第27話 雷刃一閃

 凍りついたようにアシェルミーナの動きが止まり、身体中から溢れていた魔力も霧散していった。


 目の前で自分の元へと駆ける為に、金髪を振り乱して大剣を振るう青年から眼が離せない。


(似ている、いや、間違いない)


 ずっと牢に入れられ、娘と一緒と言えど心が少しずつ蝕まれ。


 娘と離されてからは途端に虚ろになりかけていた、そんな意識に一気に色が押し寄せてきた。


 視界が明瞭になり、戦場の音が心臓を揺さぶる。


 蘇ったようにアシェルミーナの眼に力が戻った。


「チェインなのねっ!」


 そう叫んだ喉元に刃があてられた。


「何をしている、さっさとやれ」


 ザッカイードの冷徹な言葉が胸に刺さる、アシェルミーナはチェインの姿を眼に焼き付けながら、覚悟を決めた。


「……、出来ないわ」


「出来るかどうかは聞いてない、やれと言っている」


「……」


「娘もろとも殺されたいか?」


「……」


「いいだろう、いま自由にしてやる」


(ごめんなさい、チェイン、アドラーナ。出来れば最後に、3人で会いたかった)


 ザッカイードが剣を振りかぶり、アシェルミーナに首に狙いを定める。


「母さんにっ! 触れるなぁー!!」


 チェインが大剣で投擲の構えを取る、全身に雷のような弾ける魔力が迸った。


 だが、隙だらけのチェインに魔族の凶刃が襲いかかる。


 母の元へと駆けていたチェインは、味方より先んじて走っていた、そのせいで周りの仲間の助けが一歩届かない。


 剣や槍で身体を穿たれながら、それでもチェインの狙いは変わらない。


 他には何も考えられない。


(アドラーナに、連れて帰ると約束した)


 身体を覆う稲妻が大剣に集約していく、稲妻が剣から離れ空中に走る度に空気が沸騰して爆音が響く。


「ほぉ、凄まじいな」


 ザッカイードが小さく汗をかいた。


 アシェルミーナに向けていた剣を下げ、向かってくるであろう刃に意識を集中させる。


「我が親愛なる戦の魔王ガーシャルよ、我を穿たんとする厄を払いたまえ」


 剣を捧げ持ち、神に乞うザッカイード。


 ザッカイードとチェインの間に光の膜が現れる。


 チェインから放たれた雷を帯びた大剣が音を置き去りにして飛んだ。


 ザッカイードの神の加護を躊躇いなく貫いた大剣はそのままザッカイードの胸を貫き、後方の大地に突き刺さってクレーターを作り、そこでようやく止まった。


 爆音が遅れて轟き、ザッカイードは何も喋らず胸の穴を見てその場に崩れ落ちた。


 戦場がつかの間静まり、チェインと共に走っていた仲間が最も早く動き出した。


「隊長を守れっ」

「ボサッとするな」


 チェインは一気に魔力を使い、玉のような汗をかいている。


 身体に刺さった剣と槍を掴み乱暴に引き抜いた。


「くそっ、よくもザッカイード様をっ!」

「コイツを殺せ!」

「生かして返すな!」


 動き出した魔族をフィリオネルとグレイワーズが間に入って応戦する。


 チェインは腰の剣を抜いてシールの脇腹を蹴った。


「隊長お待ちをっ、後は我々が!」


「母さんがそこにいる、助けなくちゃ」


 朦朧とした意識で、チェインは剣を固く握り振るう。


 敵将は討ったが、アシェルミーナとの間にはまだ数百の敵がいる。


 先頭のチェインの突破力を失った10騎の部隊は戦場に残された寡兵に成り下がった。


 前進が止まり、徐々にチェイン達の周りの敵の包囲が狭まっていく。


「くそっ、隊長を護れ! なんとしても抜けるぞ!」


 全員がチェインを護ろうと雄叫びを上げて戦う、そこへ、寒気のする魔力が吹き上がるのをその場の全員が感じた。


 深紅の焔が部隊に群がる魔族を一瞬で焼き払った。


「チェイン! こっちよ! 走りなさい!」


 顔を上げるとアシェルミーナがチェインの大剣を掲げている。


 シールが走り、チェインとアシェルミーナの距離が縮まっていく。


 アシェルミーナもチェインに向かって走る。


「チェイン!」

「母さん!」


 チェインはアシェルミーナの手を握り、シールの背中に引っ張り上げ、固く抱き締めあった。


 そこへまた魔族の包囲が迫る。


「敵が多すぎる!」


 グレイワーズが叫び、チェインの側で武器を構える。


「なんだ、もう根を上げるのか」


 その後ろでフィリオネルも武器を構えた、二人とも、あちこちから血を流している。


「うるせぇ!」


 全員が満身創痍、チェインとアシェルミーナを中心に円陣を組む。


「大丈夫、私が活路を開きます」


 アシェルミーナが全身の魔力を高める。


「駄目だ母さん、そんな魔法を連発すれば死んでしまう」


「でも」


「アドラーナと約束した、必ず母さんを助けるって、3人で暮らそうって。大丈夫だ、僕に任せて」


 チェインの言葉に、アシェルミーナの眼に涙が浮かぶ。


「フィリオネル、母さんを後ろに載せてくれ。僕が活路を開く」


 チェインはアシェルミーナから受け取った大剣を握る。


「隊長」


「大丈夫だ、早く」


 躊躇うフィリオネルを目で制し、アシェルミーナを背に載せる。


「あなた、バルハラーの隊にいた?」


「お久し振りですな、アシェルミーナ様。後でゆるりと話しましょう」


 フィリオネルがチェインに目を向ける。


「アシェルミーナ様は私が必ずやお守りします」


「任せたよ。行くぞ! 目指すは右翼だ!」


 チェインの掛け声と共に走り出した、魔族の群れの只中へ。


 父親の形見の大剣を、しっかりと握る、父の声が聞こえた気がした。


 "今度こそ、この剣で護ってくれ"


 シールが跳ねるように駆け、それに会わせてチェインが大剣を振り回す。


 手が痺れ、両手で大剣を握る。


 一振、二振、三振。


 轟音と共に敵が飛び、血飛沫が舞う。


 四振、五振、六振。


 七振目で敵に止められる。


「があ"ぁぁあ"あ"あ"ぁっ!!」


 雄叫びを上げ、止まった剣を振り抜いた。


(帰るんだ、必ず、帰るっ!)


 チェインの全身から稲妻が走り、バチバチと火花が飛ぶ。


「どけぇっ!」


 剣を振り、敵にぶつかると閃光が弾けて轟音が響く。


 その凄まじさに魔族が怯み、チェインが駆ける。


「怯むなっ! 相手はボロボロだぞ! 囲んで殺せ!」


 無心で剣を振り続けるチェイン、意識は遠く、思考は"家族"でいっぱいだった。


(母さんと暮らすんだ、アドラーナと暮らすんだ。そして、エリシアと、エリシアに、エリシアに会いたい)


「化け物か……」


 チェインの背中は、仲間にそう思わせるほどに鬼気迫る迫力を滲ませていた。


 それでも、進む速度は緩む。


 完全に囲まれ、それでもチェインの振るう大剣には雷が鳴りやまず、光を放ち続ける。


 だが、完全に囲まれた部隊はもはや、生還ではなく死ぬまで戦う覚悟を決めた。


 それでも、誰一人として死ぬ者が出ていないのは着いてきた9名がチェイン万騎隊にあって最強である証。


 とうとう前進が止まり、もう終わりかに思えた時。


「諦めるなっ!」


 チェインの叫びと共に、後方から魔族の軍をすり抜け別の部隊が現れた。


 その先頭は金色の髪を靡かせた、チェインが会いたいと心で叫んだ相手。


「エリシアっ!」


「全く、無茶をする」


 エリシアは瞬く間にチェインの周りを援軍で囲んだ。


「抜けるぞ、着いてこい」


 目の前の囲む大群など目にも入っていないかのように、さらりとエリシアは言った。


 そして走り出すと魔族の猛攻を流し、躱し、弾き、まるで水の流れに沿って泳ぐように進んでいく。


 チェインはその後ろをただ走った、エリシアの背中を見つめ、胸には抑えきれない程の感情が溢れた。


 包囲を抜け、混戦の続く右翼が視界が入る。


 チェインがエリシアの隣までシールを走らせる。


「ありがとう、エリシア」


 そう言うと、エリシアはチラッとチェインを見て視線を前方に戻した。


「礼ならアドラーナに言え、彼女に頼まれて来た」


「アドラーナに会ったのか?」


「話しは後だ、敵軍をサライド山脈まで押し返す。それにはまだ打撃が足りない」


「任せてくれ、エリシアのお陰でかなり休めたからね」


 チェインは鞘に納めていた大剣を引き抜いた。


「エリシアは内に入って右翼の指揮を頼めるかな?」


「……、分かった。これ以上無理はするなよ」


「するさ、エリシア」


(君がいるなら)


 チェインはその言葉を飲み込んだ。


 エリシアはチェインの顔を見て、嬉しそうに「ふっ」っと笑って走り出した。

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