第24話 開戦

「反応が早いな、この速度で追われたら矢は射てない」


 シールに跨がり、背を追ってくるレギースとラザートの部隊を見ながらチェインが呟いた。


「驚いて脚を緩めてくれたらたっぷりと矢の雨を降らせたんですがね」


 チェインの隣を走るサームが軽口をたたく。


「相手は人魔大戦を戦い抜いた猛者だ、油断しちゃ駄目だよサーム」


「どうでしょうね、人魔大戦にチェイン隊長はいませんでしたから」


 意味深にサームが笑う、チェインがその時代にいれば敵ではなかったと言いたげだ。


「ウーラスもサームも僕を過大評価しすぎだよ、僕が強いのは君達がいるからだ。今日も頼んだよ」


「お任せを、自分達が過去の遺物だと思い知らせてやりますよ」


 サームは悪そうにニヤリとした。


 目前に、ウェザーラ王国で最も大きな大河川、グラムリバーが姿を現し始め、大河川の前に民兵を指揮して陣形を組んでいるウーラスが見えた。


 民兵が組んでいるとは思えない綺麗な半円の横陣、その出来映えは素晴らしい。


(あれなら戦う前に民兵だとは見破れない)


 民兵達は国から支給された重武装に身を包んでいる。


「サーム、後は作戦通りに」


「はいです、チェイン隊長、御武運を」


 そう言ってサームは横陣の左翼に走っていった。


 チェインは横陣の中央に走る。


(弓騎馬への対応は凄まじく早かった、あの戦型は人魔大戦の頃にはなかったはず、それを初見で一瞬で対応してきた。ザッカイードは間違いなく優秀な将だ)


 チェインとサームが率いていた騎馬隊も横陣に入り隊列を組んだ。


 その頃にはザッカイードの軍も全て到着し、チェインの部隊を包むように横陣を展開する。


(出来れば弓騎馬隊でもっと敵を叩きたかったけど、仕方ない。ここまでは予定通りだ)


「民兵のみんな、敵は王城にも潜んでいる、だけど、僕達がこの魔族の部隊を王都に入れさせなければ絶対に王都が滅ぶことはない」


 チェインの静かだがよく通る温かい声、聴く者の心を掴む声で民兵に向かって語りかける。


「敵は僕達がここにいる限り王都に行くことは出来ない、だから僕達がここで戦い続ければそれで勝ちは手に入る。だから君達は死なない事も作戦に入っている。敵を留める事に専念してくれ。頼んだよ」


 民兵から歓声が上がる。


 チェインは民兵から、直下騎兵に向き直る。


「チェイン騎兵団。僕達は民兵に横陣を保ってもらいながら、敵将を討ちに行く。電光石火の戦いになるだろう、今日も頼んだよ」


 民兵を越える大音声。


 チェイン騎兵団の|戦い雄叫び(ウォークライ)と呼応するように、ザッカイードの軍隊も指揮官の号令でこちらへと向かって津波のように押し寄せる。


「チェイン騎兵団! 前衛に出て衝撃を受け止めろ! 敵の勢いを止めたら前衛を民兵と交代!」


 巨大な盾を構えた歩兵団が前に出る。


 砂煙を上げながら迫る敵兵、砂塵の中から真白の戦闘民族が血走った目で突っ込んでくる。


 勢いそのままに構えられた大楯へ突っ込んだ敵は衝撃で上空に跳ね上がり、次から次へとその後ろから仲間を踏み越えて突っ込んでくる。


 だが、最初の接触は岩塊のように盾を構えた歩兵団が見事に勢いを受け止めた。


「怯えるな! 民兵達よ!! 雄叫びを上げて盾兵の隙間から前へ出ろ! 敵の攻撃はウェザーラ王国の重武装が受け止めてくれる! 攻撃を止め、ショートソードで落ち着いて敵の心臓を突き刺せ!」


 指揮官の言葉に、叫び声を上げながら自らを鼓舞して民兵が盾兵の隙間から前へと出る。


 総重量100キロを越える全身鎧フルプレートメイルに身を包んだ民兵が魔族の攻撃を身体で受け止める。


 魔族の部隊は山越えのために装備は軽い、ほとんどが鎧らしい鎧は装着せず、着ていても胸から腹を守るレザーメイル程度。


 魔族の武器を盾と鎧で受け止め、刺突力の高いショートソードで突く。


 チェインが民兵に授けた策はそれだけだが、大いに効を奏している。


「前衛交代! 列を入れ替えろ!」


 まだ数号しか打ち合っていない内に後ろに並んでいた兵と入れ替える。


 それは危険も伴う、訓練をしていない民兵が実戦でスムーズには動けない、列をただ入れ換えるだけでも、隙が出来ればそこから大きく崩れる事もある。


 常に全線を維持し、混戦を避けなければならない。


 それでも、入れ換えをしたのはそれだけリスクを取らなければ敵を防ぎ続けるのが困難と見たチェインの苦渋の選択だ。


(頼むぞウーラス、時間との勝負だ)



 ~~・・~~・・~~



 ウーラスの指揮する右翼、相対する敵左翼は魔王軍でザッカイードに次ぐ剛将と呼ばれたラザート。


 ラザートは常に前線で血を流しながら戦ってきた。


 ここでもそれは変わらない。


「どうしたどうしたっ! 上手なのは弓だけかっ!」


 そう声高に挑発しながらラザートは突撃を繰り返すが、実際に隊列の中までは食い込めない。


 逆にウーラスも敵の勢いに前線を押し込めずに戦場は膠着している。


「ウーラス副官、騎馬で突撃しましょう!」


「駄目だ! いま騎馬が出ても機動力を生かせずに敵に絡め取られて終わる。仮に騎馬が敵の後ろへ抜けても向こうは数が倍以上いるんだ、将を討たずに後ろへ騎馬が抜けて挟撃しても残った前線が不利になる! 俺が前線に出て暴れている将を討つ!」


「それこそ駄目です! 奴は囮かもしれません!」


「くそっ!」


(膠着が続けば左翼が危ない、早く決めたいが思いの外ラザートが強い。ザッカイード。人魔大戦時の魔王軍最強部隊の呼び声は伊達じゃない)


 ウーラスは指揮をしながら、敵将を討ちに出る機会を見計らうが左翼敵将ラザートの息をつかせぬ攻めを前に手一杯になっている。


(やはり、俺が前線に行かなければこの敵将は討てない。だが今は指揮に集中しなければ)


 ウーラスは今すぐにでも走り出したいのを堪え、こんな時エリシアならどうするかと考えて歯痒さを覚えた。



 ~~・・~~・・~~


 サームの指揮する左翼。


「向こう! また突撃が来るぞ! 俺が出る、他が危なくなったら躊躇せずに予備隊を動かせ!」


 サームが相対するのはザッカイード軍の切り込み隊長と言われたレギース。


 サームは突破力に優れたレギースの部隊の突撃攻撃の動きを先読みして全て防いでいる。


 だが、突撃を防ぐ為に正規軍を常に動かしているので前線の維持は全て民兵が担う形になり。


 じわじわと損害が積み重なっていく。


「やりますねぇ、ワタシの突撃を全て防いできます。3度も防がれたのは初めてですよ、久方ぶりの戦で腕が鈍ってるんですかねぇ」


 突撃が勢いを落とせばレギースはあっさりと引いていく、そのまま首を獲りたいサームだが、深追いすれば敵陣の中へ入ってしまいこちらが危なくなる。


「このままじゃあのカマ野郎の攻撃は防げても、他から崩れちまう。ウーラス、ぼやぼやしてると不味いぜ」


 右翼で戦う戦友にボソリと呟き、サームは前線から離れる敵将の背に気味悪いものを感じながら見送った。



 ~~・・~~・・~~



 中央、チェイン部隊。


(サームは民兵を率いてよく粘っている、ウーラスも、互角に渡り合ってるけど押し返すまではいけない。いくらウーラスのところには正規兵を回したといっても、相手は倍の数の上に魔族でも指折りの強軍だ)


 空を見上げる、戦いが始まって一刻が過ぎようとしていた。


 チェインの心にもじわりと焦りの気持ちが芽生え始める。


(どうする、ここから援軍を送るか? 危険な賭けだ、ここから援軍を送り、突撃を掛ければさらに中央が薄くなる。敵将を討っても中央を破られたら川を背にしているせいで逃げ場はない)


 3つに分けた部隊でもチェインの率いる中央が敵軍の攻めが最も激しい、既に予備隊は全て使いきっている。


(光明もある、前列を入れ替えながらの戦闘に民兵も慣れ始めている。序盤の余力のある内に入れ替えを始めた効果が出始めてる)


 無傷の正規兵は突撃の為に温存している100騎だけ、これ以上、動くのが遅れれば左翼が持たない。


「援軍だ、温存している100騎をウーラスの元へ」


「お待ちをチェイン隊長。敵軍の奥に動きが見えます!」


 チェインの目にも見えた。


 敵軍の奥、王都の方向から来る騎兵団の姿。


 それは500の騎兵を率いたエリシアだった。

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