第26話 豪雷・突撃
10の騎兵が戦場を疾駆する。
混戦状態の味方の隙間を縫い進み、白の軍勢が目前に迫った。
「僕が敵将の首を取ってくる! それまでここを頼むっ!」
前線で戦う民兵を鼓舞し、敵の視線を自らに向ける。
「上等だぁ!」
「そいつを通すなっ!」
「殺せーっ!」
群がる敵を前に、チェインは愛馬シールの鞍にかけた巨大な剣を引き抜いた。
柄の根元から切っ先までの全長は2メートルを越える、幅広で肉厚、100㎏を超えそうな大剣。
それをチェインは片手で構えた。
頭上高く掲げ吠える。
「があ"あ"あ"あ"ぁー!!」
愛馬シールが踊るように跳ね、それに合わせて大剣を回転させ振り抜く。
剛雷が地に落ちたような大音響と共に敵が宙を舞う。
敵陣に大剣で風穴を空けながら進む、その様はさながら木を根から吹き飛ばす竜巻を敵の脳裏に過らせた。
「ふはは、恐ろしや。バルハラー様を超える剛雷だ」
チェインの後ろを走るフィリオネルが笑った。
「なんの話だよ!」
その横で必死に矛を振るいながらグレイワーズが叫ぶ。
「チェイン様の父バルハラーの名の意味は"雷鳴"。生まれた時、それはもうデカい声で泣いたことからその名がついたそうだ」
涼しい顔で矛を振るいながら喋るフィリオネル、彼は勇者バルハラーの万騎隊にも所属していた歴戦の古兵。
「長い話は聞いてらんねーぞ! フィルの旦那っ!」
「年寄りのはなしは聞くもんだ、ったく、今時の若いもんはこれだから」
「いーっから続きは!?」
「勇者バルハラーは元々が姓を持つ身分じゃない、"スプライト"の姓は戦場での活躍を称して国王が授けたものだ。意味は"赤い稲妻"。戦場であの巨大な剣を振るい血飛沫と共に敵を吹き飛ばして戦った。まるで天高く、雲の上で荒れ狂う|赤い稲妻(スプライト)の如くな」
「ははっ! チェイン隊長は正に|赤い稲妻(スプライト)の再来だなっ!!」
グレイワーズの言葉に、フィリオネルは前を行くチェインを見つめた。
そして思う、|バルハラー(それ)以上だと。
「無駄口を叩いていると置いていかれるぞグレイワーズ!」
「アンタが言うなっ!」
チェインの上げる血飛沫の後を雄叫びを上げながら追う兵士達、その凄まじさに戦闘民族の魔族といえど戦慄した。
~~・・~~・・~~
「がはっ」
「少々やるがぁ、お前程度の男は人魔大戦の頃にゃあゴロゴロいたわぃ」
全身に無数の太刀傷を受けながらも、闘志に満ちた目でラザートを睨むウーラス。
ラザートも傷を受け玉のような汗を浮かべているが、両者には決定的に差があった。
覆しきれぬ決定的な差が。
「お"ぉっ!」
ウーラスが渾身の力を込めて両手で振るバスタードソードをラザートは片腕で受け止める。
いなし、翻し、ぶつかり合ってはせめぎ合う。
ウーラスの両手は既に痺れて感覚さえ遠くなっている。
(この小僧ぅ、打ち合う度に強うなっとる。俺の手下に欲しぃくれーだ。出会う場所が悪かったなぁ)
「そろそろ終いだぁっ!」
「ナメるなぁっ!」
振り下ろされる戦斧に向かって逆方向からバスタードソードを振りかぶる、ぶつかった瞬間に両者の武器が衝撃で湾曲する。
振り下ろされた戦斧を受け止めたウーラスにラザートは喜色を浮かべた。
「いいぞいいぞぉ! こんなに楽しいのは20年ぶりだぁ!!」
踊り来る戦斧をウーラスも一歩引かずに打ち返す。
剣と斧がひび割れ、一合打ち合うごとに破片が飛ぶ。
ウーラスは熱戦の中でこのままじゃ負けると確信めいた予感があった、それでも、ウーラスはこの戦いをどこか楽しんでいる自分も感じていた。
何度も何度も戦いながら死を感じ、死線を潜り、自らに今までにない高まりを抱いた。
その刹那。
ウーラスのバスタードソードが半ばから砕け散った。
「がははっ! つまんねぇ幕だが、勝ちはもらうぞぃっ!!」
下段から舞い来る凶刃を目前に、ウーラスの心はどこまでも静かだった。
「腕一本くれてやるっ!!」
迫る戦斧をガントレットで受け、刃が食い込んだ瞬間に腕を振り上げた。
ウーラスの腕が手首から飛び、戦斧が空を切った瞬間、ラザートがウーラスの凶行に目を見開いたと同時に折れたバスタードソードがラザートの心臓を突き貫いた。
ラザートは戦斧を脇に抱え、バスタードソードを握るウーラスの手をラザートが掴む。
「見事だぁ、若ぇの、もう一度、名を教えろや」
「……。チェイン万騎隊第3席、ウーラスだ」
「魔族の悲願を叶えろウーラス、ヒームからこのアーセラの地を奪えぃ」
「それはお前の悲願だ、俺のじゃない」
ウーラスの言葉にラザートは嬉しそうに笑った。
「がはははっ! その通りだ、ウーラス。お前にやろう」
ラザートは戦斧をウーラスの胸に押し付けた、ウーラスは折れたバスタードソードから手を離し、戦斧の柄を握った。
それを見たラザートは最後の呼吸でボソリと呟く。
「悪くねえ、悪くねえや。あばよぅ」
ラザートの目から光が消え、ウーラスの手には戦斧が残った。
「……、重いな」
ウーラスは戦斧を見下ろして呟き、高く掲げた。
「左翼の将ラザートを討ち取ったぞ! 勝ち名乗りを上げろ!!」
手首から流れる血を気にもせず、ウーラスは吠えた。
~~・・~~・・~~
エリシアが右翼前線の勝ち名乗りを耳にし、ウーラスの大金星に胸を熱くした。
(よくやったぞウーラス)
「ウーラスが敵左翼の将を取った、前線の水滴陣形の間を押し上げて横陣を張り直せ! ライカ、ここの指揮はお前に託すぞ。敵の大将を討った後はここから相手の横陣を瓦解させる、タイミングを間違うなよ!」
「エリシア様はどこへ!?」
「中央からチェイン隊長の後を追う、出番だ! ついてこい!!」
待機していた400騎を率いてエリシアが中央に走る、その後ろを眺めてライカは心から感嘆した。
(なんという戦術理解だ、まるで追い付けん)
自分は王直属の近衛兵だという自負を砕かれたライカは、それでもエリシアの背に憧憬の想いがこもっていた。
「この戦いが終わったら、エリシア様の隊に転属願いでも出すか」
想いを胸に、ライカの指揮は熱を帯びた。
~~・・~~・・~~
敵の真っ只中を進むチェインの耳にも右翼の歓声が聞こえた。
(やったなウーラス)
柄を握る手へさらに力が漲る。
「右翼が勝ったぞ! 勝利は目前だ! 進めぇー!!」
猛るチェインの目前に、総大将を囲む最後の陣が現れる。
その陣の先頭に、みすぼらしい服を着た女が幽鬼のようにゆらりと立ったまま、不気味に右手をチェインに向ける。
(あれは、まさかっ)
チェインの脳裏に過る懐かしい姿。
「母さんっ!」
チェインの声も想いも届かない。
アシェルミーナの身体から魔力が沸き上がり、チェインでさえ寒気が走るほどの濃密な殺意がその手に集まる。
真っ赤な殺意が迸り、熱波となって空気さえも焼き焦がしながら襲いかかってくる。
「我が親愛なる闘争と前進の女神ゼラネイアよ、我の進む道を蝕む災いを打ち払いたまえ」
チェインの声に呼応して迫る焔に向かって黒い光が沸き上がる。
"終焉の焔"は黒い光に包まれて何も残さず消え去った。
「次だ」
アシェルミーナの後ろに立つザッカイードが冷徹な声で言う、アシェルミーナは無表情なままもう一度手を上げ、身体中からまた魔力が沸き上がる。
「母さんっ!」
"終焉の焔"と"闘争と前進のゼラネイア"の加護が打ち消しあってもたらした静寂が、チェインの声をアシェルミーナへと届けた。
アシェルミーナの眼が大きく見開かれ、馬を駆り、バルハラーの大剣を掲げるチェインをしっかと捉えた。
「…………。チェイン、なの?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます