第20話 襲撃
「混成軍は英雄の平原で陣を張るはずだ
イオレクの言葉にチェインは跪いて応えた。
「分かりました」
「では、
「はい、必ずや勝利を祖国に」
チェインは立ち上がり、指令室を出た。
指令室の外にはすでにウーラスとサームが待っていた。
「ウーラス、サーム。今度の敵は魔族だ、気負いはないかい?」
チェインの言葉に2人は笑みを浮かべた。
「むこう百年、ウェザーラ王国には手を出してはならないと思わせてやりましょう」
ウーラスは胸をドンと叩いた。
「敵将は魔族でも名高いザッカイード、これを討ち取ればいよいよ隊長も将軍ですね」
サームはニヤリと笑って指を鳴らす。
「頼もしいな、英雄の平原に陣を張る。すぐに準備を頼む」
二人は騎士の礼を返して走り去った。
チェインは自分の屋敷へと行くか、ここでエリシアを待つか少し迷い、自分の屋敷へと急いだ。
(この騒動が片付けば、エリシアと話そう。今は目の前の問題に集中だ)
エリシアがいる部屋の扉を少し眺め、その場を後にした。
王城を出て厩舎に走りシールに股がり、胸をさする、もうアドラーナに殴られた胸の痛みは引いている。
(殴られたのが今日で良かった)
胸をさする、神の加護は日に1度しか使えない。
(アドラーナを探したいけど、今はそれどころじゃなくなってしまった)
チェインはシールの背を撫でた。
「シール、明日は実戦になった。しっかり頼むよ」
ポンポンと首を叩かれたシールは当然と言わんばかりに嘶いた。
シールの力強い歩みに励まされるように、チェインは明日の戦術を考える。
(相手はこちらの2倍かそれ以上の手勢だ、こちらの正規兵は3,000。かなりキツい戦いになるだろう)
チェインはそう思いながら、高揚している自分にも気付いていた。
不謹慎だが、隣国との領土争いに参加しない王都守護のチェインには活躍の機会は少ない。
早く大将軍になりたいチェインにとって、これは千載一遇のチャンスでもある。
屋敷に近付くと、異変を感じた。
騒がしい、街の人が遠巻きにチェインの屋敷を眺めている。胸騒ぎがしてシールの脇腹を蹴った。
屋敷の外門が壊されている。
チェインはシールから降り、剣を抜いて屋敷の中へ走った。
屋敷の玄関は開け放たれ、玄関ホールには傭兵崩れが、その中にはアドラーナを尾行した夜、奴隷商で対峙したスナイダーの姿もあった。
レオナが髪を掴まれて、その近くにアドラーナが組み伏せられている。顔には殴られた跡、口から血を滲ませている。
その光景にチェインは頭に火花が散った。
腰を落とし、踏み込む蹴り足に万力を込める。
飛ぶように間合いを詰め、レオナを掴んでいた男の首をはね飛ばし、レオナを抱えてアドラーナを組み伏せている男の背中を断ち斬ろうと剣を振り下ろす。
だが、その剣はスナイダーに止められた。
「やるじゃねぇか七光り」
チェインは握る剣にさらに力を込める、スナイダーの顔から余裕の色が一瞬で消えた。
「僕の妹を離せ」
底冷えのするような、怒気を孕んだ声。
チェインの凄まじい膂力、スナイダーの両手で持つ剣が押し返されチェインの剣がスナイダーの肩口に食い込む。
「くそ、てめぇ、片手だと!? 待てっ」
スナイダーは目が赤く血走るほどに力を入れて押し返そうとするが剣は一方的に押し込まれ、そのままスナイダーの肩口に深々と入る。
耐えきれなくなったスナイダーが力を抜いた瞬間、スナイダーの身体は袈裟斬りに2つに分かたれた。
「僕の妹を放せ」
もう一度、チェインは同じことを言った。
アドラーナを押さえていた男がなにかを言う前にチェインは首をはねた。
「大丈夫か、アドラーナ」
チェインがレオナを離してアドラーナを抱き上げる。
「大丈夫」
アドラーナは咳き込みながら答えた。
「それじゃあ、僕の背中から離れずについていてくれ。ここの連中を始末する」
チェインから殺気が溢れた、ゴロツキ程度の傭兵崩れ達は、チェインの殺気に当てられただけで震え上がった。
その上、目の前でこの中で最も実力者だったスナイダーがあっさりと倒されている。
傭兵崩れ達はチェインが立ち上がる前に全員開け放たれた扉から我先に逃げ出した。
「もう大丈夫そうだな、レオナ、怪我はないか?」
「はい、大丈夫です」
レオナは真っ青な顔で何度も頷いた。
「他の皆は?」
「分からないです、怖くて隠れてて、見つかっちゃって、そしたらアドラーナさんが助けてくれたんですけど、でもアドラーナさんも捕まって」
震えるレオナの肩をチェインは優しく撫でた。
「分かった、二人はそばの部屋で隠れていてくれ。僕は皆を探してくる」
チェインは屋敷内を走った。
コの字の屋敷、端まで走り二階に上がって反対の突き当たりまでまた走る。
途中には傭兵崩れの姿は何処にもない。
二階を端から端まで走り、途中の部屋の扉も全て開けたが誰もいない。
嫌な想像が頭をよぎり、それを振り払うように階段をかけ降りて最初の扉を開いた。
扉を開くとジョアンナさんが他の3人を庇うように立ち塞がった。
「ジョアンナさんっ、無事で良かった」
チェインは全身の力が抜けるほど、ジョアンナの姿を見て息を吐いた。
「チェイン様、レオナとアドラーナが何処か分かりません! 私がついていながら申し訳ございません」
チェインは剣を鞘に仕舞って笑顔になる。
「大丈夫、レオナもアドラーナも無事です。ジョアンナさんは皆を連れてストーム邸へ避難をお願い出来ますか?」
「分かりました」
ジョアンナ達を連れ、チェインはアドラーナ達と合流した。
チェインはアドラーナの元へ走り、アドラーナの肩を掴んだ。
「アドラーナ教えてくれ、アシェルミーナは、母さんは生きているのか?」
「……、生きてる。ザッカイードに捕まってる」
「なんで傭兵崩れはアドラーナを拐いに来たんだ?」
(アドラーナにはもう利用価値はないはずだ、連れ去ってなにになる?)
「母さんに言うことを聞かせるためよ、母さんは魔界でも数少ない"終焉の焔"の使い手なの。お願い、母さんを助けて」
("終焉の焔"。半径500メートルを焼き滅ぼす火属性最強魔法。戦場で使えば勝負が決まるほどの猛火。なるほど、アドラーナにも母さんにも、言うことを聞かなければお互いを殺すと言っていたわけか。二重の人質。虫酸が走る)
チェインは奥歯が砕けそうなほどに噛み締めた。
怒りが吹き上がり、自分でも頭が熱を持つのが分かる。
「アドラーナ、もうなにも心配はいらない。僕が必ず母さんを助けるから、僕を信じて待っていてくれ」
チェインはアドラーナの手をしっかりと握りしめてから放し、立ち上がった。
アドラーナに背を向ける。
「助けるのがこんなに遅くなってすまない、知らずに、呑気に今まで生きてきた自分が情けない。遅くなったけど、母さんは必ず助ける。そしたら、一緒に暮らそう」
チェインは装備を持ち出し、戦場となる英雄の平原へとシールを走らせた。
街門を出て、夜営地まで走る。
(アドラーナは僕を殴った後、傭兵崩れ達の元へ戻るつもりだったはずだ。それを、戻らずに僕の所へ帰ってきた。僕に助けを求めに来たはずだ。きっとずっと、叫び続けていたはずだ。"助けて"と、誰でもいいから助けてくれと。それを聞けなかった自分が許せない。もしも、これで母さんを助けられなかったら僕は自分を一生許せない)
遠く、夜営地の灯りが見えた。
(必ず助ける、必ず)
チェインは夜営地へ向かって逸る気持ちを抑えながら走った。
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