万が一自分が捕まるような事態は僕を身代わりにする気だったかもね、まんまスケープゴートだ、だから書き換えたりするのは簡単だったよ、ガラムトラドの話が噂程度の物でもカズヒラだって吹き込んだりしていた」

「そうまでしててめぇは生き残りたかったのかよ!何とか言え!」

カミサカはカズヒラの脛を小突いた

「そんな小さな理由じゃない…全てマキの為だったんだ…言ったろう?マキは精神を病んで記憶が飛び飛びになったり不安定だったんだ、衝動的に自傷行為したり、夜中に泣き叫んだり…そんな状態で真相を探られたら…彼女は完璧に壊れてしまうよ…僕はどうなっても良かったけど、マキは関係ないからさ…あの時のマキは……」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「キャーーー!」

夜中に突然ベットからマキが飛び起きてドアを叩き出した

「マキ!どうしたの?!」

カズヒラが抱きしめようとしても辺りの物を手当り次第カズヒラに投げた

「来ないで!あっち行って!いや!いやーー!」

「僕だよ、啓介だ、ここには君と僕だけだから」

ガツッ

マキがスマホを投げカズヒラの頭に当たった

「ッツ…大丈夫、大丈夫だからね」

無理やりカズヒラがマキを抱きしめた

「ウワァーン!ここはどこなの…私何を…」

「怖い夢でも見たんだよ…大丈夫…僕がいるから…怖くない…怖くない」

マキは我に帰りカズヒラの額を見た、恐らく自分がやったと認識したのだろう

「私…なんてこと…ごめなさい…ごめんなさい!」

「大丈夫、こんなもん唾つけときゃ治るからね…そうだ…少し月でも見ようよ?ホットミルクでもいれるからさ、さっ、おいで、マキ」

カズヒラはマキの手を握りベッドルームから1階キッチンに降りて椅子にマキを座らせて鍋に牛乳を入れ温めだした

「啓介…ごめんなさい…」

「君が謝る事なんてないよ」

「最近クリストファーやリュックを見ないけど忙しいの?」

「うん、みんな僕のために働いてくれているよ、僕は基本リモートで顔出すだけ」

「フフ、悪い人…CEOの貴方が1番サボり魔なんて」

「サボってなんかいないさ、僕には僕の役目があるの、はい…熱いからゆっくり飲むんだよ」

「ありがとう、啓介…熱!」

「だから気をつけろって言ったろう?」

「ごめんね…でも嬉しいわ」

「ん?」

「最近啓介忙しすぎて心配だったわ…なんだかやつれていたし…そう、だから啓介の相談を…アレ…誰に私話たんだろう」

「マキ、チョコでも食べるかい?昨日バーバラがマキにって持ってきてくれたんだよ」

「チョコレート?いいの?食べて!」

「あぁ…でも少しにしなよ」

そういい戸棚の奥からブランド物のチョコレートの箱を出してマキに渡した

「綺麗な箱…開けていい?」

「もちろん、明日バーバラにあったらお礼をちゃんというんだよ」

「うん!でも…私…誰かのこと忘れてる気がするの…部隊を辞めた時啓介ともう1人いたような…」

「取るに足らない奴さ…少しだけ外に出ないかい?月がとても綺麗だ」

「うん…」

そういいマキの手を引いてバルコニーに出た

「月が綺麗だね、満月だ」

「啓介、見て!星が凄い!」

「本当だ!凄いねぇ」

「あ…カズヒラ!」

「え?」

「カズヒラよ!貴方にそっくりの!」

「あ、あぁ…そんな奴いたね」

そう言うとマキがカズヒラの鼻を指で弾いた

「何するんだい?」

「そんな奴なんて言わない、カズヒラにお礼言ってるの?そう言えば…カズヒラに任せた新しい会社の名前気に入ってくれたかしら?」

「え?なんだっけ?」

「もぅ…貴方が言ったんじゃない」

「僕が?」

「「カズヒラには綺麗な会社を経営させてそのままうち辞めさせるよ、カズヒラは辛い事だらけだったからね、会社を軌道に載せたら表の世界に送る、その為の会社だ、アイツの名前のカズヒラを漢字で書いたら「和平」、逆にしたら「平和」だ、アイツには平和に生きてほしい」って」

「僕が?」

「えぇ、でも会社の名前が平和じゃなって貴方がいったから私がPeaceにしたらって言って決めたんじゃない」


衝撃だった…啓介とマキが俺をそんなに想ってくれていたなんて


「さぁ、少し冷えてきたから中に入ってそろそろ寝よう」

「うん…」




「さぁマキ…ゆっくりおやすみ」

「啓介、ありがとう…」

マキが啓介の手を強く握った

「どうしたんだい?」

「私ね…今とても嬉しいの」

「どうして?」

「忙しくなる程貴方が遠くに行く気がして…寂しかったんだ」

「そっか…ごめんね」

マキの手を取りカズヒラは優しく言った

「もう僕は会社を辞めるよ、だいぶ稼いだしね、マキとゆっくりこうやって暮らすのが良い気がしてきたよ」

「いいの…?だって…」

「ああ、もうバカバカしくなってきたんだ、働き過ぎかな?それにちょっと飛び回ったりするのに疲れてきてね。こうやって家に居られるのがいいなって気がついたんだ…それにね?」

「それに…?」

「君と居られればもういいよ、ゆっくり静かに暮らそうよ」

「…本当…?」

「あぁ…本当だ」

「明日も明後日も一緒?もう1人でどこにもいかない?」

そう尋ねたマキの顔は少女と大人の間のようななんとも不思議な雰囲気だった

「もちろんだ、君を置いてどこへも行かないよ、だからおやすみ…」

「明日も素敵な1日になるといいわ、ねぇ、和平も帰ってくる?啓介?」

「どうかな…?奴は忙しいから…今度メール打っとくよ、帰ってこいって」

「もう…貴方のわがままに付き合わせたらダメよ」

「わかったわかった、今日はもうおやすみ」

和平がマキを寝かしつけた時、マキが手を引き身体を引き寄せ抱きついた

「おやすみなさい…啓介…愛してる…」

「あぁ……僕もだ…」



俺はこの時わかったんだマキの事を俺も…



でもマキの心には啓介がいた



俺にはどうする事もできない…



「愛してる…」

俺にそんな言葉を言える資格なんてない




なぜなら俺はマキの前では啓介であって和平では無い



それに



マキの愛した啓介を手にかけたのはこの俺なのだから…


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「医者にかかったりしたんですか?」

「もちろんだよ、でも脳に異常は見られない、解離性健忘症と言われたんだ、それはそうだろう?歩く死体と言えば伝わるかな、あんなもん大量に見せられて核爆発…尋常でいられる訳がない、と言っても部隊をやめて独立する時くらいからの記憶は残ってたからね、当時僕は記憶を戻す為にマキが行きたいって場所にどこでも連れていった、でもね?僕はどこかで望んでいたんだ…このまま平穏に2人で暮らせる事を…でも終わりは何の予兆もなくいきなり来たんだ」

「…彼女が全て思い出した?」

「…まさかあんな事で戻るとはね…啓介をいかに愛していたか分かったよ、僕も啓介が死んで時間が経ち少し気が抜けた事もあったんだ…その日はマキがオイスターを食べたいって言ってね………」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「美味しいね、マキ」

「美味しいわ!ありがとう!啓介!」

「ワインもどうだい?」

「お酒はやめとくわ」

「そうか…」

「あ、でも1杯だけなら」

「ん?わかった、すみません、グラスを1つ…あとシュリンプカクテルを」

「シュリンプ?」

「ああ、急に食べたくなってね」





「ありがとうございましたー」


「ふー久しぶりにたくさん食べたね、さ、タクシーで帰ろう」

「うん…」

「マキどうしたんだい?」

「あ…別に…何も…貴方こそ大丈夫?」

「ん?久しぶりに飲んだけどこのくらいどうって事ないよ、ピーーーー!タクシーー!」


何故かマキはタクシー内では喋らなかった

「マキ…どうしたんだい?」

俯くマキに和平が問うた

「…え?あぁ少し食べすぎたみたい…」

「そうか…帰ったら早く休むといい」

そんな会話をしていたら家に着いた

「マキ、本当大丈夫かい?」

「えぇ、ありがとう…」

「僕は家の事をやりっ放しにしてたから済ませてから寝るよ」

「明日でいいじゃない、私がしておくから」

「ん?マキ平気かい?」

「いつも啓介にさせてるから今日は私がやるわ、だから先に寝てて、済ませたら私も寝室に行くわ」

断る理由もなかった、和平は久しぶりの酒で少し酔っていたのもあって言葉に甘えて先に寝ることに、ベッドに入りウトウトして寝入る直前にマキも入ってきた

すると


カチャ…


この音は…!!


和平が目を覚まして身体を起こすとマキが拳銃を構えていた


パァン!


すんでのところで和平が避けた


「なんで!どうしたんだい!!」


「この人殺し!」


パァン!


2発目が発射された


「待て!マキ!何のことだ!」

「この偽物!」


…どこでバレた!


「何のことだい?!僕は…」

「和平!啓介を殺した!思い出した!あの時…あな…お前は私の問いに答えなかった!」

「ヘリに乗る時かい?!」

「そうよ!」


パァン!


「どうして…」

「啓介の代わりなのに…忘れたの!啓介は極度の甲殻アレルギー!」

思い出した…そうだった…啓介が死んで忘れていた…


「啓介を…啓介を返してよ!」

「とりあえずおち…」

「落ち着け?ふざけないで!啓介のフリして楽しかった?!」

「楽しい訳ないだろう?!」

「ならどうして!どうして言ってくれなかったの!」

銃を構ながらマキは叫んだ

「この人殺し!」

涙で視界がぶれたのか銃口と目がズレた

その隙に和平が間合いを詰めマキの拳銃を奪おうとしてもみ合った時に


パァン!


「あ…」

「マキ!しっかりしろ!」

拳銃が暴発、マキの腹部に銃弾が命中した

「マキ!マキ!意識を保て!」

「はぁ…はぁ…どうして…」

「喋るな!911!911!妻が撃たれた!救急車を…住所は……」

とっさに妻と言ってしまった

「貴方じゃ…な…」

「喋るな!マキ!弾抜けてる!大丈夫だ!しっかりこうやって抑えてろ!大丈夫助かる!」

「どう…し…て…カズ…ヒ…早く…い…」

マキから力が抜けた

「マキ!しっかりしろ!マキ!マキーーー!」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「その後救急車が来て直ぐに搬送されたよ、警察から事情聴取を受けてね…彼女は通院していたし拳銃も合法的に買ったものだったしね、一通り調べられた…マキはIDが正規のものだったけど…僕のは他人の「啓介」のものだっただったからね…バレるのが怖かった…でも事件性は低いと判断された。マキの意識が戻った時…彼女はもっと重度な記憶障害だったんだ」

「え?」

「記憶が部隊に入る辺りからぽっかり抜けてていてね、僕の事はもちろん、啓介の事も全て忘れていたんだ」

「なんていうか、切ないですねぇ」

佐原は力なく口を開いた

「でもその方が彼女にとって良かったんでしょう…1番嫌な記憶が抜けたのだから」

「それで?てめぇは?」

「…判断を間違え続けたから…僕は病院に当分の治療費を払い、ケアセンターも連絡、新しいアパートの契約、マキの口座に当分のと言っても遊んで20年くらい暮らしてもお釣りがくる額を振り込んで僕はマキの前から姿を消したんだ…いや…逃げたんだ」

名城は俯いていたが少し肩が震えていた

そんな名城に弟村はハンカチを渡した

「どうぞ、名城さん」

「要らないわ、大丈夫です」

「必要になったら言ってください」

名城は黙って頷いた

「それで?社長はその後どうしたんです?」

弟村が水を飲みながら尋ねた

「23の時にパブリックドメインの約束をして5年…僕は自分が和平なのか啓介なのか分からなくなった、自分が悪いのはわかっていたがマキも見捨てて僕は一人ぼっちなってしまったんだ…」

「てめぇが逃げ続けた結果だろうよ?」

「君の言う通りだよ…でもふと思ったんだ、啓介が言った「平和に生きてほしい」って意味は何だったんだろうってね」

「平和…?普通ってことですかね?」

「弟村君?普通というのは人それぞれ概念が違うよ?例えば日本に産まれて当たり前のように教育を受け、就職し結婚するのが普通とも言えば他の生き方を知らずに少年兵として育てられたのも普通とも言える、環境によって普通なんて変わるさ?啓介の言う平和って何か知りたくてね、世界を、放浪していたんだ、僕は。でも生きる術知らないからまた傭兵になったりしたんだけどね…ダメだった…僕は銃が撃てなくなってた…撃てなくなったと言うより人を撃てなくなったんだ」

「だから…今も銃を?」

「そう、怖いんだ…自分が死ぬのは構わないんだが…不条理に生きる権利を奪われた時の顔見るのがたまらなく怖くて…」

「…和平さん…それは普通ですよ…当たり前の感情です」

「そうかな?まぁでも傭兵できなくても何とか食ってはいけたからね、でもその時決めたんだ。正直…和平か啓介、名前なんてどっちでもいい、大切なのは意思だと、だから世界中のどこかで僕を見つけた時に「和平」と呼んでくれた人がいたら「和平」として、「啓介」と呼ぶ人がいたら「啓介」として生きようってね、名城君…覚えているかい?台湾で君が声を掛けてくれた事を」

「私…?」

「うん、僕が屋台を引いてる時、君が声を掛けてくれた「漆原様のご子息の啓介様ですか?」ってね、とても嬉しかったよ、僕を知ってる人がいるってわかった時は」

名城が急に立ち上がり詰問するように言った

「私のせいだって言いたいんですか?!」

「名城さん!落ち着いて」

弟村が制止した

「ごめん…そう取れちゃうよね…違うんだ、嬉しかったんだよ」

「嬉しい?」

「うん、こんなにも啓介の事を思ってくれている人がいるなんて、考えて見てごらん、世界75億人の中から少しの情報で啓介を探してくれたんだ、正直とても嬉しかったんだ、それに…啓介の意思を成し遂げてやりたかったんだよ」

「漆原様への復讐…?」

「そう…啓介が復讐に取り憑かれなかったら…結果は違ったと思う、もう選択を間違えたくなかったし、とにかく啓介の意思を遂げたかった…あとね?僕に遺言状とかを渡した君がとても寂しそうに見えたんだ」

「私が…?」

「うん、なんていうか…自分と同じ匂いがしたんだ、世界に誰も自分を理解してくれる人がいない…だから人の為に、遺言とは言え見ず知らずの啓介の為に生きるって意志を俺は君から感じたんだ、だから啓介として生きようと決めたんだよ」

名城の目に涙が流れ、立ち上がり

「仰りたい事はわかりました…が今日限りでお暇をいただきます、お世話になりました…」

深々とお辞儀をして部屋を出ていこうとした

「名城さん!なんで!」

弟村は名城の手を掴んだ

「私は漆原 泰介様のご子息「松田啓介様」にお仕えするのが私の役目でございます、「和平」様にお仕えする理由はございません」

「そんなの屁理屈ですよ!名城さん!」

「もう放っておいて下さい!それでは!」

「名城君!」

和平が立ち上がり呼び止めた声に足を止めた

「…今までありがとうございました、僕がわざと漆原コンツェルンを解体させた時も昔からいた啓介の親父の部下に愛想尽かされたときも貴女は僕にについてきてくれた、救われました。これ以上僕は貴女縛らない、どうか自由に、お元気で…」

和平が言い終わると名城は会釈して部屋を後にし

「名城さん!待って!待てよ!」

弟村も名城を追うように出ていった

「追わなくて良いのですか?」

佐原が尋ねた

「僕が引き止める理由はないよ、彼女の言う通り僕に仕える理由もない、なーに彼女は優秀だ、どこに行っても大丈夫だよ」

「うーーん…おふたりはとても良いコンビだと思っていたんですがね」

「お前なんだかんだ白状だな…理屈とかどうでもいいじゃねぇか?追いかけてやれよ」

「……」

「まぁいい、それで?!水流木の仕掛けた場所は?何も話が進んでねぇじゃねぇか!」

「あ、それならもう当たりはつけてるよ」

「「ええぇぇぇ!」」

佐原とカミサカの返事がハモった


ーーーーーーーーーーーーーーーー

大使公邸の出口で名城と弟村が人目もはばからずに揉めていた

「離してください!いい加減にしないと腕折りますよ!」

「離さねぇよ!てか行かせねぇぞ!」

珍しく弟村が声をあげていた

「弟村さんは勝手にすればいいでしょう?!」

「俺は辞めない!俺は松田啓介に仕えたけどそんなもんどうでもいい!名前なんて関係ねぇ!俺はあの人が好きなんだ!」

「だからなんです?!」

「俺はあんたと社長が何をしてきたか知らない!でもあんた3年一緒に居たんだよな?!あんたあの人の何見てきたんだよ!」

「はぁ?!」

「あんたは名前に仕えたのか?人間の真髄は意思だ!名前や肉体なんてどうでもいい!名前なんてその人を形成する1部に過ぎないだろう!」

「……貴方に何がわかるんです!私はこの3年間ずっと騙されてたんですよ!」

名城も声を荒らげた

「騙された?何を?それであんたは何か迷惑を被ったのか?それに松田啓介だってあんたからしたらただの他人!嫌だったらてめぇの意思で切り捨てる事もできよなぁ?それに人間なんてみんな秘密がある!それをあんたは1番分かってるだろう?!」

そうなのだ、名城は和平に話をしてない過去の事が原因でピースカンパニー存続が危うくなった事があった

「それにあんた言ったよな!自分が捕まった時社長が助けに来てくれたって!さっきの話聞いてたのか?和平さんは銃を撃てなかった、なのにあんたの為に身体張って銃持って助けにきたんだろう?!」

弟村は今にも名城に手を上げる勢いで詰め寄った

「お前が1人であの施設に乗り込んだあの時!和平さんはあんたになんて言った!言ってみろ!忘れたんなら言ってやろうか!おい!」

名城の目は涙が止まらなく化粧が少し落ちていた

「…だか…ら…君の…全てを信じる…」

名城は泣きながら言葉を出した

それはとてもか細く弱々しい声

「そうだ!あんたが俺たちに隠れてコソコソしてた時も、あんたが訳分からなくなった時も撃たれて死にそうな時も和平さんはあんたを!自分には縁もゆかりも無い他人の名城 椿を信じ抜いた!あんたが捕まらないように、最初から最後まであんたを信じて!CIAや色んな所に連絡してあんたの逃走を手助けした、後で罪に問われる可能性もあったのに信じ抜いてたじゃないか!忘れたとは言わせねぇぞ!この恩知らず!何が優秀なメイドだ!今あの人を助けられるのはあんただろう!そんな事も分からねぇのか!この!バカ女ぁ!」

弟村の声が公邸玄関な響いた

その一言が終わると名城は弟村の手を掴み逆に動かして関節技に近い形で弟村の手を離した

「…もう結構です、私は漆原様のメイドです、漆原様の遺言状に従います、私はもうあの方「和平」様に仕える道理はございません、これ以上私を拘束しようとするなら弟村 史さん、貴方の無事は保証しませんよ、お覚悟よろしいですか?」

名城は手袋の崩れを直し戦闘姿勢を取った

「やってみろ!このクソ白状メイド!お前を、俺は絶対ここから出さねぇぞ!」

暫しの静寂

公邸警備員はサングラスをして目線が分からないが興味があるようだ

なんせ最強のメイドの戦闘

みたいと思うのは当然だ

しかし…名城は戦闘姿勢を解いた

「やめましょう、弟村さんはこんな事してる場合じゃないでしょう?」

「なんだ!俺ごときが怖いのか?どうしたよ?かかってこいよ!メイドさんよう?!」

必死で虚勢をはる弟村

弟村は名城の強さをよく知っているからだ

「仕掛けられた物を探す方が先決でしょう…私は死にたくないので東京を離れます、最終通告です、これ以上…」

「さっさと行っちまえ!クソメイド!一生恨んでやるからな!俺が動く死体になったら真っ先にてめぇの喉元に噛み付いてやるからな!」

弟村の怒鳴り声を最後に名城は公邸を去っていった

「クソ…名城…なんでだよ…」

向かいから和平、佐原、カミサカが歩いてきた

「え?社長?どこ行くんです?!」

「まだ僕を社長と言ってくれるんだね、ありがとう弟村君、これから仕掛けられた物を探しに行くんだ、マキが仕掛けるならアソコしかない」

佐原とカミサカは電話で指示をだしていた

「いいですか?!手の空いてる者はすぐに木路橋のプレイドームタウンへ!すぐに探しなさい!私もこれから向かいます!」

「おい!外交特権でもなんでも使って一般人そこから出させろ!今すぐだ!応援?当たり前だバカが!…警備!表玄関に丸外ナンバーの車回せ!あれならこのバカを移動させやすいからな!」

「社長…?!どこなんです?!」

「木路橋…の遊園地エリアだよ」

「なんでわかるんです?!」

「車で話すよ」



啓介…


君が愛したマキを


絶対に犯罪者なんかにさせない


もう今度こそ間違えない


僕達は道を間違えすぎたけど


まだやり直せるよな


そうだろう…なぁ…?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る