第21話 軍略会議

 夜営地につき、隊員に歓迎を受けながらチェインは自分の天幕を探して向かった。


 倍近い軍勢との闘いを明日に控えながら、チェイン万騎隊の誰も顔に不安を抱いてはいない。


(頼もしい)


 ようやく見つけた天幕に入ると、ウーラスとサームが英雄の平原の地図を広げ、そこに敵味方の駒を並べて話し合っていた。


「遅くなってすまない」


「いえ、いま支度を終えたところです」


 ウーラスが椅子を引いてチェインに進めたが、チェインは座らずに地図を見た。


「明日の布陣はどうします?」


 と、サーム。


 チェインから見てサームは見るからに肩に力が入っていない、いつも通りだ。


「やはり私とサームが同じ陣に入り、チェイン隊長と我々で右と左に分かれるのが最良でしょうか?」


 かたやウーラスは早く戦に出たいと言わんばかり身に力が入っている。


 それもいつも通りだ。最近は前線で暴れまわるのと同じくらい戦術にも熱が入っている。


「いや、敵の数が多い。指揮を2つに分ければ横に足りずに端から一気に崩される。3つに分けて横陣を伸ばすしかないだろう。サームは左、ウーラスは右に入ってくれ」


 チェインは腕を組み、思考深く潜っていく。


(敵の陣形がどうか分からないが、最も機転の利く横陣しかないだろう。こちらが横陣を敷けば真っ向勝負wl好む魔族も横陣で挑んでくる。そこからは……、別の領から援軍が来るまで持久戦か)


 チェインの指が地図上の王都に向く。


(いや、無理だな。王都内に傭兵崩れがいなければそれが最良だったが、中に不安分子がある状態で持久戦を取れば、魔族は部隊を2つに分けて片方を僕に、片方で王都に攻め込むだろう。持久戦が無理なら長短期決戦か、明日の日が頂点に差し掛かる前に決める)


「おそらく、王都から入る民兵は3,000か多くても4,000だろう。僕たち正規兵と合わせて6,000程度。サームは民兵1,500と正規兵500を率いてくれ、とにかく崩さず持たせて欲しい」


「承知」


「ウーラスは正規兵2,000を率いて敵を削ってくれ、同時に敵の指揮系統、出来れば左翼敵将を討ってほしい。時間との勝負だ。遅くなればなるほどサームの左翼が危ない、一気に決めてくれ」


「お任せを」


「ウーラスの右が押し込んで、中央から予備隊がウーラスの方へ援軍に回ったら僕が中央を突破して敵将を討つ。そのままウーラスの右翼に走って端の裏から挟撃する」


「分かりました、必ずや敵将を討って隊長をお迎えしましょう」


「ウーラス、呑気にやってたら左から押し上げるからな」


「その前に崩れるなよ」


「フッ、その意気だ」


「それじゃあ2人とも、今日は休んでくれ。明日の朝もう一度会おう」


 ウーラスとサームはエリシア副官の事を口に出そうか迷ったが、なにも言わずに首を縦に振って天幕を出た。


 チェインの天幕を後にし、旧知の仲の魔族二人組は少し肩を並べて夜営地を歩いた。


「サーム、分かっているだろうが」


「分かってる、明日はエリシア副官がいない。もしそれで負ければ、俺たちは2人合わせてエリシア副官分も役に立たない事になる」


 お互い、重責が肩に重くのし掛かるのを感じる。


「だが、俺達2人で両翼を任されるのも初めてだな」


 サームは嬉しそうにウーラスの肩を肘で小突いた、ウーラスも笑顔で小突かれた肩をさする。


「しかも相手は魔王軍にあって最強の矛と言われたザッカイード軍」


「相手にとって不足なし、ザッカイードの両翼を担うラザートとレギースも健在だと聞く。アーセラ大陸を荒らし回った奴らを叩きのめせばチェイン隊長は間違いなく将軍になれるな」


 2人にとって、チェインは裏町で悪行の限りを尽くしていたところをコテンパンに叩きのめされ拾い上げてくれた恩人。


 付き合いは3年と短いが、受けた恩は一生を使っても返しきれないと2人とも思っている。


「やるぜ兄弟、死ぬんじゃないぞ?」


 サームがウーラスの肩に手をおいた。


「縁起でもない、だが、死力を尽くさねば勝てないだろう」


 サームはウーラスの堅苦しい喋り方に薄く笑った、この喋り方はエリシア副官を真似たものだ。


 裏町育ちのウーラスは元々、誰よりも口が悪く気性が荒い。軍に入った頃も最初はそれが治らず、そこを指摘され、反発した時にウーラスをボコボコにしたのがエリシアだ。


 それ以来、ウーラスはエリシアを尊敬し、エリシアを真似て喋り方が変わった。


「最高の1日になりそーだ、やっぱ実戦はワクワクする」


 ウーラスは隣で心底明日を待ち遠しそうにする親友を見た。


 何処にいても誰といても飄々として、なんでも要領よくこなす。


 自分は口調や態度を諌められて殴られても、サームはウーラスと似たような態度や口調でも不思議と咎めはない。


 そんな親友を羨ましくも頼りにしてきた、この男と一緒なら大丈夫と、どうにかしてくれると思っていた。


(明日は俺1人か……)


 ウーラスは口には出さず、そう思う。


「さあ、こんな所でうだうだやってても始まらない。酒でも飲んでとっとと寝よう」


 そう言って歩いていく親友の背を見送り、ウーラスも自分の天幕に帰った。



 ~~・・~~・・~~



「荷物は持ったわね、それじゃあ行きますよ」


 ジョアンナに連れられ、アドラーナ達はストーム邸へと向かった。


 傭兵崩れの襲撃でそれぞれがまた恐怖に震え上がったが、ジョアンナが献身的になだめたお陰で落ち着きを取り戻している。


「皆さん、これから向かうストーム家では無下にはされませんがあまり歓待もされないと思います。その点は胸に留めておいてください」


 その言葉に、アドラーナの頭にある思いがよぎった。


「ジョアンナさん、ストーム邸はチェインとはどんな関係が?」


 先を歩くジョアンナがちらりとアドラーナを見た。


「チェイン様のお父様とストーム家の現当主であるイオレク様が非常に仲が良かったんです。チェイン様のお父様亡き後もイオレク様は度々屋敷にチェイン様を招きました、最初はチェイン様を引き取ろうとされたほどです。チェイン様がバルハラー様の生家に住みたいと仰られたのでそれは叶いませんでしたが、ストーム家のご姉弟とは本当の姉弟のように仲良くされていたんですよ」


(やっぱり、その姉弟がチェインと最初に会った日の朝に見た人ね)


「その姉弟って、チェインが婚約してたっていう人?」


 ジョアンナの表情が明らかに歪んだ、ジョアンナのチェインへの心象は大分良くはなったが、その話題にはまだ懐疑的だ。


「……、はい。ストーム家の長女であるエリシア様は以前まではチェイン様と婚約関係にありました」


「チェインから凄い軍人だって聞いたけど、明日の戦いには出られるの?」


「おそらく出ないでしょう、婚約を破談になさった時にチェイン様の隊から除籍されましたから」


「そのエリシアさんと話せないかしら、誤解なの、私が全部説明するから。明日の戦いでチェインを、兄さんを助けてほしいの」


 足早に歩きながら、ジョアンナはアドラーナの話を脳内で反芻する。


「……、話しの意図が分かりかねます。どういった誤解か教えていただいても?」


 勤め人として、内容的に自分が聞くには踏み込み過ぎだとは考えたが、今の情報だけではジョアンナもエリシアの元へはアドラーナを案内できない。


「兄さんは裸で寝る癖があって、私を助けた翌朝にその悪癖が出て、裸で私とベッドにいる所をエリシアさんに見られてしまったの」


「それは、それは……」


 思いもよらなかった話しに、ジョアンナは言葉を失ったように呟いた。


「兄さんは前日に慣れないお酒をたくさん飲んでて、私がベッドにいる事を忘れてたらしくて……。お願いします、明日の戦いの相手は凄く強いの。エリシアさんがいないと負けちゃうかもしれない」


 アドラーナにとって、ザッカイードは恐怖の象徴だ。


「分かりました、屋敷にいれば話せる時間があるかもしれません。ですが、今は国の大事ですから、エリシア様と会って話せるかどうかは分かりません。あまり期待はしないで下さい」


「はい、ありがとうございます」


 アドラーナは不安な気持ちを押し殺し、ジョアンナの後について歩いた。

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