第19話 動乱
胸に穴が開いたかと思う衝撃、チェインは屋敷の中庭で激痛にしばらく動けずにいた。
「……。闘争と前進の女神ゼラネイアよ、傷ついた者を癒し、今一度闘う力を授けたまえ」
息も絶え絶えに神に加護を乞う、淡い光が傷口を包み込む、痛みが引いていくのを待たずにチェインは立ち上がった。
動くと激痛が走った、痛みに顔を歪め、傷口をおさえる。
(あの反応、間違いなくアドラーナは父さんと母さんの子供だ。僕の妹だ、僕のたった1人の家族。早く行かないと、きっと2度と会えなくなる)
チェインの目の前の勝手口が開くと悲鳴が上がった。
「チェイン様、どうされました!?」
落下音を聞き付けたレオナがやって来た、すぐに怪我をしているチェインの肩を支えた。
「レオナ、僕を二階へ、アドラーナの所へ連れていってくれ」
「アドラーナ様なら先ほど走って出ていかれました、声をかけようとしましたが凄い勢いで」
「そうか、レオナ、僕をシールの所へ連れていってくれ。アドラーナを追わないと」
「その身体では、休まれた方が宜しいかと。私達が探しますから」
チェインは今すぐ走り出したいのに、言うことを聞かない身体がもどかしい。
「急がないと、二度と会えなくなってしまうかもしれない」
「……。分かりました」
レオナは方向を変えて厩舎へと歩きだした。
「チェイン様、一体なにがあったのですか? 今ジャッキー様がおいでになられました。すぐに会いたいと、急を要するようです」
今度はジョアンナが走ってやってきた。
「ジャッキーが?」
「チェイン! なんだこれは!?」
ジャッキーがアドラーナの部屋の壊れた窓から顔を出した、ジャッキーを見上げ、返事をしようとしてチェインが咳き込む。
「大丈夫ですか!」
レオナが心配そうに顔を覗き込む。
「レオナ、すまない、一度家に入るよ。ジャッキーにもアドラーナさんを探すのを手伝って貰えるかもしれない」
「はい」
安心したようにレオナは頷き、チェインの肩を抱えて家に入った。
そこにジャッキーも走ってやってくる。
「おい、引っ越し早々どうしたってんだよ」
「アドラーナさんが、僕の妹だったんだ。問いただしたら殴られちゃったよ」
チェインは乾いた笑い声を出した。
「殴られたのはおいといて、こっちもそれで話しに来たんだ。お祖父様から報告がきた」
ジャッキーがジョアンナとレオナを見る。
「ジョアンナとそっちのメイドに聞かれても問題ないか?」
「いえ、我々は席を外します」
レオナはチェインを椅子に下ろし、心配そうな顔でチェインを見ながらジョアンナに追いたてられて部屋を出た。
「チェイン、お前の読み通りでそれ以上にまずい状況だ。やっぱり魔王に子供はいなかった、お前のところに来た魔族の女」
「アドラーナ、僕の妹だ」
遮るようにチェインが言った。
「間違いないのか?」
「あの反応は間違いない、父さんと母さんがすぐに和平交渉に走ったのは、家族で暮らしたい理由に、さらに母さんが妊娠したからだったんだ。全部辻褄が合う、アドラーナが母さんにそっくりなのも、母さんの技が使えたのも、僕を憎んでいる理由も、全部に説明がつく」
またチェインが咳き込む。
「落ち着け、それで、じいちゃんが調べた結果確かに傭兵崩れが暗躍してる。その後ろにいるのが、魔王軍の生き残りで最大勢力のザッカイードだ。勇者バルハラーを奇襲で殺した張本人だよ」
チェインの頭で、さらに話が噛み合った。
「なるほど、父さんを殺したその時、ザッカイードは妊娠してた母さんを捕虜にしていたんだ」
「そうかもな、じいちゃんが捕まえた傭兵崩れを拷問して得た情報じゃ、明日にでもこの王都を12,000人のザッカイードの軍が包囲するそうだ」
「確かにまずいな、いま王都に正規兵は王都守護の5,000と、僕の直下騎馬隊3,000しかいない」
「戦術がザルな魔族にしちゃそんな大人数をよくここまで隠して入ってきたもんだ、まあ、その辺は元傭兵団の首領ザンデの仕業だろう」
「傭兵崩れと魔王軍が手を組んだのか、面倒だな」
チェインは今すぐにでもアドラーナを探して走り出したい気持ちを飲み込んだ。
「すぐにイオレク大将軍のところに行こう」
「お前、その状態で馬に乗れるのか?」
ジャッキーがチェインの腹部に視線を落とした、衣服が破けて見える腹筋に見事な拳の形に跡が残っている。
「回復の加護をかけたから、もうすぐ痛みは引くはずだ」
「じゃあ行こう、じいちゃんは城の指令室にいる、今は緊急で王都にいる将軍級が皆集まってる」
ジャッキーは屋敷の表へと走った。チェインも厩舎へ行きシールにまたがった。
ジャッキーと馬を並べて走りながら、チェインは頭を回転させる。
(アドラーナはまた傭兵崩れの所へ行ったのか、なぜだ? 僕を恨むのは分かる、だけど、それでもアドラーナは傭兵崩れとの縁を切ろうとしていた。アドラーナは、傭兵崩れと折り合いが良くないはずだ。それでも行くのは理由があるからだ、どんな理由が……)
チェインの頭にいくつか候補があがり、その内の一つに心臓がドクンと反応した。
(まさか、母さんが生きていて人質にとられている?)
チェインの手綱を握る手に力が入る。
(傭兵崩れはアドラーナを使って僕を利用したかった、それは魔族と呼応して王都へ攻め入る際になにかをさせたかったはずだ。おそらく魔族との交戦に兵隊を外に出した後、降伏させたかった。違うな、それは戦好きの魔族は許さないし。アドラーナと母さんを人質に取った方が早いし確実だ、それをしなかったのはなぜだ?)
そこである考えが浮かんだ。
(知らないんだ、魔族も傭兵崩れも、僕が本当のバルハラーの息子であることを知らない。じゃあ、なんで
少し考えて、チェインは首を振った。
(そこはいい、おそらく傭兵崩れはアドラーナのチャームで王都にいる将軍の内、魔族の襲撃時に応戦するであろう将官の僕を操りたかった。狙いはなんだ? おそらくは魔族と傭兵崩れの意見が一致したはずだ)
「ついたぞチェイン、早く降りろ」
ジャッキーに言われてすでに城の門に着いている事に気づいた、馬から降り、ジャッキーに続いて門を潜る。
まっすぐに指令室へ向かい、ジャッキーが扉をノックするとすぐに開いた。
中にはイオレクと城の守備隊長や名のある将官数名、その中にエリシアがいた、チェインはエリシアを見て思考が真っ白になる。
チェインはその場に跪いた。
「エリシア、すまなかった。謝って許されることじゃないし、今さらだけど、話を聞いてもらえないか」
「チェイン、それは後だ。今は国の大事、そっちが先だ」
イオレクの野太い声、それでもチェインは顔を上げられなかった。
「チェイン、私達は今は同僚のはずだ。私情は置いて、イオレク将軍の話を」
久しぶりに聞いたエリシアの声、チェインは胸を貫かれたような心地がした。
「すみませんでした」
立ち上がり、ジャッキーの隣に並んだ。
「本題に入るぞ、魔族と傭兵崩れの混成軍が明日この王都を襲撃する。ここまで気づかずに王都の懐深くまで侵入を許してしまった、事態はかなり不味いと言える。混成軍の規模は12,000、正規軍がいれば大した数字ではないが、知っての通りいま王都にいる正規軍は王都守護の5,000と、チェイン|万騎長(マルズバーン)の私兵3,000だけだ」
チェインが列から一歩前に出た。
「僕が打って出ます、必ずやザッカイードを討ち取ってみせます」
「いや、打っては出ない。王都で籠城戦だ、2日も持ちこたえれば近隣の街から援軍が届く」
「ですが王都内に多くの傭兵崩れが潜んでいます。もしも戦闘中に外の魔族と内の傭兵崩れが呼応して攻められれば城門が開きかねません。王都内で混戦になれば被害は甚大です」
チェインの言葉にイオレクが唸る。
「兵を2つに分けねばなりません、王都の守護には王都の守護の為に訓練された5,000の兵が最適でしょう。外の魔族軍には外でこそ力を発揮する我ら騎馬隊にお任せを」
「……、それは分かるが、ならば、どうする? 3,000では勝ち目はあるまい?」
「王都から民兵を募ってください、王都守護は全て残しておくのが最良でしょう」
その時、チェインに傭兵崩れとザッカイードの狙いが見えた気がした。
わざわざ、王都内から外へ全ての軍を引っ張りだし、それをチェインに率いさせようとする意図が。
(魔族と傭兵崩れの狙い、恐らくは勇者の拾い子の"僕"と"王"の命か。その2つの首を取り、勢いをつけてもう一度人魔戦争を起こす。傭兵崩れは仕事を取り戻し、魔族はもう一度魔族全体に戦意を取り戻させる)
(傭兵崩れがアドラーナにさせたかったのは、僕に王都守護を王都の外まで動かすこと。8,000対12,000なら勝てると踏んだ、そして確実に王都内でクーデターを起こした傭兵崩れ達が確実に王の首も取れる)
「必ずザッカイードの首を取り、我が父上の無念を晴らします」
チェインの決意を孕んだ眼を見て、イオレクはゆっくり頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます