第28話 挟撃・幕

「反応が遅いな」


 敵左翼の裏に回ってきたチェインの部隊に、敵はなんの反応も示さない。


「敵軍左翼の将はウーラス殿が討ったと報告が、その時、同時に指揮系統と伝令兵もかなり叩いたそうです」


 軍には持ち場があり、命令無しでは迂闊に動くことはできない。


 チェインの部隊が目の前を走っていくのを、なぜ止めに入れと伝令が来ないのかと敵部隊も困惑している。


「流石ウーラスだ」


 ウーラス率いる右翼と挟撃する形は、止めに現れるハズの予備隊の出現もなく、中央のザッカイードも討たれていた魔族軍は左翼が討たれるままに動けなかった。


 本来なら代わりに指揮に入る最後の将であるレギースは最も離れた反対の戦場にいたのでなんの反応も出来ない。


「前半の失態を取り戻すぞ! 殺りまくれ!」


 そんな中、右翼前線のウーラスが気焔を上げて戦った。


 片腕を失ったにもかかわらず、いままで以上の戦いぶりに背を追う仲間も大いに勢いずいた。


「ウーラス!?」


「チェイン隊長!」


 挟撃から互いの前線を押し上げてウーラスとかち合ったチェインは、片腕を失い、いつもの愛剣ではなく戦斧を振り回すウーラスが一瞬誰だか分からなかった。


「まだまだ戦えそうだね」


 二人とも満身創痍だが、表情は明るい。


「無論です」


「それじゃ、久しぶりに肩を並べよう」


 ウーラスとチェインは横陣の端から敵軍を食い潰すように討ち進んだ。


 時刻は太陽が中天に入った頃。


 ようやくレギースが中央の指揮に移り、魔族全軍の撤退を開始。


 魔族軍が王都へ侵入してきたサライド山脈麓の森林へ姿を消したのはまだ日が高い内。


 終わってみれば、魔族軍のウェザーラ王都急襲はチェイン率いる王都軍の圧勝劇として幕を閉じた。


 チェインは本営で指揮を執っていたエリシアの元へと向かった。


 エリシアは王都から引っ張ってきた、500の王直属近衛兵達と共にいた。


 そこへ、チェインがゆっくりと進む。


 エリシアはチェインに背を向けているが、周囲の兵達の反応で、背後に誰が来ているかに気付いた。


「エリシア」


 控えめに、チェインが声をかけた。


 エリシアは振り向かず、そのままだ。


「エリシア、その、援軍ありがとう。来てくれなかったら危なかったよ。どうしてこんなに早く王都から援軍が出せたんだい?」


 なんと言って良いか分からず、チェインは言いたい事とは別の話題が口から漏れた。


「お前の、妹が色々と話してくれてな。そこで気になったのがザッカイード軍の行軍してきた道程だ。海を越えてアーセラ大陸に入った後の行動があまりにも静かで、あまりにも巧すぎた。傭兵達の手引きにしても鮮やかすぎる」


 そう言われ、確かに、王都の喉元に剣を突きつけられるまで敵軍に気付かなかったことはチェインもおかしいと感じていた。


 いくら20年平和が続いたと言っても、他国とのいざこざもありはした、平和ボケというにはあり得ない失態だ。


「ザッカイード軍を手引きしたのは冒険者ギルドだった、奴らが山と森を案内したんだ」


「なるほど」


 冒険者は戦争時は傭兵部隊と連携して戦っていた。


 仲が深い背景がある、そして生業上、山森には詳しい。


 一万を超える軍を秘密裏に通すルートを知っていても合点はいく。


「よく分かったね、冒険者ギルドが噛んでるなんて」


「アドラーナだ、彼女が道案内は冒険者がやっていたと証言した。昨日の夜には冒険者ギルドに押し入り。そこで武装していた傭兵崩れの小隊もいたから言い逃れも出来ずにカタがついた」


 そこで、ようやくエリシアがチェインに向き直った。


「私がイオレク大将軍にチェイン部隊への援軍を頼んだ、王城に念のため最大限の兵を残し、500騎だけ出陣を許されたというわけだ」


 久しぶりに正面から見たエリシアに、チェインは射抜かれたように動けなくなった。


 ぼうっとするチェインに、さらにエリシアが口を開く。


「アドラーナに、聞いた。お前が"不能"だったとな」


 エリシアの、鈴の音のような心地良い声をその場の全員が聞いたが、意味をすぐに理解出来たものはいなかった。


「"不能"だから、私に婚約破棄を申し出たと」


 その場の人間に、言い聞かせるようにエリシアはもう一度言った。


 チェインはどこか救われるような心地がした。


「その通りだ、エリシア。僕は"不能"だった」


 チェインはシールから降り、大剣を抜いて地面に突き立てた。


 周りには、ウーラスもサームもアシェルミーナも、主だった者はみんな集まっていた。


「だけどもう、治し方が分かったんだ」


 チェインは大剣に向かい、祈るように両手を結んだ。


「我が親愛なる闘争と前進の女神ゼラネイアよ、僕は貴女からの寵愛を放棄し、加護を拒む。許されるならそれを示せ」


 その場の全員が驚くなか、チェインの目前の大剣にヒビが入り、半ばから折れ砕けた。


「これで、僕の"不能"は治った。エリシア、君を傷つけた事には変わりないし、君に恥をかかせた事も変わらない。本当に、すまなかった。もし、許されるなら」


 チェインは騎乗するエリシアの元まで歩みより、跪いた。


「僕ともう一度、婚約を結んでもらえないだろうか。誰よりも、何よりも君を、エリシアを愛している。この言葉には偽りは一切ない、エリシア。愛している」


 言いながら、チェインの眼に涙が溜まった、チェインは流すまいと必死に堪える。


 エリシアは馬から飛び降り、チェインに抱きついた。


「……、馬鹿め。何度も恥ずかしい思いをさせてくれるな」


 エリシアはチェインの耳元で囁いた。


 チェインもエリシアをキツく抱き締める。


「あらまぁ」


 アシェルミーナが手で口元を隠し、嬉しそうに笑った。



 ~~・・~~・・~~



「母さんっ」


 飛び付くアドラーナをアシェルミーナが強く抱き止める。


 戦い終結後、アシェルミーナは城に呼ばれて尋問を受け、勾留された。


 だが、国の最高武官であるイオレク総司令が知り合いだったこともあり、勾留は1日で済んだ。


 城から帰り、ストーム家の玄関ホールで母と娘は再会した。


「アドラーナ、無事で良かった」


 頭をなで、アシェルミーナがアドラーナをまじまじと見つめる。


「素敵な服ね、見違えたわ。よく似合ってるわよ」


 アドラーナは自分を見下ろし、恥ずかしそうに笑った。


「チェインが買ってくれたの」


「アナタの兄さんよ」


 そう言われ、近くで見ていたチェインも恥ずかしくなり頬をかいた。


「ありがとう、母さんを助けてくれて」


 アドラーナが言う。


「当たり前だ、僕達の母さんだ」


 アドラーナは少し躊躇い、チェインに抱きついた。


「ごめんなさい、兄さん、ごめんなさい」


 驚いたチェインは、どうして良いか分からずに両手を上げて固まった。


 アシェルミーナを見ると、微笑ましく見守っている。


 チェインはそっと、アドラーナの頭を撫でた。


「いいんだ、アドラーナ。全部終わった。終わったんだ」


 チェインの側に立つエリシアに気付き、アドラーナが頭を下げた。


「兄さんを助けてくれて、ありがとうございます」


「礼は必要ない、国のために戦ったまでだ。私の方こそ、協力に感謝する。君のお陰で王都内の不穏分子をいち早く払うことが出来た」


 エリシアが"おほん"と咳払いをして、チェインに目顔で合図を送る。


「アドラーナ、エリシアとまた婚約者に戻れたよ。アドラーナのお陰だ、ありがとう」


「そういう訳だ、私もアドラーナには感謝が多い。困ったことがあればいつでも会いに来ると良い、歓迎するよ」


 エリシアの耳が赤くなっているのに気付き、アドラーナは顔がにやけるのを必死にこらえた。


「ありがとうございます、嬉しいです」


 エリシアはアドラーナの笑顔をを満足そうに見る。


 そこへジャッキーが現れた。


「おっ! 君が噂のチェインの妹君か! 可愛いね~」


 場の雰囲気に似つかわしくない軽い調子。


「何をしに来たジャッキー」


「冷たいな姉さん、俺はお祖父様のお使いだよ」


「なんだ?」


「チェインをお呼びだ、大至急、また怒ってたよ」


 "怒ってたよ"、その言葉がチェインの中にエコーのように響く。


 間違いなく、勝手に公衆の面前でエリシアにプロポーズしたことに怒っているのだろうと察しがついた。


 チェインは剣を上段に構え、悪鬼のように怒れるイオレク大将軍を思いだし、背筋に冷や汗が流れた。

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