第23話 英雄の平原

 英雄の平原。


 ウェザーラ王国の新兵は、貴族出身も武家出身も、平民出身も全ての者はここで訓練をして戦場に出ていく。


 名のある武将も、英傑と後に呼ばれた荒武者も、最初はここから始まる。


 全ての英雄の出発点、故にここはいつからかこう呼ばれるようになった。


 "英雄の平原"と。


 未だ日の指す気配もない深夜から、チェインは起き出して平原の地図を眺めていた。


「隊長、報告します」


 天幕の中で揺らめく灯りを頼りにやって来た伝令兵が天幕の外から声をかける。


「入ってくれ」


 チェインの返答を待ち、伝令兵が中へ入った。


「民兵は総勢で3,000集まりました、日の出の前にはここに到着します」


「分かった」


(3,000か、想定の最低値だな。出来るだけ横陣を広げられない場所に敵を誘導するしかない)


 英雄の平原はひたすらに開けた平地、そこで数対数で闘うと数の少ない側は横陣の端から裏に廻られ、挟み撃ちをかけられて簡単に崩れていく。


 それをさせないために相手に合わせて横陣を延ばせば、厚みがなくなってやられてしまう。


(混成軍も僕達の部隊をほったらかしにして王城を攻めれば逆に挟み撃ちに合う。だから必ず僕達を倒してから王城に行くはずだ)


 チェインは地図上で大人数対少人数でも戦いやすい場所を探すが、こちらに都合の良い場所は王城から遠すぎる。


(かといって、王都から距離を取りすぎれば混成軍は部隊を二つに分けてしまうかもしれない。そうなったら王都が危険だ。つかず離れずの距離なら、ここしかない)


 チェインの目は地図上の王都近くを流れる大河川、グラムリバーを捉えた。


「ウーラスとサームを呼んでくれ、軍略会議だ」



 ~~・・~~・・~~



「良く肥えた土地だ、ヒームが豚のように肥るわけだ」


 背後の山の向こうに差し始めた陽光はまだ薄く、周囲の輪郭をぼんやりとしか示していない。


 朝露に濡れた草地を忌々しそうに踏みしめる、白髪で真っ白な肌の男。


 顔にも身体にも無数の古傷が浮かび、鋭い眼光は並の者では正面に立つことさえ出来ないほどの覇気を放っている。


「ザッカイード様、斥候がヒームの軍を発見しました。数は3,000ほどと」


 報告を聞いてもザッカイードは眉1つ動かさない。


「傭兵の首領、ザンデの情報はここまで確実だったが、ここへきて外れたな。奴の話ではウェザーラ王国からの兵は10,000程度だと言っていた、それが3,000か。何かあるな、どうせヒームお得意の小賢しい策だろう」


 流れる重い空気に、報告に来た者は喉も鳴らせないほどに緊張する。


「いかがなさいますか?」


「どうでもいい、これは魔族がこの大陸の覇権を奪うための戦争。その前哨戦だ。全てを捩じ伏せて粉砕する。向こうも罠を用意する時間は無かった筈だ、戦いやすい場所へ誘導するのがせいぜいだろう。出向いて皆殺しだ」


 ザッカイードは大きく息を吸い込んだ、背後にそびえるサライド山脈、今はその麓に生い茂る森の中に自軍を隠している。


(ディーザスター様でさえも、ヒームの首都圏内の土地を踏むことはなかった。それを俺が踏むことになるとはな。ヒームの道案内で、こそこそと踏み入れたのは気に入らんが、こうも簡単に入り込めるとは……。この後、俺の軍が首都圏の軍隊に囲まれ壊滅しても、俺がヒームの王を殺せば俺の後に続く者が魔大陸の何処かに現れるだろう。このアーセラ大陸をヒームから奪うという意思を継ぐ者が)


「ラザートとレギースを呼べ、出るぞ」


「ザッカイード様、もうここにいやす」


 坊主頭に隻腕、背中に巨大な戦斧を背負った男が暗がりから現れた。


「もう山歩きは終わりですかぁ?」


 坊主頭に続いて現れたのは細身で背が高く、腰に|刺突剣(レイピア)を下げた男。


 2人を見たザッカイードは薄い笑顔を浮かべた。


「2人共、よくここまでついてきたな」


「このラザートの命はザッカイード様に預けてやす」


 そう言うと、なにが可笑しいのかラザートはゲタゲタと笑った。


「不肖ながら、それは私も同じ」


 レイピアの柄を指でコツコツと叩きながらレギースも応じる。


「今夜はあの城の玉座で祝杯をあげるぞ」


 白み始めた空の先に、ウェザーラ王国の王城が見えた。


「それでは第一陣はいつも通り私にさせていただきますよぉ」


 レギースが前へ出た。


「敵は下がりながら戦う筈だ、昼までには終わるように追いたててやれ」


 ザッカイードの言葉にレギースは嬉しそうに笑った。


「お任せを」


「そいじゃ、あっしも出ます。ザッカイード様、夜に会いやしょう」


 去っていく古い部下をザッカイードは見送った。


 魔族の軍勢は隊列を組みながら森を出る、その総数は12,000。


 傭兵崩れとの混成軍ではなく、全員が白い魔族の軍勢。


 森を出、すぐに差し掛かった英雄の平原には騎馬したチェイン直下騎兵団が縦に長い陣形を組んで待っていた。


「見るからに逃げ腰な陣形だ」


 つまらなそうにザッカイードは唾を吐いた。


 馬に乗ったレギースの部隊が疾風のようにチェインの騎兵団に襲いかかるが、チェイン騎兵団はそれを上回る速度で距離を放し、下がりながら雨のように矢を放ってくる。


「ほう、ヒームらしい小賢しい手だ」


 レギースの部隊は矢の届かない場所まで下がり、チェイン騎兵団を追うと今度はチェイン騎兵団が二手に別れてレギースの部隊を挟み込む。


 鮮やかとさえ言える連携、それを見てザッカイードは喜色を浮かべた。


「中々に楽しめそうな相手だ、伝令を送れ、レギースとラザートの隊で連携して全速力で追い込めとな」


 ザッカイードの伝令が届き、全速力で追うと流石のチェイン騎兵団も矢を射てなくなり、そのまま川岸まで下がった。


 大河川を背に、半円状に隊列を組んだ部隊が見えてきた。


「そこに伏せてあったか、それでもせいぜいが6,000~7,000程度。なるほど、ザンデの作戦は筒抜けだったか。王都内に相当数の兵が残っているはずだ。これでは王都内でのクーデターは難しいだろうな」


 傭兵団首領ザンデとザッカイード軍の当初の作戦は、王城内から軍を全て引っ張りだし、その隙に王都に潜伏したザンデが王城を攻め落とすという物だった。


 そして略奪の限りを尽くし、王都に火を放って人魔大戦の火蓋を今一度切って落とす。


 王都に近衛兵が残っている以上、ザンデの率いる傭兵達では王城は落とせない。


(王城を落とすには俺がこの6,000を殲滅して王都へ向かうしかない、首都圏の支城から援軍が来る前この敵軍を早々に始末する)


「こちらも半円に横陣を伸ばせ、綺麗に囲んで皆殺しだ。左翼にラザート、右翼にはレギースが入れ。日が中天まで昇る前には仕留めると伝えろ」


 ザッカイードは眼前に展開するチェイン騎兵団を包むように陣を広げる。


 綺麗に半円を描き、背に大河川を背負っているのでチェイン騎兵団に逃げ場はない。


 魔王軍にあって最強部隊と恐れられたザッカイード軍を前に背水の陣を取り、全く怯えを感じさせないチェイン騎兵団を見てザッカイードは笑った。


「俺を前に、半分の兵で背水の陣を取るか……。ここまでの道案内は見事だったが、ここからはどうかな? モノを知らぬ阿保か、はたまた稀代の名将か。試させて貰おうか、アシェルミーナを連れてこい、ようやっとあの売国奴が役に立つ時が来た」


 連れてこられたのは手枷を嵌めた、痩せた女性魔族。


 だが、その目には力が宿っている。


「ザッカイード、私の娘は何処なの?」


「あれを始末したら(ザッカイードはチェインの部隊指差した)娘の命は保証してやる。お前は命尽きるまで"終焉の焔"を撃ち込め」


「解放が条件よ」


「いいだろう、お前の娘にもう用はない。ヒームの王都を滅ぼせば、そこに置いていこう」


 アシェルミーナは目を閉じて考える。


(これ以上の譲歩は望めない、アドラーナ、ごめんなさい。強く生きてね)


「分かったわ」


 睨むアシェルミーナの視線を受け、ザッカイードは鼻で笑った。


 そしてザッカイードの地鳴りのような号令が響き渡り、戦いが始まった。

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