第2話 個人のバカとバカな組織
鎌倉に住んでいた頃、4月の或る日、妻が免許の更新(のための講習会)で行った大船警察署から帰宅したのですが、泣きべそをかいている。 彼女の話によると、講習会が終わって数十人の受講者がいる前で警察官に罵倒された、ということでした。 どういうことかというと、彼女が家の前のT字路で頻繁に事故が起こるので、信号機について警察官に提言したところ「事件が起きた」ということでした。
我が家の前というのは、建長寺から下り坂になっている道(鎌倉街道)がカーブしているところで、信号機があるT字路になっています。
しかし、その信号が近くまで来ないと見えない為、頻繁に事故が起こる。私も数年間で2回事故の跡を見ました。一度は、子供を自転車に乗せた母親がカーブのガードレールとトラックの間に挟まれてグチャグチャになり、母子共に亡くなったという悲惨な事故でした。(花束が置かれた白いガードレールに血のりがうっすらと残っているように見えて、しばらくはそこを通る時には見ないようにしていました。)
湾曲した坂を下る車から信号が見えにくいので止まることができずに、そのまま黄・赤信号を突っ切ってしまう、という問題があったのです。
そこで妻は、交通安全課の警察官と話す良い機会だと思い、講習会終了後にそのことを話したのだそうです。
するとその警察官は「優良運転者でもないくせに偉そうなことを言うな。(駐車)違反をしたからこうして講習会を受けているんじゃないか。」と、まるで罪人扱い。
更に、数十人の講習者を前にして「あんたら素人にとやかく言われる筋合いは無い」とまで怒鳴られ、恥ずかしさと悔しさで泣いてしまった、ということでした。
すっかり怯えてしまった彼女は「免許証の受け取りには、あんた行ってきてよ」と言うので(家族であれば代理で受け取れる)、仕方なく一週間後、私一人で大船警察署へ行きました。鎌倉街道が空いていれば車で10分の所ですし、私個人に警察に恨み辛みはないので気楽に行きました。
しかし、窓口で免許証をもらう時に「魔が差した」というか、「ガキの使いじゃあるまいし、一言言っておく必要があるかもしれない」と閃(ひらめ)いて思い直し、○○という警察官を呼び出してもらいました。
出てきた警察官は身長185センチくらいの巨漢(35歳くらい)で、大学時代に合気や空手部の奴らと「柔道バカ」と呼んでいたタイプです。
「一週間前の講習会の時に、・・・」と話すと「ああ、そんなことがありましたか。」なんて、偉そうに言うので、つい体育会系の声(最大ボリュームの60%くらいですが)になる。
私は男ですから、もし妻のような目に遭えばその場で「徹底抗戦」するのに、と思うと、女の身で泣くしかなかった妻の無念さが、怒りとなって私に乗り移ったかのようです。
「あなた、この警察署に配属されてから何年になるんですか?」と聞くと「1年です。」なんて言うので「ウチの家内はあそこに生まれ育って30数年間、家の前で起こった事故(後の現場検証)を何度も見てきている。彼女の父親の話では、車が増え始めた頃から毎年のように事故が起きている。ウチの家内が話したことは、長年あそこに住む地元の人たち全員の意見です。
それを、ここに来てわずか1年のあなたが『素人のくせに偉そうなことを言うな。』と怒鳴りつけるとは、どういうことか。」と、大きな声で訴えたのです。
免許証の受け取り等で窓口に来ていた数十名の人たちも窓口の職員たちも、シーンとなり一斉にこちらを見ている。警察官が路上で車や自転車を止めて職務質問をするときには、物凄く嬉しそうな顔を(心の中で)しているのがよくわかる。しかし、この時の私は、大義名分があるとはいえ、やはり恥ずかしかった。
あの時この警察官が、初めに「イヤー、あの時はつい言いすぎてしまって申し訳ない。」なんて言ってくれれば何事もなかったのですが、あまりにも尊大な態度(これをバカという)でしたので、こちらもつい声が大きくなったのです。
すると奥から、やはり警察官の制服を着ていますが、ちょっと賢そうな中肉中背の警察官が着て、いきなり「どーも、申し訳ありません。」と、私に向かって大きく頭を下げる。まるで、銀行の入り口にいる男性職員のような平身低頭の姿勢。
そして、デカブツ警察官に向かって「オイ、君は自分の席に行き給え !」と怒鳴るが如く言うと、今度は満面笑みになり「どうぞこちらへ」と、入り口脇にある、高さ2メートルくらいの衝立てで仕切られた小部屋へ私を誘導する。
中に入ると、すかさず名刺を出して「私はこういう者です」と言い、このたびは大変なご迷惑をおかけしまして誠に申し訳ありません、とペコペコ頭を下げる。
名刺には「交通安全課課長」の肩書き。 このとっさの問題解決能力の高さは、さすが「課長」だと、思いました。
〇 「課長」の重み
私の父は14歳の時から叔父は大学卒業から、それぞれ30~40年間公務員勤めでした。父は東京都の水道局の局長を最後に退職、叔父は○○市の教育委員長を二期務めました。 要は、どちらも「バリバリの公務員」で、「学歴や家柄、コネではなく叩き上げで出世した」という意味では、彼らの公務員に関する評価というのは十分に信用できる。
そんな彼らが、私の甥が公務員になるという話題の時「公務員には誰でもなれるが、市役所でも警察でも「課長にならなければ、一人前の公務員とは認めてもらえない」ということを、正月の集まりで話していたのです。
大船警察署の件で、私は中学時代のこの話を即座に思い浮かべました。
① 警察官の課長としての彼の問題解決能力は、柔道バカに比べれば格段に優れていました。
この課長さんは、私が怒鳴り込んだ時、即座に(警察にとっての)問題を解決した。私という問題に対し、平身低頭して名刺を渡すという、とっさの機転によって解決しました(体よくわたしを追い出した)。
私が乞食であろうと狂人であろうと、自分のプライドを捨ててバカになれる(ごめんなさいと言える)のは「バカ」ではない証拠です。
しかし、その後の警察(組織)としての問題の処理の仕方は、民間人の私からすればやはり「バカ(常識外れ)」としか思えませんでした。
② 2ヶ月後、家の前の信号機が、当時全国で導入され始めたLED式(遠くからでも、色がよく識別できる。一基300万円もする。)に交換されました。
妻の話では、LED式の信号機なんて、その頃は鎌倉駅前の大きな交差点だけで、鶴岡八幡宮前の交差点でさえ、まだ旧式の信号機のままであったそうです。 私の妻が危険性を訴えた、というよりも、何百年という長きにわたってあの辺りに住む地域住民(妻の家は、約700年前に建長寺を創建した蘭渓道隆という坊主と一緒に渡ってきた)の要望、ということにインパクトがあったのかもしれません。
しかし、それだけの理由で予算外の300万円を捻出するというのは「バカげた」話です。
誰しも考えることですが、あの威張り散らす警察が、そんな形で幕を下ろすわけがない。
③ 数ヶ月経った頃から、私の住まいの近くなで行われる「スピード違反取り締まり」「酒気帯び運転の検査」「横須賀線踏切前の反対車線通行取り締まり」といった、検問・取り締まりの頻度が爆発的に増えました。これについて、妻はハッキリ言いました。「あんたが大船警察署に怒鳴り込んだから、その仕返しよ。」と。(オレはそのつもりで行ったのではない。おまえが泣きべそかいて頼むから、仕方なしに行ったんじゃないか、と反論しましたが。)
④ 妻を泣かした警察官がバカなのは明白です。(私の大学生時代、柔剣道や空手・合気・少林寺、或いはレスリングやキックの連中と互いにバカ呼ばわりをしていましたが、この警察官のように、オレは空手部だ体育会だ警察官だと、「看板を笠に着て威張る」なんていうバカはいませんでした。ただの空手バカ・柔道バカ・拳法バカだったのです。やはり、警察という特権階級意識に染まると、組織人としてバカになるのでしょうか。)
⑤ また、自分たち警察の威厳が傷つけられた、というメンツにこだわって行った市民への脅しや嫌がらせであるならば、「警察という組織」の体質もバカだと、私は思いました。
⑥ しかし、この嫌がらせや脅しというのは、もっと深い意味があったのです。
それは「この事件」からすぐ後のことでしたが、東京の大きな書店で中学時代の別の学校の同級生にバッタリと出遇い、立ち話でしたが、その時に教えられたのです。
彼は中野の警察学校を出て警視庁の警察官になった、という噂でしたが、その時は警察官を辞めてペット・ショップで働いている、ということでした(その関係の本を探しに、一度も来たことのない大きな書店にいたのです)。
彼曰く「警察官になって人間不信になった。動物の方がよほど正直だ。」と。根はものすごく純真な人間なのです。
〇 大学日本拳法的なる「ギリギリの攻防」
私から話を聞くと、彼は言いました。
「厄介なものをもらっちまったな。警察というのは、自分たちに批判的な者、反抗的な人間に対しては、いろいろな嫌がらせをしたり脅しをかけるものだ。おまえが渡された名刺というのは、必ず元の持ち主が回収する。その為に、おまえに「交通違反を「やらせる」・痴漢を「させる」・万引きを「させよう」とする。」
「そうだ、課長の名刺であれば、スピード違反や酒気帯び運転など全然問題ない。万引きして捕まっても、警察が店に被害届を出さないよう説得して、無罪放免にしてくれる。」
「でも、罪(冤罪)を許してもらう為に名刺を使ったが最後、おまえは警察の奴隷になるんだ。」
「彼らは民間人の協力者(社会を不安にさせるような犯罪を起こさせて、警察の必要性を社会に認識させる為の個人や集団)をいつでも「募集している」からだ。今のおまえの一方的な勝ちは、すぐにギブ・アンド・テイクの関係になり、やがておまえの大負けになる。今のお前は勝っているわけじゃない。ギリギリの崖っぷちにいるようなもんだ。」
「自分のような元不良も、いずれ弱みを握られて警察の使い捨てになると思い、警察官一年生で辞めた。2・3年経ったら、辞めることはできないから。」
〇「ナポレオンのトランプ」
(彼から「早く捨てちまえ」と言われた「幸運と不幸を同時に招くというナポレオンのトランプ」を、私は妻にやってしまいましたが、数年後、それは「彼女の手から」元の持ち主に返ったのです。おかげで、私の運命が狂うことはありませんでした。)
もしも、大学日本拳法人の皆さんがこういうカード(禍根)を手にしてしまったら、速やかに「自主返納」しましょう。麻雀と同じで、ドラという幸運は不用意に捨てると大けがをする(人の運命を狂わせる)ことがありますから。
まあ、今や外来種によって政治も経済も文化もグチャグチャにされている日本ですから、私もバカな人間や組織には慣れてきて(茹で蛙状態か?)どんな突拍子もないこと・恐ろしいこと・バカげたことが起きても、驚くことはありません。
もはやジジイの私は日本の在来純血種として、与えられた残り少ない人生を完結するだけです。
私の中で、20数年前のバカ警察官と、(組織の為に)バカになれる賢い課長さんとの出会いとは、まさに色も音も取り去った「如来」という遠い過去の思い出となりましたが、2023年の現在、今度はどんな個人と組織に巡り会うことができるのでしょうか。
2023年5月13日
V.2.1
平栗雅人
出会いを大切に V.2.1 @MasatoHiraguri
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